ターン2-4:偽りの彼女『仙堂寺あずさ』


 その鋭い眼光と威厳のある座り姿に思わず鳥肌が立つ。

 俺は彼女の求めてくる勝負から降りる事が出来ない事をその場で理解した。


「……俺はこう見えてCSに出る位には腕に覚えがあるぞ?」


 話を聞いた直後に萎縮はしたが、自身も幾度なくCSでの闘いで修羅場を潜り抜けてはいるので、余裕のある表情の取り繕い方や、適切な言葉で切り返すのには慣れている。


 その、俺の言葉に対して態度を崩さず彼女は……


「知ってるー」

「え?」

「知っているよ。君が腕の立つマジシャンなんだって言う事くらいはね。だからこうして君と真剣な勝負の駆け引きがしたいって話してるわけ」


……態度を崩さず。眉を微動だにもする事なく、自信に満ちる滑らかな口調で言い返してきた。

 

「……ワンマッチルールでいいか?」


 今日は練習のつもりでしかデッキを持ってきておらず、相手に合わせて調整する為にある対策札を用意していない。

 ゆえに。2セットマッチで競い合うフルマッチルールでの対戦が出来ない状況だからだ。


 俺の提案に対して彼女は微笑み返して首肯をすると……


「じゃあ、そのマスタールールとは別に。敗者は勝者のお願いをひとつだけ聞かないといけないっていうルールを設けて欲しいかなー」

「分かった。なら、俺が勝った場合は。後で好きなジュースを奢るでもいいか?」

「いいよー。じゃあ、うちが勝った時のお願いは後で話してもいいかな?」

「いやいや。バトルをする前に教えておくべきだろ」

「信じてくれたら追加報酬でこういうのはどうかなー」


 俺はさっと指先の手品で取り出して見せてきた1枚の芸術的な輝きを持つカードと出会いを果たして目を見張る。


「……そのレアカードは……摩天楼の機会兵じゃないか……!」


 機械兵器族に属している召喚獣カードだ。


……しかも……人の目にはあまり触れる事はない……特別な輝きを持つ加工が施されたレアカードがそこにはあり……


「……プレミアムシークレットレア使用の加工品カード……4つの段ボール箱の中に1枚しか無かったという幻のレアカードが……。ネットで見た事はあるが……現物を見るのは初めてだ……すげぇ……」

「ふふん、凄いでしょー。まっ、でも。これは人に渡す為の物じゃないから……」


――確か現時点での価格で50万は下らない高級品だからなぁ……。渡せなくて当然だろ。


「……っと、大丈夫だよ。後で綺麗な新品のカードをあげるね。さっきのはCクラスの傷物だったし」


 服のポケットに入れてしまったので思わず。


「傷物でも充分な希少価値のあるカードだから大切に扱う事を勧めるよ……」


 *


 彼女が同じカードを2枚も持っている事に思うところがあるとはいえ。対戦での勝利報酬として貰えるなら話は別だ。

 とりあえずお互いにテーブルで対面同士で座り、それぞれが持っているデッキを用意して戦いに備える。


「「マジックスタート」」

「じゃあ先行はうちが貰っても良い?」

「どうぞ」


――初動はなんだ? 


「うちは手札からサーチカード『殉教者の供物』のテキスト効果の発動を宣言するね」

「リアクションはなしだ」

「じゃあ宣言通りにテキストの処理をするね。手札のこのカードをトラッシュして。デッキからカードをサーチします。カットお願いします」

「ああ、了解した」


――何をサーチした?


 こちらの手札にはサーチカードを妨害できるカウンターマジックが1枚だけある。


――手札に引き込んでくるカードの内容を見て判断しても良いな。


 ブラフの可能性も考えられる。

 仙堂寺あずさが効果でトラッシュしたのが『聖女の嘆きの声』という知らないカードで、デッキからサーチして手札に加えてきたカードはコンボマジック『ガードストライク』と、自分もよく見知っているカードだ。


――あれは確か別のカードと組み合わせる事で使う事ができるマジック。相手のチェインガードを封じたい時の為に対話でよく用いられる汎用カードだ。次のターンで何かの展開ギミックを押し通したいのだろうか……?


「うちのターンはお終い。君のターンだよ」

「ターンをもらいます」


 自分のターンが回ってくる。


「アクションフェイズを宣言する。俺は手札からカウンターマジック『イージスの盾』を宣言して発動したい」


――このターンから次の自分のターンまでイージスの盾が持つ防御効果で。全てのダメージが通らないように準備をして迎え撃とう。


「チェイン宣言してカウンターマジックを発動したい。このチェイン宣言に対してのリアクション宣言はあるかなー?」

「それは何だ? みせてほしい」


 仙堂寺あずさがこちらのカードの効果の発動宣言をしたタイミングでチェイン宣言……つまり、いま私が見せているカードの効果で妨害や除去をしたいと言葉を返してきている状態の事を指している。

 そして彼女が見せているカードはカウンターマジック『呪われた戒めの教義』という名前のついたマジックで、いま現在は俺のチェイン宣言があるかの確認の保留状態にある。


――カウンターマジックはルール上。発動の順番を決めるときに必ず最優先で処理される強力なマジックカテゴリー。つまり。これ以上のチェイン宣言で対抗するのには、同じカウンターマジックで対抗するしかない。


「まあ、このカードに対して。君がとれるようなリアクションなんて無いとは思うかなー」

「……考えますね」


 テーブルに置かれているカードのテキストを目で追いかける。

 カウンターマジック『呪われた戒めの教義ドクトリン』の効果テキストはこうだ。


【・このカードは相手が発動したカウンターマジックに対してチェイン宣言する事ができる。】

【・発動の宣言を受けたプレイヤーは自身が宣言した札の効果を無かった事にしてトラッシュする。】

【・このカードの発動を宣言したプレイヤーは手札を1枚トラッシュしなければならず。また手札が0枚の時に発動した場合はライフダメージ10を支払わなければならない。】


 一読した後に手元の手札をハンドシャフルして考えを巡らせる。


――返せる手札がないな……。


「……チェイン宣言はなしだ。ターンを返す」

「はーい。そのカードを使われるとさ。うちの攻撃プランが通らなくなるから困るんだよねー」


 そうは言われたとしてもこちらにはまだ返し札が複数枚ある。


――言わせるだけ言わせておこう。後で後悔させてやる。


 あずさが通常の攻撃札で攻撃をしてきた場合は、手札で握っている『身代わり人形』の攻撃無効の効果を使って回避すればいい。

 他にも想定されている相手のワンキルプランに対する対抗策はあるので問題は無いだろう。


「じゃあ、うちのターンね」


 返しのターンとなる仙堂寺あずさのアクションフェイズが始まる。


――相手の手札は3枚で、このターンから出来るドロー宣言はしないのか。まぁ、そうドロー宣言をすると。そのままターンの終了宣言をする事になるから。


 このターンでワンキルを狙ってる可能性が充分に高い事が分かる。 


「うちのアクションフェイズ。チェインアタックの宣言をするね。ほい、ガードストライクのマジックを発動するのと同時に。通常攻撃マジック『ソクラテスの教義』のマジックの発動を宣言するね。このふたつのカードの効果によりコンボエフェクトの条件が成立して。ガードストライクの効果で。君は今から私の攻撃宣言に対してチェインガードの宣言が出来なくなるのと。ソクラテスの教義で相手マジシャンに攻撃をした場合。マジックの効果でダメージが倍になるパンプアップの効果が成立するの」

「は……?」


 手持ちのライフは『20』だ。つまりコレは俺の詰みが確定している。


「じゃあ、ライフダメージ20を受けてもらうよ。という事で、うちのワンキル攻撃が成立してゲームしゅーりょー」

「…………」


 手札にある身代わり人形を含んだ全てのカードが死に札になってしまった。

 そう思いながらカードの力で現れたミニチュアサイズの神様みたいな存在が仕掛けた神罰の一撃を受ける。


『LP20→0』

「…………」


 受けた攻撃に肉体的なダメージはないものの、理不尽で圧倒的な敗北感に包まれ精神的な疲労がドッと背中にのしかかってきた。


「対戦ありがとうございました……」

「うんうん。礼儀正しくていいねー」


 相手のデッキの振り返りをしよう。

 相手は『教義ドクトリンガードロック』と呼ばれる新弾のデッキだった。


――そりゃ無理だ。相性が悪すぎる。


 防御主体のデッキを相手にメタ戦術を仕掛けつつ、相手の動くマジシャンの様々な行動に対しても行動の制限を押しつけた後に、一撃必殺のワンキルマジックで殴り倒すビートダウンデッキだった。


「分が悪すぎるっての……」

「守ってばかりじゃ勝てないよーっていうのを教えたかったの」


 ぴらっ、ぴらっとして、仙堂寺あずさが勝ち誇った表情で指先に取り出した『摩天楼の機会兵』のカードを見せつけてくる。

 まるで俺のデッキを知り尽くしていたようなプレイングだった。


――いや、違う。これが新弾の強さなのか……構築が歪むなぁ……。


「ふふふ、悩め悩めー」


 仙堂寺あずさは頬杖をついてホッコリとした表情の笑みを浮かべている。


「で、対戦後に俺は何をすれば良いんだよ」


 対戦後になり、お互いにテーブルのカードを片付けをしながら話をする。

 何か嫌なことでもされるのだろうかと思いながらも、次に彼女の口から出てくる言葉に耳を傾ける。 


……彼女は含みのあるニコッとした笑みを浮かべると……


「あのね。うちの彼氏にならない?」


 それが俺たちが偽りながらの恋人関係になるきっかけの始まりだった。


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