ターン4-3 現世遥

「ありがとうございましたー。またお越しくださーい」

 遥に平手打ちをされた翌日。

 俺は秋葉原のカドショに用事があり買い物を済ませていた。

 あの後。あずさには結果報告をラインで伝えた。

『あー、青春っていうやつだねー。まさかハルちゃんが武闘派だったとはビックリ』

 そしたら彼女は秒でそう返信してくるので思わず。

『俺だってこんな形で遥かに本当の気持ちを伝えたくは無かった』

 とムカついた勢いで言い返した。

――まじであずさが悪い女ムーブかましてきてる。

 あずさが何を考えてるのかは正直の所分からない。

「大方、恋敵の妨害工作にでも転じてみようかとか。敵情偵察がしたいとか。恋愛漫画でありそうな流れなんだよなー」

――まんまとそれを真に受けて動いた自分も……悪い男だよな……。

 人を動かす策士的な事が好きそうな彼女のやり口だと思った。

 とりあえずシェルターで編集作業が控えているので、帰宅しよう思い駅の改札口に訪れると。

「「あ」」

 運命のイタズラ的な何かに導かれる事になり、俺と遙かは昨日ぶりに再会した。

「あ、あら奇遇ね。あんたがここによく足繁く通ってるのは知っていたけれど」

 目線を逸らしてそわそわとこちらを見ることに躊躇いながらも、遥は辿々しい口調で俺に話しかける。

 遥が昨日に購入した夏色のワンピースを着ているので。

「似合ってるよ。とても綺麗だ」

 俺は正直な気持ちを伝えた。

 すると。

「な、なによ!? いきなりそうおだててくるなんてっ!?」

 顔を赤くし、両手をぶんぶんと振る仕草に思わず笑みがこみ上げてくる。

――ひとまず場所を変えて話をするか。

「なあ、これから歌舞伎町にある喫茶店でお茶でもしない?」

「うん」

 予定を変更して遥と過ごす時間を優先する事にした。

 それから歌舞伎町にある喫茶店『パリジェンヌ』に足を運ぶ。

 ここは昔にヤクザの抗争の舞台にもなったという歴史のある場所でもあり。

――あ、バイトの面接してるなー。

 お店が歌舞伎町にあるため、夜の街で活躍するホストやキャバ嬢達を目指す人達の面接会場としても使われている。

 前を歩く女性スタッフも慣れているのか、俺達を案内するのにいろいろと配慮してくれて、比較的窓際の席を案内してくれた。

 俺達が席に座り終えた後にスタッフがスマホを片手に話しかけてくる。

「ご注文をお伺いします」

「俺はオムライスと食後にアイスコーヒーをお願いします」

「あたしは……」

 と、遙が少しメニュー選びに悩んでいるようだ。

「おすすめのデザートでいいです。あと、アイスコーヒーも一緒にお願いします」

「かしこまりました」

 それからコーヒーにつけるガムシロップやミルクなどの伺いに応じて注文を終える。

「あぁ……旨かった……」

――充分に堪能させて貰ったよ……。感謝だ。

 食後に届けられたひと口だけ含んで飲む。

「あたしも今度ここに来たときは同じの頼もうかしら」

――とりあえず話の本題に入ろう。

「今日はどうだった?」

「ええ、まあ良い感じに終わったかしら。昨日の服選びで気になるような指摘は無かったし。可も無く不可も無いっていう評価を貰ったわ」

――要するに普通だったわけか。まあ、変な装いをするよりは良いだろう。

「あんたの選んでくれた服……よかったよ……センスが良いって」

「うん」

「審査員の人が言ってたの。あなたを着飾ってくれた素敵なパートナーと一度会って話してみたいわって」

 遥が顔を伏せて徐にそう話す。

「あたしの力で頑張ったんだよ。でも、あたしの事を見てくれてはいなかった。審査員の人は一馬の事をみていたのよ……なんでよ……なんで私じゃないの……?」

 前を向き唇を噛みしめる彼女に掛ける言葉なんて何もない。

――外野の自分が言えるような立場じゃないしな。

 そして審査員が言っている事は的確だと思った。

――俺は想いを寄せている彼女に振り向いて欲しくて。彼女を沢山着飾ってきた。

 最初は遥の思いつきで着せ替え人形ごっこ遊びを楽しむ程度だった。

 でも思春期になると、俺は彼女を可愛くしたいと思うようになり、彼女の着用する服や靴やその他諸々に対してこだわりを入れるようになっていき。

「バカだった……あたしが服選びのセンスがあるって思って鼻を高くしていたって……本物の天才を前にして何も気づけなかった自分が本当にバカだったのよ……」

 遥が涙の言葉に首肯する。

「最初はただのごっこ遊びだったんだよな……。でも、気づけば遥を可愛くしたいと本気になる自分がいたいんだ。もし、許されるなら遥をもっと俺好みの可愛い彼女にしたいと思ってる」

 遥の顔が真っ赤に染まる。

「ば、バカにしないでよ!」

「言い過ぎた。俺もその審査員の評価には感謝はする。でも、俺はその道を究めようなんて思わない」

「なによそれ。あたしの代わりに一馬がアパレル業界で就活すればいいのよ。そしたら有名なファッションスタイリストになれる夢を開く事だって出来るわよ……!」

「それはあり得ない」

「あたしには何も無かったんだって気づかされた。そういった才能を持たない人間が来るべき場所じゃなかったって……」

――自分の居場所は自分が決めることだ。

「あたし……悔しいけど……今日。この話が終わったら内定を辞退しようと思ってる……あんたのおかげよ……気づくことができて……」

 それは遥から俺に対する責任をとって欲しいという言葉にも聞こえる。

「あんたが私に現実を教えてくれたのよ。夢を見てお化粧やファッション雑誌を読んだりして、実技と知識を磨いて頑張ってきたつもりでいた。でも、そこらの女の子の方が可愛いって思うの……」

「そんな事はない。遥は充分に可愛いし。その……遥の事を好きに着せ替えさせれるのは俺だけだ。他の男がするとかほざくなら。俺が前に出て遥の事を抱きしめて守る位には好きだ」

 遥は少し気持ちが冷静になり、落ち込んだ様子と共に、彼女は心の中で抱え続けてきていた辛い思いを吐き出そうと語り始める。

 遥の話すことに対して否定はしない。

「……ねぇ、一馬」

「ああ」

「いつも、あたしを可愛く着飾ってくれて……その、ありがとう」

「正直。何時もみたいにお安いご用だって言いたい所だが、昨日の一件で一日考えさせられる事になって。遥に謝りたいんだ」

「ううん、大丈夫。本当はあたし、あの時は気持ちがモヤモヤってしてて。あずさと一馬が偽りの恋人関係でいるがうらやましくなって。あたしはどうすれば良いんだろうって思うようになって。それで……一馬に思わず平手打ちして……その……ごめんなさい……」

 遥はぺこりと頭を下げてくるので。

――どんな時でも優しいな。その思いやりのある立ち振る舞いに何度も惚れたんだ。もし、許されるなら。彼女と過ごすこの時間を大切にしていきたい。

 彼女の気持ちが分かれば男として言うべき言葉あると思い。

「この状況で言うのも変……だと思うが……。改めて遥に伝えたい気持ちがある」

「うん、言って欲しい……正直な気持ちをあたしに教えて欲しい……どんな言葉でも受け入れるから……」

 少し彼女の瞳がうるっとしている事に気づく。

――もう、包み隠さず伝えようか。

「君に、愛してるを伝えたいんだ」

 その瞬間、遥は俺の言葉に面食らった表情を浮かべると、彼女は少し戸惑う仕草をみせてくる。

――怖いよな俺。解るよ、長年に掛けて築き上げてきた関係が崩れてしまうのが溜まらなく怖くて仕方が無いんだよな。

 差し出したカードを持つ手が震え、例えこれが俺のプレイングミスであったとしても。

――この駆け引きで身を引くわけにはいかないんだ……!

「本当にあたしを愛してくれているの……?」

「そうだ」

「あ……あたしも一馬の事が……す」

 緊張しながらも俺を見つめて、遥が意を決して気持ちを伝える瞬間。

「よぉ、そこで女と良い感じにイチャついてるにーちゃんよ。そう、てめぇだよ」

「えっ、なにこの人達……」

 遥が突如として現れた三人組の男達に困惑する。

――何だ?

「てめぇ、結城一馬って言うんだっけ?」

 やんちゃな格好をしている20代前半の男に言われてむかつき。

「だから? 今は取り込み中なんだ。どっかいけよ」

「ここから立ち去れって言われて引き下がれるワケがねぇんだよなぁ」

 俺達が座る席のテーブルに両手を突くと、その男はニヤニヤとした表情で俺に顔を寄せてくる。

「お前。魔人なんだって?」

「っ!」

「まじん? 何それ?」

「あん?」

 と、男が遥の問いかけに反応して振り向く。

「おっほ、キミ可愛いねぇ。後でさ、俺と一緒に楽しい所に行かない?」

 突然、男は遥を視て興奮すると共に口説きだした。

「はぁ? あんたなんか興味ないし。それに迷惑してるからどっか行ってよ」

「兄貴。いい女みつけちゃったっすね」

 と後ろにいた丸刈り頭の男がやんちゃ男をおだてる。

「だろぉ、シンジ。今日の夜はとことん楽しめそうだぜ!」

「兄貴の後に俺達も混ぜてくださいっすよね」

 といってもうひとりの男が伺いを立てている。

 この会話を聞かされる間に色んな考えを巡らせてきた。

――まずい。最初は魔人の俺に話しかけてきたくせに。こいつら気が変わって遥をどうするかで話をしてるじゃないか……。

 心配になり奴らに気づかれないように遥の様子を伺うと。

「一馬……助けて……」

 怯えた小動物と化して俺に小さく助けを求めてきている。

――力を使いたいが……あいにくデッキを持ってきていない。

 だが、それでも一途の望みはある。

――遥は鞄の中にいつも御守り代わりに聖霊龍デッキを持ち歩いているはずだ。

「おい、マジシャンズバトルしろよ」

 その言葉に反応を示したのは丸刈り頭だった。

「兄貴。こいつ俺達と同じマジシャンみたいだぜ」

「あぁ、知ってる。こいつが魔人だってのも知ってるぜ。んで、かの有名な二つ名持ちのマジシャンだっていうのもな」

――俺を知った上で声を掛けてきたということか……何者なんだ……?

「あいにくだが俺の二つ名に関してはとうの昔の事だ。関係ないだろ」

――少しでも時間を稼いでこちらの有利に持ち込み。お店の人が警察を呼んでくれれば勝ちにつながる……!

 と考えを模索していると。

「まあ、いいぜ。といっても、魔人のてめぇが相手するのは俺じゃない。こいつらだ」

 やんちゃ男に呼応し後ろに居るふたりが俺の前に立ち塞がってくる。

「んで、俺が相手するのはそこの女。いやぁ、丁度暇しててよ。とりあえず問答無用でこの女には俺と遊んで貰うから。そこんとこよろしくな」

「いやだ……」

「彼女に手を出すな!」

「そうも行かないんだよな。おら、こっち来い」

 強引に遥の腕を掴んで連れ去ろうとする。

「いや、離してぇ!」

 遥が必死の抵抗で男に連れ去られるのを何とかしようと頑張るが体格差で虚しくも、俺の手の届かない所まで連れて行かれていき。

「一馬助けてぇ!!」

「遥ぁああああ!!!!」

 遥は男に連れられて外に出て行ってしまった。

 ――待ってろ!! 絶対に後を追いかけて助けるから……っ!!

「というわけでぇ、兄貴は今からおめぇの彼女と大人の遊びをするからよ。俺達と仲良くマジシャンズバトルしようぜ」

 と言って、表に出ろと親指を立てた拳でジェスチャーをしてくるので。

「……望むところだ。お前らをワンターンでぶっ倒してやる……!!」

 遥を連れ去った男の言葉を思い出して昔を懐かしむ。

 例え俺がどんな自分になったとしても全力で勝つ。

「丁度良い。この力を有効活用できる絶好の機会だし。思う存分に暴れてやる!」

 魔人に生まれ変わった自分の最初のマジシャンズバトルが始まろうとしていた。

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