第6章
ターン6-1 真実を語る彼女と恋する勇者の覚醒
私の心の中は嘘で満たされている。
自分の本当の気持ちは偽りの自分という名前の付いた海の底の中にある。
『仙堂寺あずさ』という名前は偽名だ。
私に本当の名前なんて無く、戸籍上は公言している偽名で通している。
幼い頃は養護施設で育ち、両親の残した財産を使いどうにかして生きていくことはできた。
母は私が生まれたときは既に他界しており、父はその時から私に会う事はなく半分ネグレクトの状態をうける扱いをされてきた。。
辛い幼少時代でも無かったけれども、やっぱり親の居ない寂しさは特にあったと思う。
中学を卒業した後、生活をするのに歌舞伎町の裏闘技場で生活に足りない物を補う為に違法なマジシャンズバトルに参加するようになり、マジシャンとして戦う黒魔術師になった。
――いつかこんな悪夢みたいな毎日が終わりますように。
17歳の頃に願った気持ちが叶ったのか、神様がイタズラな運命を私に与えてくれた。
それは何時もの戦いが終わった後に、控え室で見たスマホの画面に映るメッセージアプリから始まった。
『久しぶり。いまは、仙堂寺あずさと名乗っているんだね?』
「誰?」
とりあえず返信をしてやり取りをするうちに、その相手が自分の父親だと理解した。
それは私が18歳の誕生日を迎えた時の出来事だった。
それから私は父の指示に従うようになった。理由は、会ってみたいと思ったからだ。
はじめに私は最初の指示でシェルターで必要な物を準備した。
父が必要としているという勇者の『盾』『鎧』『心』『領域』『盟友』を、ストレージルーム内にある膨大なカードプールの中から見つけ出す事だ。
それらは数日に掛けて掘り出した後に、北条孝と現世遙にはそれぞれ『領域』と『盟友』のカードを懸賞品という名目で郵送した。
父がカードゲームの社長をしてるから出来たことである。
『そうする事でお父さんと会えるから頑張りなさい』
『うん、わかった。頑張るよ』
次に私は勇者の心のカードと付き人のふたりを、客が持つ金銭と引き換えに受け渡し役として犯罪に加担した。
――ここから私の周りで悪い噂が耳に入るようになったのよね……。
父は『勇者の剣』のカードを探してる。
なんでもそのカードを資格ある者が全て集める事で、勇者の剣がその姿を現して世界が救われるとか。
――お父さんって意外とオカルトマニアだったんだ。
でも言われた限りは指示に従って行動するだけだ。
私は父の操り人形として、嘘で塗り固めた自分を演じてきた。
そんな私にも心の変化が訪れる日を迎えた。
私は父の指示で彼と出会った瞬間に、私の心は大きく揺れ動かされる事になり。
――あっ……私。この人の事が好きになっちゃった……。
私は結城一馬に恋をした。
彼が一生懸命に図書室でマジックマスターズをプレイする姿を見て、私は恋に落ちた。
彼の喋る声、仕草、私を見てくれている視線に大きな心音の鼓動と共に、私の頭の中は恋する気持ちで溢れていた。
そして私とマジシャンズバトルをする時の、彼のプレイスタイルに心惹かれるモノがあり。
――優しくて素直な戦い方。恋の駆け引きをカードゲームで楽しむだなんて……らしくない事をしちゃったなぁ……。ずるいよ、ダーリン……。
そして彼と勝負がつき、偽りの恋人契約が結ばれた瞬間。
――君の事が、もっと知りたい……もっと好きになりたい……そして、愛し愛されたい……。
生まれて初めて人の事を愛する事を知ってしまった。
でも、父は偽りの自分を演じて彼を籠絡しろと指示を出してくる。
それ以上は自分を偽って演じなければならない。
彼と望む恋なんて出来ないままに、父からの指示で彼との関係を重ねていく度に、この人とならば本気で幸せになれると思うようになった。
――いつか、私の心の中にある本当の自分を受け入れてくれるかな……。
その気持ちが芽生えると、私は父の事あるごとに送りつけてくるメールの内容を逸脱するようになった。
――父はダーリンの事を駒として手にしたいんだけれども。私にとって将来の旦那様になってくれる素敵な男性でもあるわけだから大事にしたい。
父には嘘を並べて返信メールを送るようになり、彼と過ごす時間を大切にしてきた。
――その瞬間。彼と一緒に過ごしている間。私は本当の自分をさらけ出す事ができて幸せでいられた。ダーリンもうちの事を受け入れてくれているようで……嬉しかった……。
そしてつい先にダーリンと過ごしていた夜の出来事で、私は彼と身体を重ねる事で生きる喜びを感じれるはずだった。
目の前の男がいなければ、私は結城一馬とひとつになれて幸せになれるはずだった。
「君が今までにメールを通じて話してきたのは父のイリアスではない、このマクスウェルだぁっ!!」
「は、え……?」
「疑り深くて慎重だった割には。父親の事になると気が抜けて視野が狭くなる。そこがハニーのお優しい所でいい所でもある。そこがついつい愛おしくてさ。変わりに僕がお父様であるイリアス様になりきって。君との愛を深めるためにいろんな努力をしてきたんだ、フヒヒ」
「お父さんと会う為にうち……色々な事を頑張ってきたんだよ……?」
「それも僕が計画してきた戦略のひとつさ。必要に応じて君という駒を上手く使うために練った計画で。僕が君のお父様になりきって。君が僕の御願いを聞いてくれるように甘い言葉を囁けばあら不思議。言葉で簡単に操られるお人形さんのできあがりってわけさ。詰まるところ。ハニーは僕の手の中で偽りの仮面を被って踊る妖精さんで。僕はその手の上でハニーを転がし弄びながら鑑賞する立場の人間だったわけさ」
「今までしてきた事は全部、私の……思い込み……だった……わけ?」
その場に誰も否定してくれる人なんて居なかった。
私はその場で絶望すると共に叫んだ。
「パパ……パパ……パパは何処なの?」
「その塩らしい姿に僕の手が出ちゃいそうだよ」
「触らないで! この身体はうちとダーリンだけのモノだから!!」
不意に触ろうと手を伸ばしてきたマクスウェルに威嚇すると。
「ちっ!」
「自分のモノに出来ないからって声を上げたり手を出したりして恥ずかしくない?」
「黙れ! お前のせいでどれだけの計画に大きな変更をしなければならなかったのか!」
「どーせ、オカルト宗教の開祖でも考えてるんでしょ? お生憎様。この世界にはそんなの浸透しないわよ」
「よもや、君のメールに違和感を覚えて状況偵察をしてみれば案の定。ターゲットに指定していた男と恋仲になっていただなんて。一体、君はいくつ命が欲しいんだいって聞きたくなる程に愚かな事をしてくれるんだ……」
ここでマクスウェルが私をストーカーするようになった理由が聞けた。
――まあ、ダーリンの前に数人程度の付き合いがあったというのは、ダーリンが上手く信用してくれるために言った嘘だったんだよね。
――ダーリンごめんね。出来るなら早く君に会って謝りたい。そしてそのままギュッと優しく抱きしめて欲しい……。
ギュッと締め付けられるこの気持ちに耐えながら、ダーリンが助けに来てくれることを、この廃墟の教会で心から祈った。
「さて、良い感じに余興は楽しめたし。今度はメインの前半と移ることにしよう」
「……どうして私の服装がこのウェディングドレスなわけ?」
――もしかして……こいつに着替えさせられたの?
寒気に加えて体中に鳥肌が立つのを感じる。
「先に拝見したハニーのセクシーで魅惑的な衣装。それは初夜で楽しむのが一般的だ。その格好で何をしようとしていたんだい?」
「……あなた最低ねっ! よくも私の初体験を邪魔してくれてたわねっ!!」
「ええそうだよハニー。そしてある意味で初めましてだったのを間一髪で僕が救ってあげた。そして聞いて欲しい。僕の君に対して捧ぐ愛の言葉を……っ!」
「…………」
正直に聞きたくもない話だけれど、時間稼ぎを狙ってみようかな。
――少しでも多く時間を稼いで、ダーリンが迎えに来てくれるその時までに合わせよう……!
私は彼が来てくれることを信じている。
――頑張るねダーリン、負けないよ……!
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