ターン3-2:ストーカーに殺されて魔人になったので彼女の為に復讐を誓う。


 *


 翌日。あずさは来なかった。


「調子はどう? まったく事故に遭ったと知らされて心配したのよ」


 今日は遙がお見舞いにと今朝から来てくれている。

 外はもう暗い熱帯夜を迎えており、遥が帰るには丁度良い時間だろうと余計な事を思いつつも。


「俺もなんだかな……」


 今日の遥は大学の講義に加え、日頃頑張っていたバイトを休んで俺の側で看病をしてくれているので邪険に扱う事はしなかった。


――むしろ、遥にはこのままずっと居て欲しいな……。


「まったくもう。何しょぼくれた顔しているわけ? あんだけの大事に巻き込まれて死んだと勘違いされただけで済んだっていうわけなの? お医者さんも何とも言えなさそうな顔をして私に説明していたわよ。むしろそっちの方が恐ろしかったかも」

「俺だって今の自分が恐ろしくてしかたがない……」


 遥も今朝に会うなり俺のために泣いてくれていた。


『一馬が生きていなかったら私……何を楽しみにして生きていけば良いの……? ずっと側に居てくれた一馬の姿を見られなくなるのは……いや……』


 昨日は眠れていない。

 ベッドで横になって安静にしていろと言われてるものの、目を閉じて夢を見ることさえ自然と出来なくなっていて困っている。


――魔人になって、睡眠が出来なくなってしまったのか……。というより。医者から精神的不安で眠れない状態とか専門的な診断を受けたわけだしな……。


 昨日に聞かされたあずさの言葉が頭の中でグルグルと渦巻いており、どうしてなのか……あずさの事を思い出してみると心苦しく感じる。


――擬似的な恋愛関係だっただけなのに……。


 あずさの事が自分の中で大きな存在として定着している事に気づかされる。

 短いながらでの付き合いではあったが、彼女は自分を精神的な面で支えてくれていた人だ。そして……


――遥には何も言わず胸にしまっておこう。その方がお互いの為にもなる。


……離れてしまった事で知る事になる。仙堂寺あずさに対しての恋心を抱く自分が存在している事を遥に知られたくはなかった。


「……つらいな……」

「体はともかく。お医者さんも言っていたけれど。強い心的外傷ストレスを受けている筈だから。当面の間は心を休めるためにも入院しつつ。経過観察で退院日を調整していくそうよ」

「心の怪我は治せないのかよ。とんだ藪医者だな」

「仕方がないじゃない。お医者さんも全治万能の存在じゃないんだから」


 兎にも角にもと言葉を返しながらも、遥は俺の身の回りの世話をしてくれている。


「服の替え持ってきてくれてありがとう。終わったら帰ってくれていいよ」

「…………」


 遥は俺の言葉に耳を傾けることなく黙々と作業を続けている。


「あのさ一馬」

「おう」

「私が来てるのにどうしてそんな辛い顔をしているの? なんで?」

「…………」


 言われている事に対して正直に何と答えようかで困り顔になる。


「あんたの顔ってさ。昨日に失恋をした人みたいな顔をしてるじゃない」


 遥が放つ忖度の無い言葉に胸が突き刺さる思いがする。


「昨日。あずさと話をしたんだ……」

「知ってる。仙堂寺あずさでしょ。知ってる。一昨日に秋葉原であんた達が楽しそうに腕組んでデートしている所を見た友達がいたの」


 空になったダッフルバッグのファスナーを閉じ、ギュッと鞄の持ち手を握りしめると……遙は気持ちを押し殺した表情で見返してくる。


「……俺達は擬似的な恋愛関係にいたんだ……それも理由があって……」

「理由……? 何が……?」

「彼女はストーカーに命を狙われているんだ」

「それって……つまり……」

「ああ、俺は彼女を守る為に命を掛けてきたんだ……ごめん……遥を巻き込むわけにはいかなくて。今まで黙ってきたんだ……」

「どうしてそんな事を……」

「彼女と初めて出会った時に俺。この人は守らないと自分は絶対に後悔すると思って彼女と約束を交わしたんだ」


 俺は遥かに今までの経緯を説明する。


「いいわ。昔からあんたの事を見てきたから大体はわかるわ。ほーんと。あんたは昔から女難に遭いやすいんだから。少しは冷静さを掻くこと無く対応しなさい」

「恐縮です……」

「まぁ。あたしはあんたの幼馴染みになれてよかったって思う」

「俺達はこれからも一緒だろ?」

「ばっ、ばっかじゃないのっ!?」


 何も驚くような事ではないのだが、遥は声を上げて冷静さを掻いた紅い表情になると……


「と、とーぜんよ! あたしはこれからも一馬の幼馴染みで居続けるつもりだし! あずさとあんたが……どうイチャイチャしていようが……あたしは関係なくこれからも付き合ってあげるんだからねっ!?!?」


――それって友達の意味で……だよな?


『べ、別に俺は遥と付き合ってもいいだからねっ!?』……って言ってみたい欲にはかられてはいるが、それで何か大きなトラブルになるような気がしたので口を閉じた。


「そ、それよりさ……あんたを襲った犯人はどこかに逃げているらしいわ……卑怯よ……」


 凶悪犯罪を犯した相手に『常識』という単語は持ち合わせていないだろう。


「とりあえずちょっとだけ理解したわ。あんたが仙堂寺あずさを守る為に身を挺してボディーガードの仕事をしてきたこと。あたしの大切な一馬をこんな目に遭わせた犯人があずさに付きまとう最低なストーカーってことも理解したわ」

「……感謝する」


 少し遥と楽しく話せた事で気持ちが和らいだ。

 眠気に続けて口からあくびが唐突に出てくる。


「眠れていないの?」

「……確かに昨日は一睡も出来なかった」


 そう言葉を返すと……


「一馬、もし迷惑じゃなかったらさ。眠れるように歌っても良い?」


……遥が俺の体調に気を遣って暫くぶりに子守歌を披露してくれるようだ。

 上目使いで見てくる姿に彼女なりの優しさがにじみ出ている。


「リクエストは無い。任せるよ」

「ありがとう一馬」


 遙かははにかんだ表情を浮かべると、目を閉じ深呼吸をして音色を奏で始めた。


~あたしは何時も、君を想う。憧れの背中を追いかけるように。いつか、君の側で手を取り合い愛を囁きたい~


 目を閉じて旋律を流し、俺にしか分からない言葉だけをつかって語りかけてくる。


~君となら何処までも歩きたい。あたしは君の事をずっと想っているよ。あたしの大好きな王子様。愛しているって一番に伝えたいな~


「なんだ……最初から俺達って……」


 その先の言葉を漏らさなかった。

 彼女の歌が自分の胸の中で心の涙と共に満たされていく。

 遙の歌が終わりを迎える。


「あのさ……遥」

「一馬……」


 止まらない涙を服の袖で何度も擦り続ける。

 遙が俺にそっと近づいて服の袖を優しく掴んできて話しかけてくる。


「あたしの気持ち。一馬に受け取って欲しい。でも、今じゃなくていい。あんたが本当に私の気持ちに対して応えてくれるなら。その時は恥ずかしいけど……あたしの唇に想いを重ねて欲しい……私は一馬の唇が欲しい……」


 そのまま目を閉じて俺が答えるのを待ってくれている。


――彼女の夢に応えたい。俺もお前の事を心から想っているよ。 


 気持ちが晴れてゆき、頭の中の整理が出来るようになる。


「ごめん、遥。今すぐに応えるの難しいかも」


 俺の返す言葉で何を意図して察してくれたのか、遙は呆れたと小さくため息をつくと……


「それで何? あたしの気持ちよりも大事な話ってあるの?」

「……もう一度。あずさと話がしたいんだ」

「どうして? もう別れたんでしょ?」

「いや、まだだ。あのさ遥。俺。このままあずさの事で何もしなかったら多分。彼女は本当にこの世界から居なくなってしまうと思うんだ。それにあいつと約束をしたのに途中で投げ出したらさ。俺は本当に後悔すると思う」


――それに。あずさが言っていた『魔人』の事について知りたい事もある。


「それってさ。あたしに話す言葉じゃないわよ」

「……確かにそうだよなぁ」

「もぉ……わかったわ。今回はこれくらいにしてあげる。でも……やっぱ今だけは私の事だけを見ていて欲しい……このまま退いたりしたらさ。あたし。あの女に負けた気がして嫌なの……」

「遥の気が済むまでいいよ」


 今までの詰み滅ぼしたと思い了承する。


「ちなみにね。もしさ。あたしじゃなくて他の女だったらさ。あんた……殺されてるわよ……?」

「うっ……冗談でも聞きたくない話だなぁ……それ……」


――片が付いたら。彼女の想いに応えよう。


 遥に頼んで自分のスマホを受け取って操作する。


『会いたい。君に大事な話をしたい。来て欲しい』


 あずさに一通のメッセージを送って反応を待つことにした。

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