第4章 

ターン4-1 現世遥


「ねぇ、一馬。よかったらさ。この後に私とショッピングモールで買い物でもしない?」


 それは突然の誘いだった。


――遙とデートか。いいな。


「いいのか? 俺はあずさと付き合ってるんだぜ?」


 と、らしいことを言って釘を刺しておく。

 すると。


「大丈夫よ。ほら、あずさからラインで許可してくれてるし。偶にはいいんじゃない?」

『うちの彼氏を何卒よろしくお願いします。うちは必修科目の講義中で忙しくて寂しぃよ~』


 あずさは今の気持ちをスタンプと共に送っており、絶賛目の前で修羅場の匂いがした。


「あーっ」


 開いた口が塞がらずに返事を返す。


「うちらで秘密の協定なんてしちゃおうよーって、あの子が私に話を持ちかけて来た時は殺意が湧いたわ」

「そりゃそうじゃ」

「段々とね。彼女の話を聞いていく内にさ。この子ならあんたを任せても大丈夫そって思ったのよねー。不思議でしょ? お互いに恋敵なのにね。なんかこうあんたの好きなところを聞かされていく内に……」

「自分の彼氏を褒められてると思ったんだろ」

「ま、まだ付き合ってないでしょ?」

「いや、まあ。場ののりってやつ」

「はっきり言うわね……」


――じゃあ、このまま押し切ることが出来そうかな?


 俺は呆れたと肩をすくめてくる遥の手を取り話を切り出す。


「なら、あずさの許しも出ていることだ。その。久しぶりに水入らず。幼馴染み同士でショッピングに行こう」

「一馬……」


 遥がキュンとした表情を浮かべる。


「いつからそんな女誑しみたいな事をするように覚えちゃったのかしら……」

「…………」


 思いが空振りして失敗した。

 その調子のまま講義を終えてしまった昼下がり、多くの人で賑わうショッピングモールに俺達は訪れた。


「わーっ、これはひどいわねー」

「あー全く同感だなー」


 二人して同じ気持ちでいる事を理解した。


「なーんで学校終わりに増殖するカップルでいっぱいな光景を見ないといけないのよ」

「そんなワラワラと増えたら見えない恐怖に怯えるしかないじゃないか」


 男女二人で仲良く腕を組んみイチャイチャとしながら歩くカップル達。


「と、とりあえずあたしたちもそ、それとなーくで良いからさ」

「ん?」

「あたしたちも恋人ごっこしない?」


 遥が上目使いで聞いてくる。


「まぁ、程ほどに楽しもうか」


 こうして俺は短い間だけ、遥の恋人として共に時間を過ごすことに。


「今日くらいは嘘でも良いからそういう事をしてみたかったの。あんた達みたいに偽りの恋人関係で結ばれるっていうの。恋愛小説にありそうなシチュエーションで憧れちゃったからさ」


――詰まるところ。遙は俺達の姿に憧れを抱いていたということか。


 ならば思う存分、幼馴染みの垣根を越えて楽しもう。


「じゃあ。今日だけは俺と遙は恋人。昔やってたごっこ遊びみたいだな」

「本当はそうじゃない方がいいんだけれど……」


――そう堂々と目の前で言われてもなぁと思い困ってしまった。


 それから少しして。


「明日は大事な日だろ? ほら、あそこのショーケースに並ぶマネキンの着てる服はどうだ?」

「あーっ、あれはちょっとチープさを演出してるから。明日の大会には勝てる自信がないかしら」

「んーっ、なら高級過ぎず。かといって安いを印象づけないバランスのとれたコーディネートで攻める事になるのか」

「まあ、一応はフォーマルっていうレギュレーションがあるから線引きが必要になるけれどね」


 彼女は明日のインターシップで企業が催し物として開くミニファッション大会に出場する。

 その大会で好成績を残せたら企業側から採用されやすくなると話が上がっているらしく。


「他の子が驚くような。審査員が一目を置くようなのがいいかな」


 その気持ちに応えられるように、俺もトライアンドエラーを繰り返していき。


「いいじゃん。これであたしも大人の仲間入りね」


 遙の爽やかさをイメージした夏色のワンピースコーデがようやく形となって実りに繋がった。


「ねぇ、あずさとはその。あくまで偽りの恋人で演じ合ってるんでしょ」

「ああ、そうだな。彼女の身辺が落ち着くまでの間は。俺が側に居てやって守るっていう約束をしているしな」


 服選びの後に、俺達はティータイムと称してフードコートに訪れた。

 遙は区画内のハンバーガーショップで購入してきたバニラシェイクを吸いつつ、俺に恋バナの話題をふっかけてきている。


「それって大丈夫なの? 警察とかに相談した方が安全よ」

「俺が目を醒ました翌日に彼女は警察の聴取を受けて。その時に身辺の安全を守って欲しいと頼んだらしいが。実害が彼女に及んでいないとかで介入ができないらしいんだ」

「ひどい話ね」


 遙は警察の対応に対して何かを思って冷たい反応をしめす。


「とりあえず彼女は居場所を変えて身を潜めてる。落ち着いたら元の自宅には戻るらしい」

「いつになるかは分からないのに。また戻るってすごい神経してるわねあの子」

「彼女の居場所はそこにしかないんだよ」

「あずさの事、よく知っているわね。あたしの事より以上に、あずさを思っているじゃん」


 遠い目というか、遥は俺を見ないように視線を逸らして言葉を返してくる。


「……どうしてあずさと恋人のフリをするの? 普通にさ、冷静に考えて変な事だと思うよ。あたしならはっきりと線引きして恋人にはならないって突き放すわ」

「確かに正論だ」

「じゃあ、別れた方が良いわよ」

「それは別だ」

「別って……なによそれ……」


――ごめんな遥。俺にも線引きがしたい話だってあるんだ。


 不穏なやりとりの後、それから俺は遙を彼女の自宅まで送り届けた。


「今日はありがとうな」

「…………」


 遙は不満を露わにしたまま終始沈黙のままだ。


――こうなると長期戦になるんだよなぁ。


 空はもう夕日がさしつつある。


「また恋人ごっこ。できるならしようか」


――あずさの事が無ければ。今頃は本当に恋人の関係で甘い別れの一時を過ごせていたんだろうな……。


 そう思うと切なくなる自分がもうひとりいる。


「ねえ、一馬……」

「どうした」

「あたしと恋人になってよ」


 前髪で目元を隠しながら顔を伏せるなり、遙は俺に告白をしてきた。

 そこに俺が思うのは切ない気持ちと嬉しさがこみ上げてくる相反した感情だ。


「あたしね。ずっと小さいときから一馬の事を一途に思っていた。あんたがあずさとそういう関係でいても。あたしの心の中には一馬が沢山居て。そして幸せだった……」


 俺は静かに彼女の気持ちを受け止める。


「あたしの心の中には一馬しかいないの」

「俺もだよ遥」

「うそ。あなたの心の中にあたしはいないよ……。そこにいるじゃない、あずさが……」

「言いたいことは分かる。でも違うんだ」


――今なら彼女に本当の気持ちを言えそうだ。


「……遥。小さいときからいつも一緒に居てくれてありがとう」

「……うん、あたしも同じ気持ちよ」

「今から伝えるこの気持ちが偽りだと思われても良い」


――今まで言えなかった言葉を伝えたい。


「愛してる遥。好きだ。お前と一緒になりたい」

「そんな薄っぺらい言葉を聞きたくて。私が一馬に気持ちを伝えたワケがないでしょ馬鹿ぁっ!!」

「うっ!?」


 遙かは俺の頬に平手打ちをして家に入ってしまった。

 去り際に見えた彼女の涙ぐむ姿に心が揺れる。


「何を間違えたんだろう……」


 今後の事で悩む。


「あずさに遥の事どう話せば良いんだよ……」

『一度、二人の気持ちをはっきりさせた方がいいかなって。うちは思うよ。後で聞かせて欲しいかなー』


 スマホに映るラインのトーク画面にはあずさから送られてきたメッセージが貼られている。


「わーっかんねぇよ本当によぉ……!」


 ヒリヒリとする頬を手で労りながらしゃがみ込んで葛藤した。

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