ターン1ー1:結城一馬
近くて遠い未来の東京。盛夏に入る金曜日の早朝。
俺こと結城一馬は、配信系スマホアプリから流れるカードゲーム系Vチューバーのリアルタイム配信を朝のラジオ代わりに朝食を作りながら耳を傾けていた。
『おっはようございまーす。本日の天気は晴れ。所々で雷雨が予想されるんだって。事前の準備をどうぞお忘れ無くー! ちなみに今日のあずさはお外に出てレッスンを受けたりして大忙しだから傘の準備はばっちしだよ! みんなもあずっちみたいに傘を持ってお出かけしちゃえばラッキーな1日になるのは間違いなし! あっ、ナイスパー! 愛するハニーさん。いつも沢山のスパチャをありがとー! 今日の電車代につかっておいしいお昼ご飯とか。うふ、いろんな事につかわせてもらうねー!』
甘くとろけた少女の声で身も心が癒やされる。
朝飯を作って手が話せないので、彼女の声に瑞々しさとハリのある青年の声で話を返し、彼女が落ち込んだときは俺も同じように憂いを帯びた声質で合わせて同情する。
推しのトレーディングカードゲーム系Vチューバーである『鉈豆(なたまめ)あずさ』は、いつものように早朝配信をしている。
キッチンテーブルの上に置いてあるスマホから聞こえる彼女の声に耳を傾けつつ朝食の支度を進めていく。
今日の朝飯は厚焼き卵で作るサンドイッチだ。
じゅっと、熱したフライパンの上で焼け固まる溶き卵の音と共に菜箸を入れて形を整えていく。
「よし、これでいいな」
上手く焼き上がった事に心が弾む。
既に下準備を済ませたいたパンの上に乗せてできあがり。
「さて、コーヒータイムにしますか」
出来たサンドイッチを皿に盛りつつ次の作業に取りかかる。
――やっぱこれが無いと俺の朝が始まらないんだよな。
厳選されたケニア豆を、いつものように全自動コーヒーマシンの注ぎ口に入れて、パネル操作で好みの飲み口に設定して機械を動かす。
暫くして抽出が終わり、その間に置いておいたマグカップに薫り高いコーヒーが注がれてゆく。
「うーん。いい感じだ」
飲み口から被る、酸味と豊潤な香りのある湯気に浸りリラクセーションを感じる。
『さらにさらにさらに! 本日の注目ラッキーカードを紹介するね』
「カード次第で今日の運勢が変わるんだからラッキーなもんだよな」
配信を遠目に見ながら、彼女が言うラッキーカードを言い当ててみることに。
『その1枚でバトルを大きく覆すと言わしめる程に強靱、無敵、最強のカード!』
――現環境で採用率の高いカードといえば。
「あれかな」
『
「あーっ、あれはいいカードだよな。あれ出されるだけでも負けを意識しちゃうよな」
カードゲームの世界観的な設定により、すべてを破滅に導くその一振りが星空を分断するという、実際の神話をモチーフにした聖剣物語に出てくる武器を描いた宇宙最強の装備カードだ。
「俺、個人としては嫌な1枚でもあるんだよなぁ」
個人的に今日は運が悪くなりそうだ。そのレアカードを普通に使いこなしている奴がうらやましい。
――俺も1枚は持っているが。構築の関係で入れるの躊躇する事が多いし。
その事もあり、勝率は少し落ち目より。よく行く非公認の大会で、周囲からは負け星ヒーローのカズマさんだなんて揶揄されている。
先に鉈豆あずさが紹介したカードは、そのチャンピオンシップ(CS)での採用率が高すぎる事もあり、次期シーズンに迎えて、3ヶ月ごとに公式運営が発表するレギュレーション改訂発表会で、禁断または制限カードに指定されるのではと話題となっている最強の1枚だ。
CSのオーナーが毎週の土曜日に定期的にやっている夜の雑談配信でも、その話がよくあがる。
『中古市場の相場が。カード1枚に対して4ケタの数字で取引されている。これは異常な事だ』
――冷静に考えると……。ちょっとした3000円くらいのイタリアンが楽しめるんだよな……。
その他にも上位勢プレイヤー層の人間がそのカードの大半を所有しているという事もあって、一般勢の自分には一枚をあつめる事だけでも精一杯だ。
『それじゃあ、今日は大きなチャンピオンシップなどの大会開催情報はないけれど。直近のカドショで行われたマジックマスターズ公認の大会優勝報告の情報をお伝えしまーす! まーずーはーこちら!』
自分の推しの話を聞くのもいいが、9時半から朝一の講義がある。
皿の上に載せたサンドイッチをひとつ手に取って口に運び頬張る。コーヒーで口の中を満たすと共に嚥下する。喉に詰め込んで飲み込む感触が癖になるな。
並べてる食器を、水を張った流し台の水桶に淹れて洗い物を始める。
片付け作業の傍らで最初から最後まで鉈豆あずさの喋る言葉に耳を傾ける。
『みんなの質問に答えていくね。まずはこちら! えと、あずちゃんはマジックマスターズのルールで一番好きなのはどれですか?』
鉈豆あずさの配信の方は順調のようだ。朝にも関わらず同時接続数は5桁を越えている。流しの近くにスマホを置いて作業をしながらその盛況ぶりに喜々とうれしくなる自分がいた。
『私の場合は。ゆったりとした時間を過ごしたいなぁって思ったときは。卓上で遊べるクラッシックルールで遊んでるよ。あれも古きよき伝統のある遊び方だから。初心忘れべからずってな感じでいつもフリー対戦で遊んでるかなー』
「俺もそう思うよ。由緒正しきカードゲームの楽しみ方だ」
――最近のカードゲームはド派手な演出に頼りがちだよな。
コメント欄の視聴者も彼女の言葉に賛同しているようだ。
「俺も頑張りがいがあるな」
皿洗いをしつつ寂しい奴だと客観的に思いながらも、彼女の喋る言葉に呼応する感じで応えの無い対話を繰り返す。
『それでね。カードに魔力を込めてド派手に戦うリアルタイムバトルのルールだと。相手に合わせて踊るから。体を動かしてストレスを発散したいかなって時は楽しむかなぁ。ほら、お腹周りが気になったときにはちょうど良いダイエットにねって。あははははっ』
「ぷっ、だよな。最近食べ過ぎだって気にしてるもんな」
受けると思い出し笑いをする。
「さて、これくらいにして切り上げよう。どうせまた帰ったら飯作るし。多分、今日はあいつと会う約束をしてるわけだしな。わんちゃん夜誘っても……ありだよな?」
誰に聞かれている訳でもなく、それでもひとり寂しく話を続ける。彼女の歓ぶ顔がみたい。ただそれだけの気持ちで胸が弾む。
食後、簡単に洗い物を終わらせて講義に出る準備をする。鞄を持って玄関に向かうだけの事で、ただ当たり前の何気ない事だけれど。
「いってきまーす」
小さいときから続け、独り暮らしになっても、家を出るときの挨拶は忘れずにやる。
玄関を出て今日の1日が始まる。
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