ターン5-8 偽りの彼女と恋する勇者の物語


 目の前にいる彼女の事が恐ろしくもあり、そして自分を包み込んでくれる母のような存在にも見える。


「……なんか、それはそれで……ムカつくし断る……」


 俺の勝負心に火が付く。


――俺は彼女に屈したりはしない……!


 という間もなくして、俺は彼女の新たなる攻め技に早くも屈しそうだ。


「ほら、目隠しされながらさ。こうやって囁かれされちゃうシチュエーション。ふふ、我慢できないよね。ねぇ?」

「あ、あぁ……そっ、そうじゃない……」

「無理してるのバレバレだよぉ。ふふふ、ダーリンがうちのヴェスパーボイスで感じてくれている顔が可愛くてたまらないなぁ……」

「う、そこを触らないでくれ……」


 目隠しされながら体を触られて我慢するも。耳元で左右に囁かれる彼女の甘い言葉を受けて限界になろうとして自分は苦しんでいるわけで。


「遥とダーリンがいずれか恋人関係になるだろうなって、最初からうちは分かってたの」


 先までの声色とは違い静けさのある声になると、あずさは胸の内を明かしてくる。


「うちがこうしてダーリンを言葉責めで口説こうとしたり。手で沢山ダーリンの体を堪能するように触る事で、ダーリンをいやらしい気持ちにさせてみたり。寸止めで意地悪しているその目的はね」


 とほんの少し間を開けて、


「うちはハードルの高い目標を越えて得られる達成感っていうのが大好きで仕方が無いの」


 少し身を引いて俺の右耳にあずさのあつい吐息が掛かる。


「遥にうちのダーリンは渡さない」


 ぞっとするような声で俺に囁いてくるなり。


「あっ、いてぇ!? ちょっ、あずさ。俺の首を噛むなって!?」


 自分の首筋に彼女の柔らかな唇が当たり、俺はそのままあずさに甘く噛みつかれた。

 結び目が甘かったのか、丁度そこで目隠しが解ける。

 目隠しに使われていたアイマスクが足下へと落ちて視界がクリアになると。

 俺の体はあずさの歯形でマーキングするように象られつつあった。


「ほへ、ふふ。こうやってダーリンの体に咬み痕をつけることでね。他の女の子がダーリンの体を見たときに、うちがつけたマーキングに気づいて手を出さなくなるの。ダーリンはうちのモノなんだって理解させる為にも、こうしてダーリンの体にうちの愛情の形をかたどっているわけ。ほら、じっとしててね。いただきまーす、あむ」

「うっ!?」


――独占欲の強い女だったとは……。


「もうこの体はうちのモノ。ダーリンの体に愛の形をつけても良いのはうちだけ」

 俺の体を噛むことで愛を感じているのだろう。当の自分は場所によっては少し痛みが伴うので少し気を遣って貰いたいと思いつつ、彼女がする行為を受け止めていく。

「わ、わかった。あずさの気持ちは充分に体で受け取ったからやめてくれ」


 ちょっとは労って欲しいと思い止めさせようと根を上げると。


「ぁあ、ダーリンがもう少しでうちに身を委ねてくれそう……ううんダメよ私、だって……最後に残してる噛みたい場所は取っておきたいんだもん……。ねぇ、愛してるダーリン……キス、しちゃいたいなぁ……」


 あずさは俺が座る太腿の上で割り座で跨ぐと、悦楽という言葉が似合う表情で顔に手を添えると共に潤んだ眼差しをみせてくる。


 思考するあずさは俺の上で身悶えすると、その場で自分の本能に抗うように理性で押さえつけようと我慢する声を上げおり。


「ぁあん、やっぱりもうちょっと焦らしてみたいかも……それに」

「…………」

「このままだとね。うちがダーリンに屈しちゃいそうだからさ。これ以上の噛む行為は止めておくね」


 とはいえ彼女もやり過ぎたと感じたのだろう。あずさは冷静になり愛咬する行為はおしまいにすると話した。

 話題が変わり。


「正直、あの時にね。遥がうちの事を思って配慮してくれて、身を引いてくれたから踏みとどまる事が出来たけれど。もしそうじゃなくて彼女がうちを取り付く島もないように寄せ付ける事をしなかったら……うちは遥の事を傷つけていた……」


 女の気持ちは正直に男の俺にとっては分からない。でも、それを聞かされて返せる言葉はある。


「ありがとう、あずさ。そこで思いとどまってくれて」

「……うん……だよね……ダーリンの言うとおりかな」


 あずさがコクリと静かに首肯するのを気配で感じる。


「ねぇ、ダーリン。この間の一馬と遥が両想いだった事を知る事になった事件あったよね?」

「ああ、それがどうした?」

「それ、全部うちとパパが仕組んだ計画だったの」

「……魔人を差し向けたのはあずさとお前の父親か?」

「それは違う。うちは単に遥と一馬の宙ぶらりんな関係が整理される事を望んでダーリンを唆しただけ。パパは純粋にうちが幸せになれることを願ってくれているんだよ。恋愛の経験がないうちが上手くダーリンと付き合うにはどうすれば良いのか。今までメールとか手紙とかでアドバイスを送ってくれていたの」


――人の恋路を指図してくる馬鹿親か……面倒な事をしてくれる……。


「あのねダーリン。うちの心に誓って魔人を引き合わせようなんて考えていなかったの。それとパパはこう見えて優しいからパパも違うと思う」

「後者はともかく。前者はとりあえず信じよう」

「うれしい……」


 あずさが軽く首筋にキスをしてくる。


――それは不意打ちがすぎる……。


 敏感な箇所にキスを受ける度に体がびくついてどうしようもない。

 彼女がベッドの布団を手元に手繰り寄せる仕草をとる。


「じゃあ、改めてまたダーリンをその気にさせる為の口説き落とし作戦を始めるね」

「やっ、やれる物ならやって見ろよ……!?」

「むしろうちは何時でも受け入れてあげるからいいんだよ?」


 少しのインターバルを終えて再びゲームが再開する。


「ねぇ、ダーリン。君は私と遙。どっちが好き? 私、最初の頃はこんな事したくないと思っていたけれど。今の君とならそういう事。しても良いかなって、うちは本気で思ってるよ」


 ねぇ、ダーリン答えて欲しいなーと耳元で囁くと。


「そ、それはダメだ!?」


 俺の体の隅々までを撫でるように触れていき、あずさの手が俺の腰元へと辿り着く。


「少し耳にして欲しい事があるの」


 彼女は郵便を通じて、父親から宛名のない形で手紙を受け取っていた。


「この手にある封筒の中身はね。手紙が一通と、勇者のカードと思う摩天の盾が記された一枚のカードが入っていたの。パパからダーリンに宛てて受け取って欲しいって書いてあった」


 あずさに手渡されたカードを手に取ってじっと眺める。


――その手紙から怪しい匂いがするのは気のせいか……?


 と考えていると、あずさが会話を変えてきたので傾聴することに。


「この籠絡ゲームはパパが仕組んだ計画の一つ。うちは今からダーリンと結ばれる事で幸せになれる。そしたら籠絡作戦は成功に終わってうちとダーリンは幸せな未来を歩む事ができるの」

「遥と約束したじゃないか……あれは嘘だったのか……?」

「遥はここには居ない。うちだけを見つめていて欲しい。君の悪いところはそこかな」


 と言葉返してくると、あずさは俺の顔に手を添えて耳を甘く噛んでくる。


「どんな恋物語にも。うちみたいな女の子がいたら主人公はどうなるか、分かるよね?」


 潤んだ眼差しで見つめて俺を押し倒すと、あずさは四つん這いに跨いできて見下ろしてくる。


「例えこれがパパからの命令だっとして。うちらは嘘の恋人関係だったとしても。ダーリンを想うこの気持ちは真実の愛だよ。偽りの中から見えてくる愛の形に嘘なんてないの……」


 と、あずさが想いをうち明かしてくる。

 そして。


「もう、うちのこの気持ちに偽りなんてないよ……もう、我慢出来そうにないよダーリン……」

「あずさ……」

「ねぇダーリン、一緒に最後までしよ?」


 あずさの顔が近づくと共に、彼女の甘い息使いが自分の唇に触れてくるのを感じる。

 彼女と最初に誓ったあの時の約束を思い出す。


――初めてはあずさと一緒に……か……。ごめんな遥。俺の初めては君にあげたかった。


 俺は最初にあずさと交わした約束を果たさなければならない。

 そのまま目を閉じてまずは彼女の唇を受け入れる心づもりを整え、互いに唇を重ねて一つになろうとした瞬間。


「その唇は貴様の為にあるわけじゃなぁああああああああああああああああいぃっ!!」


 部屋の外窓が盛大に割れ、正体不明の侵入者がどす黒い怒りの声をあげて咆える。

 突如として現れた侵入者は俺達を驚愕させた後に部屋の奥へと転がり込んだ。


「そ、そんな……うそ……」

「ハニー……酷いじゃないかぁ……僕というフィアンセが居るのにもかかわらず他の男と浮気しようだなんて……君はつくづく罪深い女だよぉ……」


 ガラスの破片で散乱する床を革靴で踏みしめながら、俺達の元に歩み寄る男の姿が月明かりと共に顕した。

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