ターン5-9 偽りの彼女と恋する勇者の物語


「だ、ダーリン……あの人よ……」

「……あぁ、分かる……」


 俺は恐怖に震えるあずさを抱き寄せて背中に追いやり、その歩み寄る男の前に立ちはだかるようにして身を翻して守る。

 そして手元にあった盾のカードを手にとり応戦する構えを整えて戦いに望む。

 その白のタキシードを纏う男の立ち姿は細身で不健康そうな顔立ちと目つきをした人物で、一見弱そうに見える風貌だが、長年のマジシャンズバトルで経てきた経験から察するに。


――こいつは俺の想像を超えた存在だ……。


 見えないように強者の風格を隠し通せるマジシャンだと理解した。

 今更ながら、この世界で俺と出会って立ちはだかる悪人は全員マジシャンだった。


「貴様のせいで僕が当初に計画していたモノが水の泡となった。この落とし前……どうつけてくれるんだい……なぁ、泥棒猫さんよぉ……!」


――来るっ!


 手にしているカードの効果を宣言して発動する。


「俺はこの手札のカード。『摩天楼の盾』の効果の発動を宣言する!」


 だが……


『恨めしい……口惜しい……よくも家族を殺してくれたなぁ……!』

――なっ、なんだこのカードはっ!?


……まるでこの世の全ての恨みを背負って今にも暴走しようとしているこのカードは一体何なんだ。


「ダーリン、来るよっ! 早くその盾のカードを使って応戦して!」

「で、出来ない……」

「え、どうして?」

「このカード、よく見たら『怨念を纏う摩天楼の盾』っていう……聞いた事も無い意味不明なカードだ……」


 俺はあずさにこのカードがどんなモノなのかを伝えた。


――カース・アーマードマジック『怨念を纏う摩天楼の盾』


【貴様を呪い殺してやる!!!!】

【このカードを宣言した後にこのカードは発動したマジシャンの装備となる。】

【このカードを装備したマジシャンは全てのアクションフェイズの宣言ができない。】

【このカードは場から離れることができない】

【アタックコスト0・ガードコスト0】


「そ、そんな……それは勇者の盾の力を持ったカードのはずだよ……? どうしてそんな事になっているの……?」

「その答えは簡単さ」


 分からない俺達の代わりに目の前のストーカー男が答えようとしている。


「前の持ち主が強い負の感情を抱いたまま死んで放棄したからさ。まっ、その原因を作ったのは僕なんだけれどね?」

「……殺したのかその持ち主の人を……」

「人なんかじゃない。カードの力に魅了されて理性を無くしたあわれな魔人になった元人間だよ。それでその魔人は僕に家族を殺されたからって楯突いてきてね。あっさりと砂の像になって死んじゃったのさ」


――偽るほど屑が似合う言葉の人間がどれほど居ようが、こいつは間違いなく真の悪人だ……。


「ひ、酷い……」

「その言葉をハニーにお返しするよ。僕の目の前で浮気をしていたからさ」

「あんたと付き合った覚えはないわよっ!」

「あるさ、一度だけ僕に声を掛けてくれたじゃないか」

「……悪いけれど、あなたの顔に見覚えがないんだけれど」

「偽りの彼女を演じる前に君は僕にこう約束してくれたじゃないか」

「……」

「僕と将来結婚しようってね……フヒッ……」


 ストーカー男がぞっとするような笑みを浮かべてあずさに言葉を返してくる。

 そして俺は自身が発動したマジックの効果で身動きを取ることができずにおり。


「ぁあ、なんて無様で滑稽で無知蒙昧な行動が君の不幸を招いたのか。……僕はあの時にもそう思って君を手に掛けたんだよ」

「……あいにくだが、お前にぶつけられた後の記憶がないから知ったことじゃない」


――何か今の俺に出来ることはあるはず……!


「残念だが、そうやって時間稼ぎなりしようと企んでいるようだが、ここで君は退場してもらうつもりでいる。これからハニーとは大事な予定があるんだ」


 といった直後にストーカー男はタキシードのポケットから1枚のカードを取り出して俺にかざしてくる。


「発動を宣言。よもや、これから世に送り出す前の試作カードを使うことになるとは。実に嘆かわしいが、ひとまずテストプレイとして。このカード『ストーン・バインド』の威力を君の体で味わって貰う事にしよう」

「ダーリン、お願いしっかりして! ねぇ!」


――く、くそぉっ!!


「ストーン・バインド!」

「いやあああああああああ」


――体が……石に……なって……く……。


「さあ、ハニー。その魅惑的な姿も素晴らしいが。君とは今から行く場所で全てを終わらせた後に楽しみたいから行くことにしよう」


 石化する中で起こる惨劇に割り入る事さえ許されず、ストーカー男は泣き崩れるあずさの腕をつかみ取ってベッドから引きずり下ろした。


「あ……ず……さ……」

「ダーリン! ダーリン! ダーリン! 助けてぇ、いやぁあああああああっ!!」


 これから自分の身に起こるであろう恐怖に対し、あずさは俺に何度も助けを求めて手を伸ばしていた。

 だがその真実は、俺が既に石化しており、ただの石像としてベッドの上に座り込んでいるだけだ。


――あずさがストーカー男に拉致された……。


 俺は、俺は偽りの彼氏失格だ。何も出来なかった……何がいけなかったというのか……。

 その後。ふたりが去るまで部屋の奥からあずさが俺に助けを求めようとする声は鳴り止む事はなかった。

 絶望から逃げたい、その強い意思を思わせられる偽りのない心からの叫びだった。

 彼女が連れ去られた部屋で俺は只ひとりで静かに思う。


――もう1度だけ、この命を掛けてでもあずさに会いたい。


『その気持ち。よく分かるよ』


――だれだ……?


『君の望み。僕と話をしてくれたら叶えてあげられるよ結城一馬』


 それは実態のない存在が、石像の俺に話しかけてくるという不思議な出来事が起きた瞬間だった。

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