ターン2-5:偽りの彼女『仙堂寺あずさ』
「あのね。うちの彼氏にならない?」
それが俺たちが偽りながらの恋人関係になるきっかけの始まりだった。
*
「私ね。去年からストーカーに付き纏われてて。色んな男の人にお願いして私のボディーガードになってもらっていたの」
「ふむ、それで?」
「でもね。やっぱり男の人達の考えることは皆全部一緒だった。最初はそれとなくボーディーガードをしていてくれていた」
「良い奴らじゃん」
「うん……でも。何を勘違いしたのかいけると思ったのかな。私の体をみだりにスキンシップと称して触ってきたり。我慢はしてたよ。恋人関係のフリをしてたわけだし。最終的に肉体的な関係を迫られた時はどうしたものかなーって悩んだ」
「男運なさすぎだろそれ」
「あはは、だよねー。まあ、全員未遂で済んだし。うちは悪運が強いみたい」
取り繕うように愛想笑いを浮かべて言葉を返してくる。
「うちがゼミの子達を通じてヤリモク女とか。ビッチとか。変な噂を耳にしているでしょ?」
「友人の女の子から聞いた事は何度か……あるな……」
――言葉を選ぶよなぁ、こういうので大抵は関係が悪化するわけだし。
「これ、絶対にうちが別れてきた男達からの嫌がらせか置き土産でしょって思ったなー」
「いやまあ。そういう事を求めてくる奴らはさ。満足できずに終わると。変に仕返しに対するモチベーションがよく働くからなぁ……」
――マジで女々しよな。
「うん。おかげで身近な友達は避けちゃうようになったし。そんなこんなで孤立しちゃって。それでも相変わらずストーカーが私を狙ってくるわけだし。自分の身を守る為に始めた事だから。コロコロと良さげな男の人を見つけては一緒につるんで守ってもらって。そしてまた肉体的な関係を迫られて断って逃げてーって。いつになったら私のこんな人生が終わるのかなーって。そう思いながらこの1年を過ごしているんだよねー」
のどかな喋り方で平静を装っているが、俺が思う以上に彼女は想像を絶するようなとても辛い経験を恐怖と共に過ごしてきた事を理解した。
「もうこれ以上は何も言わなくてもいい」
「なんで? そうでもしないと信用してくれないでしょ?」
「君は人を信じる気持ちを無くしてしまったのか?」
「…………」
俺が彼女に対して率直な気持ちを伝えた。
「1年前にどこかで落としちゃったかなー」
また作り笑いで言葉を返してくる。
俺は彼女の震える手を見逃さなかった。
――遙、ごめん。大事な用事が出来た。
「結城君?」
仙堂寺あずさから、誰にも愛されずに育ってきた人の匂いがする。
「わかった。この場で約束しよう。君を傷つけるような事はしない。何があっても君を幸せな気持ちにするように努力する。そして君を狙っている悪人が現れたとき。俺は全力で君を守ることに専念する」
「……その言葉……信じても良いんだよね……?」
「君に任せる。多分いまの君だと俺の言葉を信じられないだろう」
「もう、そこは信じてくれって言うべきよバーカって思うかなー」
「やっぱそうだよなー。自信が無いって思われても仕方がないかー」
仙堂寺あずさは俺の言葉にクスッと笑う。
「でも、君のそういう所に惹かれて会いに来たの。だから」
……と言いつつ、彼女は姿勢を正すと。
「あのね。本当に私と恋人関係の契約をしてほしいなーって思うの。さっき、君が話してくれた言葉を聞いて私ね。この人なら本気で私を守ってくれる素敵な王子様になってくれるかもって。そう思えるようになったかな」
「ということは……」
――もしかしてこれってマジの告白だったりする……んな訳ないよな……?
ある日の夜道にて、俺は遥に後ろから包丁で刺されていそうだ。
『嘘つき……死ね……!』
……という妄想はさておき。
「はい、これ」
仙堂寺あずさは隣の席にある服装と同じ柄のリュックサックをガサゴソと触りだし、突っ込んだ手で取りだした1枚の書類を俺に提示してきた。
『私と恋人関係になる契約書』
「こ、これは……」
「結城一馬は。私と契約関係上の彼氏になります。私につきまとうストーカーが逮捕されるまで契約上における関係は半永久的に続きます。はい、ペン貸してあげるね。サインしてね」
黒のボールペンと、印鑑がないのに何に使うか分からない朱肉を差し出してくる。
「直筆のサインと。親指ではんこを押してね」
俺はヤクザとの契約を交わそうとしているのだろうか。
仙堂寺あずさの考えている事は正直にぶっ飛んでいると思う。
「俺がゲームで負けたから言うこと聞いてるだけだからな? そこは間違えるなよ?」
――『策士的』という言葉が綺麗に当てはまるな。
「いいよ。ダーリンがどう思ってくれても。私を守ってくれる王子様だって信じているから」
ニコニコと頬杖をつき、貫禄のある雰囲気を出しながら大人の表情で話してくる。
「……はぁ、いいぜ。付き合ってやるよ」
「じゃあさっそく、これから私を呼ぶときはあずさって呼んでね。ほら、私の名前。呼んで欲しいなー」
俺はもう直筆のサインと拇印を押してしまった立場なのであらがえず。
「あ、あずさ」
「うんうん。もう一度だけ呼んで欲しいなあー」
「あずさ」
「かーずま。うふふっ」
名前を呼び合い、見つめ合うだけでこんなにも恥ずかしいものなのか。
こうして俺と仙堂寺あずさの間で契約上の恋人関係が成立した。
「そういえば。その、ストーカーに付きまとわれているのはなんでだ?」
「うーん、何でだろうねーって。最初は思っていたんだけれど。後々になって考えてみたら。そういえば私。配信活動をしてるから。そこで何かミスしたのかも」
「へー、あずさって配信者なんだ」
「そうだよー」
「ちなみにどんな配信をしてるんだ?」
「また今度お部屋に案内するときに分かると思うんだけれどー」
……と言いつつ、あずさは席を立って前を向きぺこりとお辞儀をしてくる。
「私。実はこう見えてVチューバーなんだー」
「えっ、すげぇな!?」
「芸名は鉈豆あずさっていうの」
――え、今なんて?
「なた……まめ……あずさ……?」
――あの有名なカードゲーム系Vチューバーの『鉈豆あずさ』の中の人が俺の彼女だと……?
「あ、その感じ的に動揺してるなー。ちなみにね。この秘密を初めてカミングアウトしたの。ダーリンが初めてなんだー」
席に戻りツンツンと俺の頬を指でつついてくる。指先のネイルがちょっと痛いが、それよりも事の重大さに気づく。
――俺の人生……詰んだんじゃね?
鉈豆あずさに対する全世界登録者数は78万人。つまり、俺は形式上で言うところの『裏切り者』に該当するわけで。
「一馬はうちのリスナーなんだね? きゃー、いつも配信を見てくれてありがとー」
変調してそれとなく鉈豆あずさの喋りをしてくる。
本物だ。声はチューニングしてないけれどもイントネーションで分かる。本人である可能性が非常に高い。てかマジで鉈豆あずさだ。
――もう本当にどうすれば良いんだよぉ……。
彼氏バレとかネットで晒されたら非常にまずい。下手をすると取り返しのつかない事になる。
「顔が青くなるまで動揺させてごめんねー。でも、あらかじめ伝えておいた方が良いかなって。以前の人達には話せなかった。それとなーく伝えても興味がなさそうだったし。それに私の体が目当てだったし」
彼女は性的な事に対する不信感と警戒感があるようだ。
「だから。君だけは他の男の人達みたいにはなって欲しくはないかなーって思うの」
「ああ、君が求めてこない限り。俺は手を出さない事をここで誓うよ」
その言葉に一部を除いて嘘偽りは無かった。
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