帰り道は御神灯と共に

軽原 海

第1話

気がつくと、目の前に大きな鳥居がそびえ立っていた。


振り向けばお祭りの屋台のようなものがいくつか見える。

まるで神社の境内のような雰囲気。


しかし、ここがどこなのか全く心当たりがなかった。見覚えもない。


どうしてこんなところにいるんだろう?


「もし。もし、そこのあなた」


後ろから聞こえた声に振り返ってみる。


「えぇ、あなたです」

声をかけてきたのは狐のお面を付けた着物の女だった。

「えっと、何ですか…?」

「その先へ、鳥居の向こうへお行きになるのですか?」

「あ、いえ…えっと…」


とりあえず家に帰りたいが、どこへ進めば帰れるのか分からない。


「そういう訳じゃ、ないんですけど…」

「そうなのですか?」

「はい。あの、ここがどこか分かります?」


聞いてみると、女は困ったように黙った。


「それは…」


まさか地獄とか言わないよな、なんて思ってすぐにその考えを打ち消した。

地獄はもっと怖いところだろうし、死んだ覚えもない。


「答えられません」

「どうしてですか?」

「答えてはいけないので」


どういうことなのか分からないけど、それ以上聞いても答えてくれそうにないので他のことを聞いてみる。


「じゃあ、鳥居の先には何があるんですか?」

「鳥居の先には、道があります。あなたの望む場所へ続いているかは分かりませんが」

「…そうですか」


鳥居の先に見える道を進んだところで、帰れるわけではないのだろうか。


「行きたい場所があるのでしょう?」

「はい。家に帰りたいんです。いつの間にかここにいて…」

「それでしたらやはり、鳥居をくぐって進んでください」

「でも、どこに繋がっているかは分からないのでは?」


女はまた困ったように黙った。

困らせるようなことを言ってしまったのだろうか。


「進んだ人の中に戻ってこなかった人もいますので、帰ることができたのではないでしょうか。私に見える道とあなたに見える道はきっと違うので、正確に答えることはできません」


他にも人がいたということか?というか見える道が違うってどういうことだろう。


「鳥居の先へ進みますか?」

「…ここには他の人はいないんですか?」


いるのは、目の前の女1人だけ。屋台にも人はいない。


「おりますよ」

「え?でも…」

「おります。今はいないだけです」


女が背を向けて歩き出した。


「あの、どこへ?」

「進むのでしょう。鳥居の先へ」


辺りを見回して、それから鳥居へと視線を戻す。鳥居を進む以外に道はなさそうなので頷いた。


「それでしたら、これをお持ちください」


女から差し出されたのは狐面だった。


「この面を勝手につけてはいけません」

「それってどういうことですか?」

「そのままの意味です」


差し出された狐面をとりあえず受け取る。

質問を受け付けないような雰囲気に、僕は何も聞けなかった。


「さぁ、お行きください」


言われた通りに鳥居をくぐろうとする直前、女は意味深なことを言った。


「なるべく真っ直ぐ進んでください。あなたが、溶けて消えてしまう前に。誰かに会ったならば、決して追い越してはいけません。たとえ何があっても、です」


鈴と提灯を手に、女は深々とお辞儀をする。


「それでは、気をつけてお帰りください」


シャン、と鳴らされた鈴の音と共に、鳥居の先へ歩き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る