第15話

「あんたが目をつぶっている間に、私が遠くに逃げる。私を見つけられたら、あんたは合格や。これがテストや。そうなったら、あんたの事は私がなんとかしてあげる」

 少女がそう言った。要はかくれんぼだが、〈迷いの森〉でそれをやるのは至難の技だと私にはすぐにわかった。相手を見つける前に自分が迷ってしまう。緊張した私はごくりと唾を飲み込む。喉がからからに渇いている事を思い出した。少女は顔を厳しくして更に告げた。

「ただし、テストを受けるなら、私はあんたを助けてやらん。私を見つけられずに失格すれば、あんたはこの森で迷ったまま行き倒れになる。それが嫌なら、さっき言ったように私が森から出してやるから、素直に村へお帰り。ここでの事は内緒やで」

 私は下を向いて少し考えた。なんとかしてあげると言うからには、私の苦境を解決出来るのだろうか。しかし、もしかしたら途中で見た骸骨は、この少女のテストに失敗した者の成れの果てかも知れない。これは勝算の低い賭けだ。普通なら、まず受けはしない。だが……。

「やるよ。テストを受ける」

 顔を上げてそう言い切った私に、白い少女は重ねて問いかけた。

「本当にそれでええんか?正直に言って、あんたみたいな子供が私を見つけられるとは、どうしても思えん。考え直すなら今やで」

「……東京でも、あの村でも、死ぬ様な思いをしてきた。今の日本はどこに行っても死の危険で一杯なんだ。だったら、ここでテストを受けるのも同じだ」

 白い少女は私の言葉を聞くと、大きな眼を更に大きくした。彼女の中にある何かを揺り動かしたのかも知れない。

「わかったわ。テストの開始や。後ろを向いて100まで数えなさい。その間に私は遠くに逃げるから。さあ!」

 私は言われた通りに後ろを向いて眼を閉じた。心の中で1から数え始めると、背後で落ち葉や草を踏む音が聞こえる。少女が動き始めたのだ。彼女の声が聞こえる。

「あんたは子供やから、特別に教えてあげるわ。この森で迷わない為には、お導きが必要なんや。それがない者は、絶対にここからは出られない。何かを感じたら、素直にそれに従うんやで」

 何を言っているのかわからないままに、彼女が立ち去る音は10を数える頃には消え失せた。

 100まで数えた私が再び沼へ振り向くと、そこにはもはや誰もいなかった。命懸けのテストが始まったのだ。

 出発する前、私は喉の渇きを潤す為にその場にしゃがみこんで沼の水を手で掬い、口に含んだ。旨い。冷たくて綺麗な水が渇ききった喉を通して全身に行き渡る。私は満足するまで無我夢中になって沼の水を飲み続けた。途中で、この沼にはあの白い少女が裸で浸かっていた事を思い出す。私は妙な気分になったが、それは不快感ではなかった。

 充分に水を飲んだ私は、一時的に気力と体力が回復した事を自覚出来た。これなら暫くの間は体を動かせる。音が消えた方向は山の上だった。何となく、そこから下に行く事はないだろうと思ったので、私は山を登る事にした。

 少し歩く毎に立ち止まり耳を澄ませるが、少女の立てる音らしいものは何一つ聞こえない。暫く歩くと、またもや自分が何処に向かっているのかわからなくなった。山を登っているつもりだが、本当は下っているのかも知れない。狭い斜面の間を行ったり来たりしているのかも……。

 私は再び迷ってしまった。後ろを向いても、前を見ても、同じ暗闇の森に見える。こうなってしまうと、先程の沼に引き返す事も出来なかった。

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