第2話
鳥居をくぐると、急に気温が下がったように感じた。
自分の知らない空気だった。
道は、街灯のようにたくさん吊り下げられた提灯に照らされて割と明るい。
あの女は誰なのだろうか。それに、溶けて消えるってどういうことだろう。
渡された狐面を見てみるが、至って普通のお面のようだった。
お面を片手に言われた通り真っ直ぐ歩いていると、どこからか視線を感じた。
きょろきょろと周りを見回しても誰もいない。誰かいるのだろうか?
歩いていると、何度も視線を感じて振り返るが、やはり誰もいなくて首を傾げた。気にしすぎだろうか?
そもそも誰かに会ったならばって、一体誰に会うというのだろう。
人の気配も鳥の鳴き声も、何も聞こえない。
こんな所で、誰かに会えるというのか。
10分ほど進んだ辺りで、道が3つに分かれていた。
右の道は誰もいない。
左の道には、およそ人間とは思えないほど大きな影が歩いている。
真ん中の道は、お面をつけた人たちが歩いていた。
薄々感じてはいたけど、やはりここは自分のいた世界じゃないようだ。
腕時計を見るが、針が進むスピードが一定ではないし、月は何故だか2つあるし、どう考えても人間とは思えない影いるし。
真っ直ぐ進めと言われたので、とりあえず真ん中の道を進んだ。
真ん中の道は少しずつ広くなり、両脇に屋台が立ち並び始めた。前を歩いている人たちも、屋台で何かを売っている人たちも、全員お面をつけている。
そんな中、自分1人だけがお面をつけていないからか周りの視線が集まっているのが分かった。
とても気まずい。
でもつけるなと言われたしな。
周りからの視線を感じながら、それでもお面をつけずに歩いていると、体に違和感を感じた。
なんか、左手が濡れてるような感じがする。濡れるようなことがあっただろうか?
そう思いながら左手を見て思わず固まってしまった。
驚きとあまりのショックに声も出ない。
小指の先が、まるでゾンビのようにどろりと溶けて、骨が見えていた。
なんで?なんで溶けてるんだ?溶けてるのに、痛くもないし血も出ていない。
あの女が言っていた溶けるってこういうことだったのか?消えてしまう前にって、道がどれだけ続いているのかも分からないのにどうしろというんだ。
後ろから歩いてきた人にぶつかり、よろめいてようやくハッと我にかえる。
立ち止まっている場合ではない。早く、早く歩かなければ。
死にたくない。消えたくない。痛みも感じないことがとても怖い。
右手を見ると、右手は小指の爪が溶けかけているくらいだった。
溶けた自分の爪だったものが手を伝ってきて思わず手をぶんぶんと振った。
胃の奥から込み上げてきたものをなんとか飲み込み、涙目になりながら再び歩き始める。
何があっても追い越してはならないという女の言葉のせいで、急ごうにも急げない。
手が溶けていることに気付く前には気にもならなかった歩くスピードが、今は遅く感じてイライラする。
もっと急いでほしい。何なら走りたいくらいだった。
そんな焦りとは裏腹に、心なしか前を歩く人たちの歩くスピードがどんどんゆっくりになっていく気がする。
進めば進むほど、脇道から人が増えて列を成し、進めなくなる。
左手がほとんど溶けてしまった。骨だけなのに動かせるなんて。自分の手なのに気持ち悪い。
泣き出しそうになる中、突然、
「うーん、どうしたもんかなぁ」
という声が聞こえてきて周囲を見ると、ひょっとこのお面をつけた男が唸っているのが見えた。どうやら、荷台が溝に引っかかって動けなくなっているらしい。
「あの」
どうせ急げないし気も紛れるかな、と思って声をかけてみると、男は驚いたようにこちらを振り返り、
「え、俺に話しかけてんの?」
と言ってきた。
頷くと、さらに驚いた様子でじっとこちらを見てくる。溶けた左手を見てようやく、納得したように「ははぁ」と頷いていた。
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