第7話

 翌日は学校が休みの為に、ムラマツの仕事を手伝う事になった。朝早くから田植えを行う。

 村で1番の地主である村長家は土地を貸している大勢の農民から小作料を徴収しており、本来ならその収入だけで充分な生活が出来たのだが、アメリカとの戦争が始まってからは現金の価値が急激に下がった。

 カネを持っていてもモノが買えない状況が続く。元々国へ大量の米を供出していた事もあって、村全体が蓄えている米の量は少なくなり、小作料の代わりに米を徴収する事も出来ない。やむ無く農民達から土地の1部を返還させ、2年前から自分達で必要な分の米作りを始めたのだ。とは言え、実際に働くのはムラマツと私なのだが。

 従来、田植えはもっと後にやるらしいが、年が始まって早々、村へ来た陸軍が食糧を徴発してしまったので、更に米の余裕が無くなり、いつもより早めに行う事にしたらしい。果たしてそれに、どれくらい効果があるのかは私にはわからなかった。

 ダブダブの野良着を身につけて屋敷近くにある水を入れた田んぼに向かい、手作業で等間隔に稲を植えていくが、初心者の私は数十分で腰が痛くなってしまう。一方のムラマツは黙々と作業を続けている。私は体を揉みほぐす為に一旦田んぼの外に出て、その場で軽い体操を行った。手足や頭を振り回していると、我々から離れた所にある田んぼでも、多くの村人達が田植えをしているのが見えた。その全員が老人や女子供である。同じ小学校の生徒が何人も居た。人手不足は都会だけではない事を改めて思い知る。

 暫くの間、村人達の田植えを眺めていると、ある事に気付いた。ムラマツよりも上手い。体力でムラマツよりも劣る彼等は、独特のリズムで体を動かし、作業を滑らかに、素早くこなしている。そのペースはムラマツの比ではない。

 片やムラマツは無駄な動きが多く、力にものを言わせて無理矢理稲を泥の中に差し込んでいる様に見える。

 この人は、元々は農民ではなかったのか?

 ムラマツの過去に興味はないが、彼を何となく農民出身だと思い込んでいた私は、少し意外に感じた。

 疎開村の生活が始まって数日経つが、ムラマツとは必要最小限の事以外は会話をしていない。普通なら遥々遠方から来た私の身の上や、今の東京の様子を少しは質問する筈だ。しかしムラマツは何も聞かないし、自分の事も話さなかった。だから私にはムラマツがどういう人間なのか全くわからなかった。

 しかし、何も語らないものの、それは学校の奴らが意図的にやっている無視とは少し違い、悪意や敵意は感じられない。善意や好意も感じられないが。

 私には只淡々と接し、逆に村長夫人にはやたらと気遣いする。この男は、そもそも私に関心がないのだ。だから私に対して善意も悪意も持たない。村長夫人にのみ関心があるのだ。私はそう思った。

 視線を感じたのか、それまで黙々と下を向いて作業をしていたムラマツはいきなり顔を上げて、私を怒鳴った。

「ぼうっとしてないで、早く手伝え!」

 私は慌てて田んぼに戻り、作業を続けた。

 田植え作業は昼過ぎまでかかり、漸く終わった。しかしながら私達が稲を植えた田んぼの面積は、他の村人達が植えたそれよりも遥かに小さかった。全身汗と泥まみれになって両者を見比べながら、私は呟いた。

「2人がかりで、たったこれだけか……」

 それに対してムラマツが言う。

「他の村人は国へ供出しなけりゃならないから、一杯の田植えが必要だが、奥様と俺とお前だけなら、この面積で何とかなる。そろそろ飯にしよう」

 彼は田んぼから出ると、置いてあった風呂敷の中から竹皮に包まれた握り飯を出した。

 いつも握り飯だな。

 私はそう思ったが、私の分はいつもより多く3個もあった。力仕事をやったから、そのご褒美だと思った私は嬉々としてかぶり付いた。

 全部平らげた私は、この後は小屋でゆっくりしようと考えていたが、ムラマツはそれを許さなかった。

「食ったらお屋敷に戻って蔵の掃除片付けだ」

 甘かった。丸1日働かせるから握り飯を多めに出したのだ。私は内心で溜め息を吐いた。

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