第25話
翌朝ウーが作ってくれた朝食を採ってから、アントラと共に野良仕事に行こうと小屋から出た私の前にユキが現れた。昨日は邑長に会う直前に別れてからそれっきりだったので、唐突に声をかけてきた彼女に私は多少驚いた。
「おはようさん!」
「あ、ああ。おはようございます」
「おお、ユキちゃん。おはよう」
彼女は薄い青色のワンピースを着ている。この季節に合った格好だと思った。ユキと合流した私とアントラは、3人で歩きながら話をした。
「昨日はお疲れさんやったな。長から色々聞かされたやろ。これで私があいつに会いとうない訳が、あんたにもわかった筈や」
「う、うん。あまり言いたくはないけど、嫌な感じの人だね……」
「せやろ。でももう大丈夫や。何か問題を起こさない限り、あいつは口出しせえへんから」
「……つまり、あの奇妙な掟を守れって事だね」
アントラが口をはさむ。
「文句はよせ。確かにおかしな掟もあるが、半分は外の世界にもある一般的なルールだ。ここで上手くやっていく為には必要なものだ。カミ様云々については……。まあ、昨日も言ったが深く考えない事だ。確かに長は大半の住人から疎まれている。俺だって別に、あの人の味方になるつもりはない。でも、集団をまとめる人ってのはある程度ああいう厳しさを持っているもんさ。特にこの邑は基本的に隠れ里だ。この場所が誰かに知られたら、俺もお前も大変な目に遭うだろう。挙国一致で戦争をやっているのに、そこから逃げ出したんだからな。だから邑の秘密を守る為には、ああいう人は必要なんだよ」
ユキは少し機嫌悪そうに言った。
「あいつの事なんかどうでも良いわ。この話はもう終いや」
「……そう言えば、昨日はあれからどうしていたの?」
私の問いに白い少女は答えた。
「ダダにお願いされて、絵のモデルをやってたんや」
「絵?絵描きがいるの?ダダって?」
ユキの代わりにアントラが顔をしかめて言う。
「俺と女房よりも先に、1年程前に邑へ来た若い男だ。長がダダと名付けた。あいつ、また絵なんか描いてるのか」
「仕事もせんと、しょうもない奴やで」
ユキは溜め息を吐いた。それを受けてアントラは笑った。
「もっとも、あいつに手伝ってもらっても殆ど役に立たないけどな。何しろ芸術家気取りの高等遊民だからな。エイジもその内に会うだろうが、あまり相手にするなよ。時間の無駄だ」
2人の言葉によると、ダダと言う画家の青年が居るらしい。それにしても変わった名前ばかりだ。
こうして改めて見ると、確かにユキは日本人離れした、整った美しい顔立ちをしており、それに加えてアルビノ故の髪の毛や肌の白さがその美貌を更に、非日常的なまでに際立たせている。絵描きならばモデルにしたくなるだろう。
「でも、何処か憎めない奴さ。俺は嫌いじゃない。それに、こういう物も貰ったしな」
アントラは懐から小さな紙切れを取り出して、私に見せた。それは上質の画用紙で、そこには邑長から教えられた11条の掟が黒いインクで書かれていた。私は仰天する。
「こんな物が!邑長は紙は貴重品だから、掟は覚えろって言ってたのに!」
「確かに紙は貴重品で長が独占しているが、ダダは邑に来る時に、かなりの紙を持っていたんだ。何しろ絵描きだからな。大半は長に取られたが、それでも自分用に何10枚か隠していた。俺は頭の良い方じゃないから、掟を忘れちまうかも知れないと奴に相談したら、こいつを書いてくれたんだよ。同じ物は他の住人達も持っている。あいつはそうやって、誰かが紙を必要としている時に役に立っているんだ。だから多少仕事をサボっても、誰も怒らない。あいつなりの処世術さ」
「全くずるい奴やで。それよりも……」
彼女は鎌を手にする私を見て続けた。
「野良仕事に行くんか?」
「うん。昨日も少しやったよ」
「この邑、凄いやろ?もうすぐ刈り入れなんて日本中でもここだけや」
「そうだね。未だに信じられないよ。……気味が悪いくらいだ」
「まあ、そのおかげで私ら全員が腹一杯飯を食えるんや。深く考えずに気軽にな」
「……うん。そうするよ」
「なあ、今日は私が邑の案内するわ。まだ見てへん所も色々あるやろ?」
「え?でも……」
私はアントラの方を見た。彼は微笑んで頷く。
「俺の方は大丈夫だ。元々1人でも出来るからな。邑の案内は俺がその内やろうと思っていたが、代わりにユキちゃんがしてくれるなら助かるよ」
「アントラ、ありがとうな。ほなエイジを借りるで」
「ああ、行っといで」
広場に差し掛かる所で私とユキはアントラと別れた。足を止めて徐々に遠ざかる彼の大きな背中を見送る。その左手に、洞窟が円い口を開けているのが見えた。ユキがそれを見つめながら呟く。
「あの洞窟にはカミ様が住んでいるんや。絶対に入ったらあかんで」
「うん。アントラさんにも同じ事を言われた。掟だから守るよ」
単純に、掟だから入らない。私は軽い気持ちでそう答えたが、ユキの言葉には真剣味が含まれており、何処か畏怖の感情が込められている様に思えた。そんな彼女に私は困惑の視線を送った。
「さあ、行くで。こっちや」
ユキはいきなり私の片手を掴むと、広場への入り口とは別の道を歩き始めた。
こうして私は、ユキに連れられて邑のあちこちを見て回る事になった。
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