第12話

 その日の下校時に、西遊記3人組は早くも私を攻撃してきた。バットや棒切れを振り回して私を追いかけ回す。どういう訳か、前回の時とは違って他の手下達はいない。私には不思議だったが逃げるのに必死で、その理由を考える余裕はなかった。

 頼みの綱だった担任教師は、今頃職員会議の真っ最中だ。突如沸き上がったスパイ騒動に学校としてどの様に対処していくか話し合っているのだろうが、詰まるところはどうやって憲兵隊をやり過ごすかを他の教師達と相談しているに過ぎない事は容易に想像出来る。

 私は懸命に安全地帯である村長の屋敷ヘ逃げ込もうとしたが、3人組はそれを許さなかった。屋敷ヘの分かれ道に差し掛かる度に巨漢の猪八戒ともう1人が立ち塞がり、残る1人が村の奥へと追い立てる。それを繰り返す内に、気付けば私は村の1番外れまで追いやられていた。

 私は悲鳴に近い声で彼らに言った。

「も、もう勘弁してくれ!俺は本当にスパイじゃないんだよ!信じてくれ!」

 その言葉を聞いた3人組は立ち止まると、互いに顔を見合わせて狂った様に笑い始めた。何が起きているのか理解出来ない私は、彼らを只見つめていた。ひとしきり笑い合った後、孫悟空が私に叫ぶ。

「バーカ、そんなの当たり前だ!お前なんかがスパイの訳ねえだろが!」

 唖然とする私に、今度は沙悟浄が言う。

「俺達はなあ、お前をぶっ叩ければそれで良いんだよ。スパイなんて、先公に邪魔されない為の口実だ」

 再び孫悟空が叫んだ。

「だけどいい加減にお前には飽きたよ!ネズミみたいに逃げ回りやがって!目障りだから消えてもらうぜ!」

「後ろを見てみな」

 沙悟浄が私の背後を指差す。

 私は恐る恐る後ろを向いた。黒く、鬱蒼と生い茂る木々の大群がそこにあった。〈迷いの森〉だった。

 私は漸く自分が罠に嵌まった事を思い知った。この村の地理は3人組の方が遥かに詳しい。奴らは私を村長の屋敷から遠ざけつつ、〈迷いの森〉に行く様に仕向けていたのだ。

「お前も聞いた事があるだろう。これが〈迷いの森〉だ。一旦、この森の奥に入ると誰も帰って来れなくなる。もっとも、俺はそんなの只の迷信だと思っている。お前の逃げ場はあそこしかない。ここで俺達に袋叩きにされるか、それとも森に逃げ込むか、好きにしな」

 沙悟浄はニヤニヤと悪魔的な笑みを浮かべて私にそう言った。

 こいつらが手下達を連れてこなかった理由を私は悟った。私を〈迷いの森〉へ無理矢理に入れるという悪事を他の生徒達に知られない為だ。

 孫悟空は片手に持つバットの先を、残る手の平に何度も軽く打ち付けて沙悟浄の言を次いだ。

「どうするよ?森に行けば助かるかもしれないぜ。只の迷信だからな。今すぐ決めろ。でないと……」

 孫悟空は私に向けてバットを振り下ろした。その先端が音を立てて私の足元の地面にめり込む。

「やっちまうぜえ!」

 私は悲鳴を上げて森へと走り出した。この連中と争っても、到底勝てない事は既にわかっている。その上、今のこいつらは凶器まで持っているのだ。

 3人組がその後を追う。森の端に足を踏み入れた私を、奴らは威嚇の声を上げながら更に追いかけた。そのせいで私は森の奥へ奥ヘと逃げざるを得なかった。死に物狂いで走る内に、3人組の声はどんどん遠ざかり、小さくなっていく。息が切れた所で立ち止まると、辺りはすっかり静かになっていた。微かだが、孫悟空の声が遠方から届いてくる。

「ひゃははは!あいつ行っちまったぜ!お前の作戦、大成功だな!」

「馬鹿な奴だ。あんな奥まで行ったら、2度と戻って来られねえ」

「気に食わねえ奴が居なくなって、せいせいするわ。あいつは終わりだ。もう帰ろうぜ」

 声はそれっきりしなくなった。暫く待っても何も聞こえない。奴らは本当に帰ったらしい。私は一瞬だけ安堵したが、すぐに事の重大さに気付き身を震わせた。

 私は〈迷いの森〉に置き去りにされたのだ。

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