第5話
私を痛め付けた奴等は10人以上だったがその中で特に中心になって暴力を奮った3人組が居た。
1人は猿の様な顔立ちをした奴。他の2人は河童の様な髪型をした奴と豚の様に太った身体の大きな奴だ。私は奴等の名前を覚えていない。それどころか疎開先の学校に通っていた他の生徒教師達の名前も覚えてはいない。
転校当初は知っていたのだが後に体験した事件の恐ろしさの余りに彼等などはどうでも良い事、本当に取るに足らない連中になってしまったからだ。只名前は忘れ去っても、この3人組の存在だけは印象に残っているので仮にこいつらの事を西遊記に例えて順に孫悟空、沙悟浄、猪八戒と呼ぶ事にする。本物の西遊記と異なるのは三蔵法師が居ない点だけだ。
学校から帰った私の顔にある痣と鼻血の跡を見たムラマツは一瞬驚いたが、直ぐに事態を察したらしく仕事の手伝いはやらせなかった。小屋の横に置かれたドラム缶の風呂に私を入れて簡単な消毒をした後は一晩寝かせた。その前に私は起こった事をムラマツに伝えたが、その反応は素っ気ないものだった。
「そいつらは村の地主達の孫だ。この辺りの土地は4つの家が持っていて3つの地主にはそれぞれ息子達が居たんだが、戦争が始まって軒並み召集されたから孫達を跡取りにしたんだ。他の村人は地主から土地を借りている小作人だから誰も地主には逆らえない。その事を孫達は知っているから村でも学校でもやりたい放題だ。とは言え1番大きな4つ目の地主が村長の家だから、ここだけは手を出さない」
ムラマツはここまで言うと釘を刺す様に付け加えた。
「だからと言ってこの事を奥様に訴えるなよ。あの人の息子さんも召集されたが去年の暮れに戦死の通知が来た。それを知った村長はショックで倒れてしまい、奥様はずっと看病していたが先月お亡くなりになった。本来なら新しい村長を決めなきゃならないが、村会議員の男達は殆どが召集されているから村会が開けない。仕方なく戦争が終わるまで奥様が村長代理を勤めているんだ。家族を立て続けに亡くした奥様は疲れきっているのに、そんな事までやらされて、その上使用人の預かっている子供の問題にまで巻き込む訳にはいかない。俺にも出来る事は無い。お前もわかっただろうが、この村は余所者に厳しい。俺はここに住み着いて20年経つが未だに余所者だ。ここはそう言う所なんだよ」
ムラマツの突き放す様な言い分に私は腹を立てた。
「僕を助けてくれないんですか」
それを聞いたムラマツは呟く様に答える。
「俺にはお前を助ける資格はない」
言葉の意味がわからなかったが要するに助けないという事だ。私は声を震わせた。
「帰りたい……」
「早くも弱音か。それでお前の母親は喜ぶのか?」
私は何も言えなかった。
「お前に出来るのは明日学校に行ったら担任教師に相談する事だ。奴等もここでは余所者だ。もしかしたら、どうにかしてくれるかも知れん」
ムラマツは小屋を出て行った。昨夜同様、仕事を続けるのだろう。私は眠る事にした。そうするしか無いからだ。
翌日、2日目の登校で私は昨日の暴力沙汰を担任教師に相談した。彼は即動いて西遊記3人組を呼び出した。その日から少なくとも直接的な暴力は無くなり私は一息ついたが、それも長くは続かなかった。
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