第7話

それから、視界を遮られたまま男とおかめのお面の子の会話が始まった。


「どうして」

「もう1度言った方がいいか?」

「駄目なの?」

「駄目に決まってるだろうが」

「どうして」

「ここでの飲食は屋台の物だけという決まりだ」

「足りない」

「我慢しろ」

「お腹空いた」

「知ったことじゃない」

「それ、私より下」

「いや、上だよ」

「どこが?」


腰に下げている狐面を取られた感覚がした。


「お気に入りだから勝手に手を出したらただじゃ済まない」

「……」

「帰れ。ここにお前の腹を満たせる物はない」

「…お腹空いた」


深いため息が聞こえた。何かを投げた?


「見逃すのは今回だけだ」

「……」


ペタペタと歩き始める音が聞こえたがすぐに止まる。


「じゃあね、美味しそうな人間」


ある程度は離れているはずなのに、なぜか耳のすぐ近くで聞こえて体がガクガクと震えた。





「あんたも物好きというか変人だな、変人」


ペタペタと歩く音が聞こえなくなってしばらくしてからようやく手を離し、男は言った。


「変人なんですかね…」

「あんなのに優しくしてやるから怖い思いをするんだよ。無視しとけば良かったものを」

「あの子は何だったんですか?」

「この世界は神の世界だと言っただろ」

「そうですね」

「それも正確ではない」


じゃああれは神様じゃなかった?

だとしたら何なんだ。


「いただきますって言われましたけど」

「あと少し遅れてたら腕や足の1、2本は食べられてたな」

「怖いこと言わないでください」

「事実だからしょうがない」


おかめのお面の子に掴まれたところが、赤黒く変色していた。くっきりと手の跡が残っている。


「僕は美味しそうなんですか?」

「俺は別にそうは思わないけど、あいつらからしたら美味そうなんだろうな。主食人間と言っても過言ではない奴らだし、成れの果てだから」


何の成れの果てかは分からないけど、恐ろしいことだけはよく分かった。


「ひとつ聞いてもいいですか?」

「何?」

「さっき、何を投げたんですか?」

「あぁ、飴だよ」

男はポケットから飴を取り出して見せてくれた。これだけで帰っていったのか?

「ホイホイ優しくするもんじゃないよ。特にこの世界では。人間なんて1番下だから」

「下とか上って、立場のことですか?」

「そう。あんたがお狐様のお気に入りじゃなかったら今頃アレの腹の中だっただろうよ」


怖くなってアザになっているところをさすっていたら、腕を引っ張られた。


「うわっ、ちょっと何するんですか」

「ちょっとばかし癒してやろうかと思ってな」


アザになっている部分を包むように男は腕を手で覆う。


「なぁ、どうして他人に優しくするんだ?」

「…理由とかは特にないですけど」

「本当に?」

「強いて言うなら断れないだけ…だと思います」

「…本当に?」

「そんなこと言われても分かんないですよ」


体が勝手に動くんだから。


不思議なことに、男の手で覆われているところがじんわりと温かくなる。


「……」


思い浮かぶ理由はなくもないけど。


「だとしたら、やっぱあんたは変人だな」

「何でそうなるんですか」

「急いでいるのに俺を助けたし、いきなり声をかけてきた赤の他人を助けてやってたし、お礼言われたがってるみたいだ」

「そんなことないですけど。別に普通のことじゃないですか」

「それに、さっきの奴に異様に好かれてた。人間ってだけじゃなかったんだろうよ」

「そんなの知りませんよ」


男にじっと見られ、まるで自分の知らない自分まで全てを見透かされているような気持ちになる。男がぱっと手を離すと、アザは跡形もなく消えていた。


「そうか。まぁ正直どうでもいいけど、この世界で無意識に人助けなんてしない方が身のためだ」


痛い目を見たばかりだからか、思ったよりもその言葉は響いた。


「あんたのすることって矛盾してると思うよ。自分の不利益を省みずに自分じゃない誰かを救う。それって人間にとっては当たり前のことなのか?俺には理解できないな」

「……」

「まして、俺は別に死ぬほど困ってたわけじゃないし、俺を助けた時には体が溶けるなんて人間にはあり得ないことを経験していたのに。ま、あんたがそういう奴だってことは理解したし嫌いじゃないけど」


言いながら男は屋台から1つ、提灯を持ってきた。

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