第8話
「ほら、完成したよ」
提灯を渡される。綺麗な紋様だった。
「あとこれ、さっきちょっと借りた」
狐面も返された。それから男の顔が結構近くまで迫り、まじまじと見られた。そんなに近くから人に見られる経験などなくて、思わずたじろぐ。
「提灯と面の絵柄合わせてみたけど、うん、上手くいってそうだな。加護もちゃんと付いてる」
「ありがとうございました」
「もう行くか?」
「はい」
「そうか。気をつけてな」
提灯に火を入れてもらった後、深々とお辞儀をして広場の出口にある鳥居をくぐろうとする直前、声をかけられる。
「言い忘れてたことあったわ。忠告しとく。ここから先で話しかけられたりしたら、真実だけを答えろ。嘘偽りなく、己の心に従え」
「…?分かりました」
「あと面布の奴には極力関わるなよ。体溶けるの速くなるから」
「それは嫌ですね…。気をつけます」
男も鈴を持っていた。
「それでは、気をつけてお帰りください」
シャン、と鳴らしながら「なんてな」と言ったのが聞こえて思わずふっと笑った。人間を見送る時には鈴を鳴らす慣習でもあるのだろうか。
鳥居の先は、確かにほとんど明かりがなくて提灯がなければ数歩先も見えないくらいに暗かった。
ここから出口までは、どれくらいあるのだろうか。そもそも出口があるかも分からないけど。
進めば進むほど、道は暗くなっていくようだった。前を歩くお面をつけた人たちも全員が提灯を持っている。
広場を出てからは少しずつ人が脇道へ入っていって、どんどん前を歩く人影が減っていく。脇道はより暗く、奥に何があるのか全く見えない。
というかそもそも、この世界は時間が進まないのだろうか?今までずっと、空は暗いままだった。朝と夜の区別もない?
「ん?」
ふと脇道を見ると、小さな少女がうずくまっていた。提灯も持っていなさそうだ。
「あ…」
声をかけようとしてぐ、と息を飲み込む。優しくして痛い目を見たばかりだった。この世界にいる人間は僕1人なんだから、別に助ける必要はないはずだ。
「……」
それは理解しているのに、体は言うことを聞かない。勝手に歩き出そうとする。
お礼を言われたがっている、か。その通りなのかもしれない。現実でも、同じようなことを言われたことがある。
「あの」
少女が顔を上げる。付けていたのは面布だった。ビクッと体が硬直したが、声をかけてしまった手前、その場から離れるわけにもいかない。あぁ、体が溶け始めてきた。
「提灯、どうしたんですか?」
「…持ってない」
「どうして?」
「あげたの。持ってなかった子に」
「…えっと」
今気付いたけど、僕も提灯1つしか持ってないし、あげるわけにもいかないよな。どうしよう。
「あなた人間?」
「は、はい」
「そう。ねぇ何か持ってない?お腹空いちゃって動けないの」
お腹空いた、という言葉にまた体が硬直する。
「た、食べないでくださいね…?」
「心外ね。人間は食べないわ。あなたたちを食べるのなんてよほど胃の丈夫な成れ果てたちくらいよ」
「…そうですか」
食べられることはなさそうで少し安心したけど、かといって何か持ってるわけでもない。どうしよう、やっぱり声なんてかけるんじゃなかったかな。
「美味しそうな匂いするわ」
「ええっ、食べないでください」
「だから人間は食べないって。そうじゃなくて甘い匂い。眷属がよく漂わせてる匂いだわ」
甘い?といったら飴かな。でも飴はもう持ってないはずだけど。
「その提灯の中からする」
少女と2人して覗き込んでみるとポケットみたいなものがついていて、5個、飴が入っていた。これ、火の熱で溶けないのだろうか。
「食べます?」
「うん」
1個取り出して渡す。
「美味しいわ。やっぱりあの子がいつも作ってる飴だ」
少女がスッと立ち上がった。
「ありがとう。助かったわ」
「1個だけでいいんですか?」
「人間と違って、量を食べないと満腹にならないってわけじゃないのよ。それに、この飴にはよく込められてるもの」
何が、と聞く前にそう言って、少女は奥へと歩き出した。真っ暗なのに大丈夫だろうかと心配したが、すぐにその心配は意味がなかったことを知った。
「じゃあね。無事に帰れるといいわね」
少女の周囲に突如いくつか火が灯り、辺りを照らしていた。
見た目は全く参考にならないようで、たとえ子供の姿をしていても人間なんかが心配する必要のない存在だったことを思い知った。
正直、じゃあ子供の姿になんかなるなよとは思ったけど。
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