ターン2-3:偽りの彼女『仙堂寺あずさ』
仙堂寺あずさとはひょんな出会いから始まった。
時は2ヶ月前に遡る。
あずさと出会った場所は大学構内の図書室だ。
――あれは必修科目の講義が終わった後の午後3時過ぎだったか。
午後の予定は自宅に積み上げているカードパックを剥く作業以外に特には無かったので、鞄の中に持ち込んだ新作の構築済みのデッキを試したいと思い、いつものように室内の共用で使う読書スペースに座り、ひとりで黙々とカードを並べる作業を繰り返していた。
「……ここをこうして。こう展開を繋げつつ。この瞬間にチェインアタックを宣言してみると。結果的にこの盤面の組み合わせになるのか。じゃあ、これに対するマストカウンターとして相手が投げてくるカードはなんだ?」
新弾で登場したデッキテーマを試してみるも、自分の知らない新ギミックを前にして多くの疑問が残り少し悩む。
――既存のカード達が持つマジックパワーを陳腐に感じさせられるような動きばかりだな……。
静かな図書室内に響く控えめのシャカパチ音と、ペチペチとカードスリーブの角でテーブルを叩く雑音を鳴らし、絶え間なく1枚1枚のカードを操り、繰り返し試行錯誤をしてゆく。
――明日のCSにはとりあえず間に合わせでもいい。決勝トーナメントバトルに進出が出来て丁度良いだろう。
「あしたは強豪のマジシャンが何人か参加するって聞いているし。やること多いな……」
今度の参加するCSで提供される豪華な優勝賞品を狙っているに違いない。
両手を組んで前に伸びをしてかた気持ちを切り替え、机の上にあるカードを並べ直していく。
昨日の新弾でマジックマスターズの環境が大きく変わる事になった。
既存で組んでいるデッキの調整や、新規参入してきた新テーマに対するアプローチの仕方や、そのテーマが得意としている展開ギミックに対する対策方法について検討と検証を繰り返してゆかなければならない。
この作業を怠ると勝率に大きく響いて勝てる試合も負けてしまう事になる。
――今は勝率をキープするプランで戦っていこう。シーズン中頃の辺りでメタカードに変化が見られる筈だし、現状は新しいテーマの動きに慣れてゆく方向で考えるか……。
「ねぇ、そこの君。ここはカードゲーム禁止の部屋だよー」
「――あっ、すっ、すみません! 直ぐに片付けますね!?」
図書室で仕事をする司書の人に声を掛けられて驚き、脊髄反射で座っていたイスから立ち上がり顔を前に向けると。
「なんてうっそー。ぷぷぅ! うちの声真似で騙されちゃうなんてー。私って、声優の才能がありよりのありかもー」
その声の本人ではなく、感情が籠もったカドの丸くマイルドな可愛い声を持つ人が声真似をして声を掛けてきただけだった。
「あっ……仙堂寺さん……」
俺は目の前の女子大生の事を知っている。
彼女の名前は仙堂寺あずさだ。
別のゼミに所属している同期であり、よく遥から彼女の噂話を聞かされている中心人物でもある。
「あらら? うちの名前を覚えてくれていたの? うれしぃなぁ……」
イタズラな笑みと共に彼女のライラックの瞳が艶やかに輝く。
「まぁ、名前だけですけどね」
仙堂寺あずさの顔立ちは丸く端正がとれていて愛嬌がある。
――可愛い……。
部分染めされたホットピンクの前髪と、紫陽花(あじさい)色の艶やかな髪質で毛先まで流れるロングヘアーは、彼女が程よく被るロングパーカーのフードから溢れ出るようにして腰元まで伸びている。
服装に関しては細かく目配せすると、彼女は白を基調にしたピンクドットの柄を織り交ぜたロングパーカーに袖を通しており、腰から下にかけては、シンプルな黒のプリーツスカートとタイツに加え、パーカーと同じ柄のシューズを履いて着こなしている。
彼女はいつもこの姿で大学に来て居るのを何度か見かけたことがあり、いわゆる女子ゲーマーファッションていうやつなんだろう。
――自分とは縁遠いファッションで。なんか格式を感じるな……。
「ここいい?」
仙堂寺あずさはニコッと表情を柔らかくして隣席したいと話してくる。
「ど、どうぞ」
流れに合わせて気を遣い、仙堂寺あずさが座る事を了承する。
「失礼しまーす。よいしょっと」
彼女の座る瞬間にパーカー越しから揺れて見える、その大きな胸元に思わず視線が奪われてしまった。
「ふふっ、胸が大きいとねー。こういう好きな服も着こなすのに苦労するんだよねぇ」
「あ、えっと……。確かに気になりますよね……」
――バレてた。
「うんうん。男の子はTシャツ1枚だけだから楽だよねー。私ね。将来は全国民の男性に対して。婦女子と同じようにブラジャーを義務的に着用しなさいと言えるような。とぉーっても優しい総理大臣になろうかなーって思うの!」
――諸外国から『変態ジャパン』と呼ばれる恥ずかしい未来しか見えないので。何も言わず否決に1票を投じよう……。
冗談だろうという意味を込めてゴホンと咳払いをする。
「今日はどうしたのですか? その……普段は来られない方がここにいらっしゃる感じがするので……」
噂程度にしか知らないが、普段の彼女は誰とも関わらず直行直帰というか。どちらかと言えば色んな男の人と一緒に居たりする事が多いという印象がある。
「あーっ、うん。今日はそういう日かなー。バイトも今日はオフだし。やることなくてさー」
……語尾を伸ばす特徴的な喋りから感じる言葉に対して思うことは。
――何か下心あって擦り寄ろうと……ああ、俺。遊び感覚で性的な意味でのアプローチを受けているのかな……。
仙堂寺あずさの噂は半年前から遥を通じてよく耳にしている。
『ねえ一馬。隣のゼミにいる仙堂寺あずさって人のこと知ってる?』
『いや、知らないな。その人がどうした?』
『あの子ね。1年前から急に色んな男の人と付き合って。数日経たないうちに別れる事の繰り返しをしててね。女子達の間でビッチとか男好きとかよくない陰口を叩かれているの』
良くない噂はともかく、仙堂寺あずさとこうして近い距離で話をしている。
――優しそうな目つきをしていて。可愛くていい人そうなのに何でだ?
……正直に違和感しかない。
「カードゲーム好きなの? それ、マジックマスターズだよね?」
「あ、はい。仙堂寺さんもマジックマスターズを……」
「うん。私もそれなりに嗜んでるかなー」
「俺は長くやっている人なんですけれど。その。プレイ歴はアマチュアで――」
……と言い切りそうになったが言葉を飲み込む。
「……ガチよりのゲーマーです……」
冗談のつもりで話を盛ってみた。
――この話の後で適当にはぐらかして。実はアマチュアのマジシャンだって言い直せば良いか。
「あたし、結構強いよ?」
――えっ?
仙堂寺あずさは顎に指を置く仕草をとり、瞼を浅く伏せつつ口角をキュッと曲線を描いて動かし……
「逃げちゃ駄目だよ?」
……その勝ち気な笑みと共に足を組んで見つめてくる。
「…………」
その鋭い眼光と威厳のある座り姿に思わず鳥肌が立つ。
俺は彼女の求めてくる勝負から降りる事が出来ない事をその場で理解した。
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