ターン4-4 現世遥


 あたしは必死の抵抗をつづけた。

 かれこれ五分程は頑張ってみたけど、この男にはどう頑張っても力の差で負けてる。


――あたし、このままどうなってしまうの……?


 周りの人達が心配そうに視ているが誰も助けてはくれない。


「ははっ、いい気味だ。俺がこの歌舞伎町で名の知れた半グレのボスだって分かってやがる。利口な連中だ。自分が可愛いから何もしないのは賢明な判断で間違いない」

「お願い……もう帰りたい……」

「あーん? んなもん知るか」


 一日の疲れで力が入らない。あたしはその場で体を崩してしゃがみ込んだ。

 それが功を成したのか、目の前の男は怪訝な面持ちになり。


「ちっ、おい。立てよ」


 男はぐいぐいと私の体を引っ張り上げて立たせようとしてくる。

 でも、本当に力が入らなくてドサッと地面に崩れ落ちてしまう。


「……はぁ、だりぃな。ったくこれじゃあホテルで楽しめねぇじゃん」


――やっぱりそっちの方だった……。


 男は腰元にあるベルト型のデッキポーチをガサゴソと触りだし、指先で一枚のカードをつまみ取り出して。


「こいつを使うのは山々だが。まっ、どうせ一夜限りだしいいか」

「それは……」


『心の支配』と書かれている、マジックマスターズでは制限マジックカードに指定されている強いカードだ。一馬もガチの真剣勝負で使うことがある。


「今からこれでお前は俺の言うことを何でも効く奴隷ちゃんにしてやるんだぜ?」


 それで何するつもりでいるのか少し覚えがあって理解した。


――あれってネットのニュースで見たことがあるじゃないの……。


「……本当に実在していたなんて……」


 これから自分に降りかかる出来事に恐怖する。


――一馬からは聞かされた話。冗談半分に信じていたけれど。ちゃんと聞いていたほうが良かった……。


 違法な方法でマジックマスターズの偽造カードを製造し、それを市場に転売品として流通させている悪徳業者が存在している。


――たしか『魔道具』っていう商品の名前で売っているんだっけ? リアルダメージを相手に与えることの出来ちゃう危険なカードだから気をつけろって……。


 そのカードの存在を知らずデッキに組み、実際のバトルでプレイヤーが使用した際に死亡事故へと発展した事例も過去にはあった。


――噂程度でしか知らないけれど。このカードを使った使用者は薬物中毒者のような症状を発症して苦しんで。最後は魔人になるって……。


 出会った男が一馬に言っていた魔人という言葉の意味が理解できたかもしれない。

 一馬もそれらを見つけたら直ちに警察に連絡するように話していた。


――だからって直ぐに通報できないよ……。


 これから被害の当事者になるあたしに何ができる?

 『心の支配』のカード効果はコントロール奪取。相手の手から発動したカードや場に展開している召喚獣を奪って使用する事ができる凶悪な効果がある。


「お願い……それはだけはやめて……」


 目の前の男があたしに望んでいるのは、カードの力で私の心を支配する事だ。


「じゃあ、やろっか」

「いやぁあああああああああああ!!」

「くそ、暴れるなっ」


 自分でもビックリするくらいに火事場の馬鹿力の勢いで抵抗した。


「おとなしくしろ。さもないと、俺の魔人の力でてめぇ……死にてぇのか?」

「ひっ」

『あたしが殺されることに対して怖いですって?』 


 少し前の自分だったら強気で言えた。

 でも、今になって自分が無力なんだと理解すると、か弱い女の自分が表に出ている事に気づく。


「もう……好きにしなさいよ……」


――一馬ごめんね。あたし知らない男の人に今から酷い事されちゃうんだ……。


「うひっ、じゃあ遠慮無くそうさせて貰うぜ。発動宣言、心の支配」


 男があたしにカードをかざしてくる。

『心の支配』のカードが闇色に光ると。


「うっ……」


 直後。あたしは今まで感じたことのない激しいめまいと吐き気におそわれる。


――あれ……何も……考えられなくなっちゃった……。


「手間掛けさせやがってクソが」

「はい、申し訳ありません」


――あやまらないと怖いことされちゃう……。


「そうそう。そうやっておとなしく俺の後ろについてこい」

「はい、分かりました」


 あたしはただ、目の前の人について行く事にした。

 でも、不思議と大事な事を思い出せそう。


――……そういえば、あたし。誰かを待っていた気がするな……。


 その人の名前だけ思い出せそうだ。


「か……ず……ま」


 何故かその人の名前を呟いただけなのに、不思議と頭が明瞭になり思わず叫んだ。


「助けて一馬っ!! あたしはここにいるよ!! 助けて!!」

「てめぇ何勝手に喋ってんだっ!? カードの効果が効いていないのかよっ!?」


――あたしが本当に愛して止まない人の名前は結城一馬だ!


「見つけたぞ!」

「ちぃっ、追いつかれたか……!」


 あたしの声が届き大好きな人が来てくれた。


「もう大丈夫だ遥。アタックマジック発動宣言。渾身のストレートブロォオオオオオオオオ!!」

「くそっ、あと少しで俺のコレクションに新しいのが増えて――がはぁっ!?」


《クリティカル☆ヒット!!》


「あぁ? てめぇの趣味なんぞこっちには興味ねぇんだよ」


 不思議な力だと思った。

 彼の放った一撃が目の前の人に炸裂する。

 あたしを助けてくれたのは偽りもなく。


「てめぇは俺を怒らせた。俺の遥に手を出してんじゃねぇよ!」


 あたしの王子様。結城一馬があたしを助けに来てくれた。


――あぁ、嬉しい……愛してる一馬……好き……、大好き!


 彼が対峙する男に対して向ける、その闘志に溢れた表情を前にしてあたしの胸がキュンとなってしまった。

 もしかすると、あたしの王子様はライトノベルに出てくるような勇者様なのかもしれない。

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