ターン2-6:偽りの彼女『仙堂寺あずさ』


 この世界には魔術という概念が存在している。

 その概念は数10年前から世間で知られるようになり、つい最近になって自分でも魔術の存在が実在している事を知り得るになる機会があり、魔術という存在は世間的にも広く普及しつつあるようだ。

 しかし、みんな誰もが魔術を使える人ばかりじゃない。

 その概念を扱えるのはごく一部の才能がある人に限られているらしい。


――俺達みたいな一般人には現代科学の庇護下に置かれている生活の方が馴染みがあるからな。


 そのこともあってか世界史の教科書に記載されている魔術の歴史の項目には分かりやすく、魔術よりも、現代科学の方が汎用性のある実用的な技術として広く普及するようになったとされており、今となってはローテクの産物として廃れつつある。

 しかし、それでもロマンを追い求める人たちもいるわけで……


「召喚妖精リリィボレアス。ダーリンにラストアタック!」


 バラの妖精をイメージした精霊系の召喚獣が俺に向かって襲いかかろうとしてくる。


――おそらくこのコンボを決めるなら今しかない……!


「チェーンガード宣言! 俺は手札にある二枚のカードをトラッシュし。召喚妖精リリィボレアスの攻撃を無かった事にする!」

「させない! 私はダーリンのチェインガード宣言に対してスピード・スペルマジック1『教導の洗礼』の発動を宣言したい!」

「くっ、リアクションなし……!」


――さすがあずさだ。用意周到だな。


「宣言が有効になったので効果処理に入ってもらうね。相手プレイヤーはチェインガードでトラッシュしたカードを手札に戻して発動を撤回する」

 無力化ではなく撤回なのでトラッシュした手札を元に戻す。

「さあ、おとなしく観念しなさい。攻撃宣言を再会。召喚妖精リリィボレアスでダーリンにラストアタック! 必殺『薔薇竜巻の狂演ローズサイクロンブロー』で終演よ!」

「それはどうかな?」


 カンコン。俺の言葉にあずさがひょっとした表情をしているのを見届けて宣言する。


「俺はトラッシュしたカードの条件を満たした事で宣言する」

「そのカードはまさか!」


――カウンターマジック『反逆者の再起リバイバルプラン

【・このカードは自分のカードが撤回・トラッシュ・無力化された後に発動の宣言ができる。】

【・この効果は相手の攻撃処理時に介入して宣言する事ができる。】

【・攻撃を受けたプレイヤーは次のアクションフェイズ終了後まで自身が受けたLDは0になり、この宣言したターンの次のアクションフェイズ時に限り、受けたLDを加算して相手に攻撃する事ができる】

【このカードは自身の二度目のアクションフェイズ終了時まで発動の宣言ができない。】


「勝利の方程式は整った。さあ、俺が受けたダメージをあずさにくれてやる!」

「お願い! あと1ターンだけ待って欲しいかなー!?」


 俺の勝利宣言に対して、あずさは演技で泣くフリすると共に命乞いをしてくる。


「前に教えてくれたよな? 俺のデッキには攻撃札がないと」

「そ、そうだね……」


 俺に泣き落としが効かない無いと分かると、あずさは手のひらを返すように何も言えないと苦悶の表情を返してくる。


「あるんだよこの手札の中にはな! 制限マジック『心の支配』を宣言して発動する! 相手マジシャンが使役している召喚妖精リリィボレアスに対して。コントロールによる強制移譲の効果発動の宣言をする!」

「あっ、ずるい! インチキ!」

「いやいや、そういう魔術札だからな。それで。チェックしたいんだけどリアクションはある?」

「……なし。んもう、悔しぃ!」


……という事で処理が進んでゆく。

 魔術札から放たれる謎の催眠波動を召喚妖精リリィボレアスに送りつける。

 その効果処理により精神支配されたボレアスは攻撃を中止し、あずさに身を翻してラストアタックを仕掛ける。


「いやぁああああああああ」

『LP13→0』


 召喚妖精リリィボレアスが放つ激しいバラの竜巻に巻き込まれ、彼女は声を上げると共に背中から倒れ込む形で吹き飛ばされた。


――胸熱っ! やっぱこの遊び方はやみつきになるんだよな……!


 そうコレが俺達のようなカードゲームを愛好する者達にとって、魔術という概念は夢のような技術である事に変わりはない。

 今もこうしてあずさと面と向き合ってマジシャンズバトルを楽しんでいた事がその証明にもなるだろう。


――今でこそ。誰もが魔術を使った遊びが出来るようにはなったが。


 その概念を世間が知って間もない頃。魔術は才能がある人の特権的なスキルだった。

 そのイメージを取り払う事に対し、遊びを通じて魔術そのものを誰もが楽しむことが出来るように企業単位で精力的な活動を続けているのがマジックマスターズの運営会社こと……株式会社マジックインダストーリー社の労が為し得た結果だ。

 俺達が使う魔力の込められた手のひらに収まるカードサイズの魔術札を産み出しただけに留まらず。そのカードを使って誰もが対戦ゲームをプレイ出来るように遊び場を用意してくれている。

 実際にこの公式運営のカドショに併設されている対戦アリーナでは俺達以外にもマジシャンズバトルに興じるプレイヤー達で盛り上がっている所だ。



「怪我はない?」

「いてて、んもうダーリンったら容赦ないなー。これも君が私に対してくれる愛の形かなー? 実は意外と押せ押せのオオカミさんだったりするのかなー?」


 あずさはその言葉と共に片手を地面について割座の姿勢になり、誘惑の眼差しで見つめてくる。


「あ、いやその……」

「なんて冗談だよー。ふふっ」


 たじろぐ俺の立ち姿を見て、あずさがイタズラな笑みを浮かべて口を手で隠しながら笑う。


「そろそろいくか。後で並んでる対戦者もいるし」

「うん。ねー。腕組んでもいいかなー?」

「ほら貸してやるよ」


……と言って左腕を彼女に差し出すと……


「あはは、お邪魔しまーす。うーん、ダーリンから良い匂いがするー」


――ただ単に汗臭い匂いだけだろ?


……ギュッと身を寄せてきた彼女と並行してアリーナを後にした。



 その後。俺とあずさはカドショ巡りをして時間を過ごし、夕食としてテナントビルのファミレスに入店して一緒に談笑を交えて食事を済ませた。


「もう、こんな時間なのか」


 もう何度目のお別れの時間を過ごしてきただろうか。

 夜のネオンと共に、俺とあずさは駅構内の改札口近くで身を寄せて正面から抱き合う。


「もうお別れなんて寂しいよダーリン……このままお家に来てよ……一緒に肌を寄せ合って夜を過ごしたいの……」


 彼女なりの演技なんだろう。


「ごめんな、あずさ。俺も明日があるから今日はここまでにしてほしい」

「やーだー。もっとギュッとしていて欲しいの。じゃないと連れて帰る!」


――上手な言い回しだな。


 俺の背中に回している腕の力がググッと入ってきているのも、演技的な意味合いでのポイントが実に高い。

 通りすがりで視てくる人達に向けての、仙堂寺あずさがとる見せかけのお芝居だろう。

 そしてそこに居るであろうストーカーに対しての送るメッセージでもある。


「はぁ、もう仕方が無いなー。ダーリンはうちを何度も悪い人から守ってくれた素敵な王子様なんだけれどなー」

「本気にさせてどうするつもりだ?」

「さあ、どうしよっかなー。てへ」


――曖昧な事を言ってどうするんだ?


 あずさの顔が近づき、互いの鼻がくっつきそうでそうじゃない距離感で蠱惑なウインクをしてくる。


「まっ、今日はこの位にしてあげようかな」


……と言いつつ、彼女はコロコロとした調子でうっとりとした表情になると。


「バイバイ、私の愛しのダーリン。また明日会おうね、愛してる」

「あっ」


 俺はあずさが囁く愛の言葉を受けると同時に頬にキスを受けた。

 離れても手を振り続ける彼女の事を見送りながら。


――これも演技だよな?


 手でさすり、遠くへと改札に向かって離れていく彼女の姿を見送る。


「なんだよこの切ない気持ちは……好きじゃ無いのに……なんで……?」


 心の中で抱くこの気持ちは変わらない。


――もし、相手が遙だったらどうしていたんだ? 


 俺は恐らくそのまま遥と共に一夜を過ごしていたと思う。

『恋』って何だろう。


――人が誰しも胸に抱くこの感触。この思い。


 改札口で人が行き交う中でただひとり、俺はその言葉の意味を理解する事に悩んだ。


「ん?」


 何か後ろから黒い視線を感じた気がする。


「気のせい……?」


 振り向くと何も無く、不思議に思いながら首をかしげた。


「まあ、今日は疲れたし帰るか……」


 改札に入って、自宅のある城南方面の路線に乗車し帰宅した。

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