第9話
人間が鳥居をくぐったのを見送って、男は屋台へ戻る。
「おや?」
屋台の上に、1人の女が立っていた。
「あんたお狐様んとこの。そこで何してんの。仕事の依頼なら受けるけど?」
「私がそんなことを頼むとでも?」
冷ややかな視線に肩をすくめた。
「じゃあ何をしてんのさ」
「あなた、人間を助けたのね?」
質問に答えず、女は質問してきた。男はまた肩をすくめ、呆れながらも答える。
「あぁそうだよ。助けてもらったからな」
「そう」
「あの人間についてだが、随分と説明してないな。言葉足らずにも程があるんじゃないか?」
「仕方ないでしょう。主から言われてるのよ」
「元の世界に帰す気がまるでないみたいだけど」
「えぇ、我が主も一体いつまでお戯れを続けるつもりなのか。帰したくないのならば帰れないよう閉じ込めてしまえば良いのに」
「いつまで、ね。それこそまさに神のみぞ知るってやつだな」
女が屋台の上からフワリと降りてきた。
「それにしても、基本的に周りに興味のないあなたが人間を助けるなんて、おかしなこともあるのね」
男は苦笑しながら、無地の面を手に取り、注文されていた装飾を施し始める。
「そうだな。自覚はある。けどま、助けてもらったし、恩には報いろってのがうちの主の方針だしさ」
話しながらも正確に筆を走らせる。
「それに、前に見た時は声もかけなかったけど今回は助けてもらっちゃったし、話してみたら矛盾だらけで面白い人間だったから」
そう、人間にしては珍しく面白い奴だった。
「あなたも気に入ったのね」
「あぁ、うん。そうかもな」
女は首を傾げた。
「それなら、あなたが教えてあげれば良かったのでは?それをしなかったのはなぜ?」
「そうだな。人間にあの面の意味が分かるはずもないし、使うタイミングもきっと気付かないだろうけど」
鳥居の先は、人間の体が耐えられるような半端な存在はいない。大概が面布をつけるくらいには格が違う。
「うーん、気まぐれかな。お礼はもう充分って言われたしさー」
ふ、と女が笑う。
「あなたも中々に意地の悪い」
「いやいや、俺なんてまだ可愛いもんでしょ」
お互い割と面倒な主に仕えてるからか、お狐様のところの眷属とは意外と気が合う。
「今回はどこまで行けるのかな」
「あなたの気まぐれのおかげで、今までで1番進めるとは思うわ」
人間の体が耐えられない程度に長い道のりだ。それにお面と提灯だけでは、まだ帰るには足りない。
何より、人間は欲張りだからな。元々持っている以上のものを望んだところで、身を滅ぼすだけだろう。最後の選択で、あの人間はどうするかな。
初めての帰還者になればいいと、男にしては珍しく幸運を祈った。
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