第22話

 掟により邑から出られないと知った私は大きなショックを受けたが、<迷いの森>でユキと出会った事を思い出した。私はそれについて訊ねた。

「……ユキさんとは邑の外で会いました。どうしてあの人は良いんですか?」

 私の言葉に邑長は唸りながら頭を掻いた。

「良くはない。今までに何回も<迷いの森>に行っているから、本当なら罰を与えるべきだが、あいつは特別なんだ。俺の後継ぎだからな。他の者に示しがつかないから厳しく注意しているんだか、近頃は全く言うことを聞かん。困ったもんだ」

「そんなに反抗的なのに、どうしてユキさんが後継ぎなんですか?」

「カミ様がお決めになったからだ」

 またカミ様か。この話題から離れた方が良いな。私はそう思ったが、邑長の方は勝手に喋っている。

「この邑はそんなに広くはないから、ユキの年頃だと退屈なんだろう。とは言え、あの見た目だからな。あいつが外の世界に行く訳がない。行ける訳がない。だから今のところは大目に見てやっているんだ。しかし、東京に縁を持っているお前は駄目だ。1度外に出れば東京に帰ろうとする筈。絶対に外には出るなよ。数々の掟は邑で平和に生きていく為にある。さっきも言ったが、朱く書かれた掟はとりわけ重要だ。もしも破ると、厳しい罰を与えるぞ」

 この言い方は正直愚かだと思った。厳しい罰があるならば、1度でも外に出た者は罰を怖れてそのまま逃げるしかない。それにしても、罰とは何なのか。

「……一体、どんな罰なんですか?」

「罰には破った掟によって、重さに違いがある。しかし、あらかじめ知っていると、高を括ってわざと破る奴も出てくるから、今は言わん。だが最悪の場合、死ぬ事もある」

「そんな!いくらなんでも酷すぎる!大体、国に黙ってそんな事をしたら、犯罪ですよ!殺人だ!」

 長の過激な言葉に、私はまたもや言い過ぎてしまった。掟にケチをつけられた男は再び不機嫌になり、その目付きが鋭さを増す。

「何度も言わせるな。この邑は大昔にカミ様がお造りになったんだ。外の世界の法律なんかが出来たのはその後だ。だからそんなものは無意味なんだよ。掟だけが全てだ。ここはそう言う所なんだよ」

 この話を続けるのは危険だ。私の中の勘が、そう告げていた。この男は何を仕出かすかわからないし、私を守ってくれる者は誰もいない。そう思うと全身が震えてきた。今はひたすら謝るしかない。私は土下座をした。

「は、反省します……。2度と掟に対して文句は言いません……」

「どうやらお前は好奇心が強すぎるみたいだな。そう言う奴は信用出来ん。これ以上の質問は許さん。他の住人に邑の事を訊ねるのも駄目だ。これは邑長としての命令だ」

 私は頭を床に着けながら掟を思い出した。邑長の命令に従う事。

「わ、わかりました……」

 か細く答える私に向かって、邑長はまたもや意地の悪い笑いを浮かべた。

「まあ、そんなに怖じ気づくな。掟を守ってさえいれば、ここは天国みたいなものだ。アントラの世話になるんだから、あいつの仕事をしっかり手伝ってやれ」

「はい……」

「話はこれで終わりだ。帰れ」

 他にも質問したい事は山程あったが、これ以上は無理だし、私自身も邑長と一緒に居たくはなかった。結局、殆どの事が分からずじまいのままで、私は諦めざるを得なかった。ゆっくりと立ち上がり、長に深々と頭を下げる。

「それでは失礼しました」

 小屋の扉に震える手をかけようとした時、邑長の声がした。

「ユキの事をどう思う?」

 私の全身が総毛立った。彼女については色々と知りたいと思っていたが、この状況で何か余計な事を口走ると命取りになると悟った。長は私を試しているのだ。

「……昨日会ったばかりだから、良くはわかりません。それだけです……」

 私の返答に邑長は満足したらしく、短く言い捨てた。

「帰れ」

 私は扉を開けて外に出た。それを閉めてとぼとぼと歩き出す。身体中に嫌な汗が流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る