ターン5-6 偽りの彼女と恋する勇者の物語 


 時刻は既に日付が変わり、部屋の掛け時計の針が0時30分を指している。


「本当にここ大丈夫なのかよ?」


 彼女の引き連れられてついて行くと、彼女が少し前に住んでいたマンションの部屋だった。


「うん、あの後にね。管理会社の人と話をしてセキュリティーの強化をしてもらったから大丈夫だと思うよ。ただし、相手が魔人だったら話は別だけれどねー」

「だったらどうするんだよ?」

「当然。その時はダーリンが戦って、うちをお姫様だっこしてもらうつもりだよ」

「いや、マジシャンズバトルになったらお姫様だっこできねぇよ」

「大丈夫。うちがダーリンの手となり足となってカードを操ってあげるから!」


――いや、以外とそれはそれでありなシチュエーションだな。今度くらいに遥とタッグマッチ型のマジシャンズバトルをする時にでも……提案してみるか……。


 ただし、俺の鍛え抜かれた腕の筋肉が耐えられるのかは判らない。


「それで、ここでデートする理由は何だ?」

「えっとね、実は……」

「うん」

「ここに配信機材を置いてきちゃってね。暫くライブ配信が出来ていなかったの」

「……うん?」

「つまり、うちがVチューバーとしての活動をしていないから。今日くらいはしたいなーって思ってね。よかったらダーリンも一緒に特別なお部屋で。うちの頑張ってる所を視て欲しいの」


 しばしの長考後に納得する。


――色々とゴタゴタがあったから忘れてた。俺と彼女はタッグを組んで配信と投稿活動をしていたしな。


「大丈夫か? リスナー離れとか心配だぞ」

「一応、ネットの告知で連絡はしているから大丈夫だよ。まぁ、それでも視聴者の出入りが激しい事には変わりないし割り切るつもりでいる。正直にいって心苦しいけれど。目の前にある難関を越えてこその配信者だって思っているから頑張る!」


 その彼女の心意気を聞いて俺は優しげに頷く。


「じゃあ、今からお部屋に案内するね」


 俺にウィンクの眼差しを送ると、彼女は手を取りあげてリビングルームからその部屋に向かう。


「なるほど、ここならその特別な部屋だと言えるよな」

「でしょ? うちだけが居ることの出来るライブスタジオ。全て、うちがこれまでVチューバの活動で積み上げてきた収益で集めて買った撮影機材ばかり。いいでしょ? ちょっとしたコレクションルームみたいで良くない?」


 彼女の活動は1台の小さなスマホと100円のスタンドから始まった。

 そして今は売れっ子のVチューバに成長し、多くのファンを抱える人気配信者として精力的に活動をしてきている。


「さすがだ」


 その活動の収益で得ることのできた部屋の隅々までにある数々の撮影機材には、これまで歩んだ彼女が残してきた努力の結晶が実っていると感じさせられる。


――俺も彼女みたいになれるのだろうか。


 部屋のインテリアでその人の暮らしぶりがよく分かる典型的な例だ。


「あ、そろそろライブ配信の時間になるから少し距離を置いた所で見てて欲しいかなー」

「あー、おけ。とりあえず部屋の隅でひっそりとイスにでも座らせてもらって見学させてもらうよ」

「うん、そうしててね。撮影中はお静かに。間違ってもトイレ行きたいとかで生活音がなったりするのはNGだから。でないとダーリンの存在が全世界のリスナーに知られて、あららうちらは逃避行の恋愛物語へと突入になっちゃうかも……およよ……」


 あずさが服の袖で涙を拭う仕草をしてくるので。


「ああ、神に誓って俺はいない存在としてここに居るから。その時は……まあ、契約に従ってあずさを守るよ」

「ダーリン、そんな言葉を聞かされたら。この気持ちが抑えられなくなってリスナーのみんなが楽しみにしていたライブ配信が出来なくなっちゃうよ……」


 俺に身を寄せてきて温もりを感じたいようだ。

 あずさはその場で俺の耳元に顔を近づけると。


「ふふ、今は我慢するけれど、このままね。ダーリンをベッドに連れて行って一夜を一緒に過ごしたい気持ちでいっぱいなの。ふふ」


 一瞬、その言葉に顔がこわばる。


「ふふ、その顔も可愛くて好きだよ。じゃあ、お楽しみは最後にしておいて。うちの頑張る姿を堪能してね」

「あ」


 そのままあずさは卓に戻る際に、今日3度目となる俺の頬にキスをして離れていった。


 あずさの座るゲーミングチェアを中心に、そこに彼女がおり、目の前で広がる異世界を目の当たりにして思うのは。


――まるでアイドルが壇上で立つ姿を目前にして見ているようだな。


 既にライブ配信が始まっており、じっと静寂と距離を保ち彼女の行く末を見守ることに専念する。


「こんにちはー! みーんなー元気してたー! TCG系Vチューバーの鉈豆あずさ。久しぶりの深夜配信ですよー! みんな起きてるかなー?」


『待ってました!』『お久しぶりー!』『あずさちゃーん! 声が聞けて嬉しい!』『君の配信を聞けないと夜も寝れないんだ。今度こそ寝かせないぜって言って欲しい!』


「んじゃあ、今日はみんなの夜が眠れなくなるくらいの素敵なお話をしようねー」


 という事で彼女の仕事が始まる。

 暫くしてあずさは自身が座るゲーミングチェアに両足を乗せると三角座りになるなり。


「今日は君の事が大好きになれる恋バナをしちゃおっかなーって思いまーす!」


『ズッキューン(倒れる音)』『もう俺は君に恋をした』『今から入れる役所ってあります?』


 というコメント欄の嵐をよそに、あずさは俺に首をかしげながら顔を向けてニコッと笑みを送ってくる。


――なるほど、こうやって俺を堕とすつもりか。悪くない。


 そう思いながら無言で感心をして彼女に頷く。


「てへ、なんかドキッとしちゃったなーって思ったり。ふふ」


『おうふ(昇天する音)』『今日のあずにゃん。なんかえっど!』『きゃわわっ!』


――もう気づけば彼女の世界が広がっている……! 


 さすがトップクラスの活躍をするVチューバだ。

 スタジオにはあずさを中心にして各種機材が配置されており、彼女の喋る配信空間はまるで異世界のようにも見えてくる。


――そう、彼女の本当の姿はここにある。


 カメラで映し出されているあずさが本当の姿をしており、


――お家デートをしながらVチューバの配信活動をするだなんて……なんて器用なんだ……。


 賞賛にあたいすると思うのと同時に、彼女の発する会話に応じて適時に相槌を返していく。


「あーっ、なんだか投げキッスがしたくなっちゃったなー」


 あずさが俺に投げてくるので、すかさず避けるモーションをとると。


「あちゃー、誰か避けたでしょー。だーめ、あずにゃんのキッスを避けた不届き者はもれなくマジシャンズバトルで先行制圧の刑だぞー」


『なにそれご褒美』『僕のも先行制圧してください!(懇願)』『お前らw』『女の私でもよければお相手します!』


 まあといった感じに肩をすくめて行く末を見守っていく。


「ねぇねぇ、みんなに聞いて欲しい事があるの。ここだけの話にして欲しいんだけれど、いい?」


『お?』『これは?』『きたー!』


「うちには今ね、自分の心を満たしてくれている好きな人がいるの」


 なお、この言葉でコメ欄がアルマゲドンとなり、回線が一時的にパンクする事態に陥ったが。


「んもう、うちのリスナー達って早とちりなんだからぁ!」

「いや、ライン越えな事を話したら当然そうなるだろ」

「んー、まぁ。これも話題作りの一環だしいいかなーって、あっ繋がったねー。みんなごめんねー。ちょっとサイトの方で不具合があったみたい」


 それでもお構いなくあずさは回線が回復すると共に会話を再開する。


『ならしゃーない』『これもあずにゃんのお力があってこその賜です!』『頻繁にこんなんなってたら運営に目をつけられるってw』


「ふふ。みんなをビックリさせたかったかなーって。丁度、恋バナをするって言ってたもんねー」


『冷やかすなw』『なるほど』『おかのした()』


「ちな、誰だと思ったかなー? 当ててみー」


『俺だろ』『いや俺だ!』『私ですよね?』『このマクスウェルだ!』


「じゃあ、正解を発表するねー」


 と話しながら不意に俺を見ると。


「君の事が大好きだよ。なーんてね」


 画面越しに流れる投げ銭の通知と、大量の『愛している』のコメントが流れるモニターを背景にして、あずさはうっとりとした表情となり俺に愛を伝えてきた。


――あずさ。その言葉、俺の心にも届いたよ。


 そのあずさの言葉に対して微笑みを返すと共に、自分の気持ちを胸にしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る