第7話 水面下でなにやら画策がおこなわれている件について

「よしっ、細かい指示も出せるようになったし、ルアンもちゃんと指示に従ってる。走りのほうは完璧じゃねぇか」

 僕は鞭を巧みに使って白馬を颯爽と走らせ、手綱を引いて自由自在に方向転換する。

 国王になるためのレッスンを開始して十五日が経過し、乗馬に関しては自信がつくくらいには上達した。

「ここまで来るのに普通は三ヶ月くらいの練習が必要になるけど、シャール様は筋がいいな」

 バンは感心したように唸る。

「ありがとう。あとは国王らしく優雅さと余裕が出せるように頑張らなくちゃね」

 僕はルアンに止まるように指示をして、ゆっくりと白馬から降りる。

「そういえばリュドが明日には町に行くって言ってたぞ」

「えっ、本当!? 念願の町散策だ~! 楽しみ! 陽葵にも伝えなくちゃ!」

「あー。たしか陽葵は今リュドと中庭で剣術の特訓してるぜ」

「そうなんだ。だから今日はバンが僕の担当なんだね。リュドに見てもらおうと思って誘ったら珍しく断られちゃってさ……。最近の陽葵って深夜まで特訓してるし、僕以上に頑張ってるんだよね。……無理してないといいけど」

「まぁ陽葵なら心配いらねぇだろ。あいつ体力化け物だし」

「そんなことないよ、疲れって蓄積されるし……。今度僕も陽葵にマッサージしてあげよ」

「そりゃいいな! シャール様がマッサージなんて陽葵めちゃくちゃ喜びそうだ」



 乗馬の練習が終わり、中庭へ行くとリュドと陽葵はまだ剣術の特訓をしていた。

 お互い汗だくになりながら何度も押し引きを続けている。

 なんだか二人には鬼気迫る何かが感じられて、僕は二人の戦いを息を呑んで見守った。

 ――キーンッ。

 刃と刃がぶつかる。再び押し引きが始まると思ったが、陽葵が勇ましい叫び声をあげてリュドの刃を押し退ける。

 リュドが持っていた剣は地面に転がって、リュドは力なく片膝をついた。

「勝った! やっと勝てたぁぁぁ!!」

 陽葵は大の字になって後方へ倒れる。

「……お見事です」

 リュドは大きく息を切らしながらも拍手をする。

「すげぇ……。陽葵の奴、あのリュドに勝ちやがった」

 僕の隣で戦いを見守っていたバンが呆然と呟く。

「リュドも陽葵も大丈夫? 怪我してない?」

 僕は二人の元に足早で駆け寄った。

「うん。大丈夫。それより蒼空にぃ、今の見てた? 俺リュド師匠に勝てたよ!」

「うん、見てたよ! 陽葵本当にすごい」

「えへへっ」

 僕が褒めると陽葵は満面の笑みを溢している。

「そういえば明日町に行くってリュドから聞いた? 楽しみだよね!」

「あ……、うん。聞いたよ。俺も楽しみ」

 陽葵の返答に少しの間があって、僕は訝しんだ。楽しみと言うわりに何だか空元気だ。リュドに勝った時はあんなに嬉しそうだったのに。

「リュド。町に行くための支度したいんだけど何が必要?」

「……はい。では……このあと一緒に必要な物を準備しましょう」

 僕の質問に、リュドは少し気まずそうな雰囲気で返事をする。

 またこの二人は、僕に何か隠し事をしている?

 僕ってそんなに信頼がないのだろうか。

 なんだか悲しいような寂しいような、そんな気持ちになってしまう。

「明日は遠出になりますし、準備が終わったら今日は休息しましょう」

「そうだな。連日の練習でみんな疲れてるだろ? 今日ぐらいはゆっくり休め」



「陽葵まだ練習してたの? 明日は遠出だからリュドが休息してって言ってたよ?」

 応接室の灯りがついていると思ったら、深夜に陽葵がテーブルマナーの自主練をしていた。

「えっ、蒼空にぃこそ何してるの? こんな時間に」

 急に声を掛けられて驚いたのか、陽葵は慌てた様子でテーブルにナイフを置いた。

「うーん、なんか眠れなくてお城の中散歩してた」

「そっか、俺はもう終わるところだよ。最後までしっかり練習しなきゃと思って」

「……最後?」

「いや、なんでもないよ。気にしないで」

「ねぇ、陽葵。手を見せて」

 僕は陽葵の手が赤くなっているのに気づいて、手を伸ばした。

「どうして?」

 陽葵は困惑した表情で、急いで両手をうしろに隠す。

「いいから!」

 僕は強引に陽葵の手を引っ張った。陽葵の掌を見ると潰れた豆だらけで真っ赤に染まっている。

「どうしてこんなになるまで……! 陽葵がここまで練習する必要ないんだよ?」

 最近陽葵はずっと手袋をしているから不思議に思っていたけど、これを隠そうとしていたのが理由だったのか。

 僕は声を荒げて陽葵に詰め寄った。

「必要なんだよ。……蒼空にぃの側にいるためには」

 陽葵は絞り出すような声で呟く。

「ごめん、俺もう寝るね……」

 陽葵は逃げるようにして応接室を出ていってしまった。

 陽葵は何を抱えているんだろう……。思い詰めた顔をしていた。やはりリュドと陽葵が隠している事と何か関係があるのだろうか。

 陽葵本人が大丈夫だと言っていたし、僕はリュドのことも信頼している。だからずっと気になっていても問い詰めることはしなかった。

 だけど……さすがにあんな表情の陽葵を見てしまったら、もう見て見ぬふりなんてできない。

 明日は絶対に聞き出そうと決意して、僕は拳を強く握った。


「これ……」

 僕はテーブルに置いたままになっているお皿を片付けようと手に取ったが、お皿の上に乗っている粘土が綺麗に削ぎ落とされているのに気がついた。

 おそらく粘土はお肉に見立てていたのだろう。……でもどうしてこんなナイフの使い方を? 普通のテーブルマナーを学ぶだけなら、こんなふうにお肉を切らないはずだ。

「陽葵は一体リュドから何を教わっているんだろう?」

 なんだか胸騒ぎがする――。



 僕のキラキラと光る金髪は町中では目立つという理由で、早朝からリュドが僕の髪を墨で染めてくれた。染めても黒っぽくはならず、灰みのある濁った黄色になってしまったが、これくらいの色なら問題ないらしい。瞳の色も目立たないように長い前髪で隠し、身体全体を覆うことができるローブを身に纏う。

 お城を出発した僕たちは、ここから一番近い『ゼフィール』と言う名前の町を目指した。

 代わり映えのしない景色の中、荒れた広野をひたすら馬で駆けていく――。

 もう四十分くらいは経っただろうか。先頭を走るバンはかなりのスピード出していて、それを追うように陽葵の馬が走る。

 当然のように僕が操る白馬のルアンは一番遅い。あれだけ練習して自信がついていたのに、こんなにも差が開くものなのか……。

 前を走るリュドは僕のことを気にしてチラチラと振り返り、僕の姿を確認している。

 昨日のことがあって、あんなにも行きたかった町に行くのも気分が乗らない。

 気も漫ろでルアンを走らせていたら、目の前を薄紫色の粉が舞った。

「なにこれ?」

 目を凝らして見てみると親指ほどの大きさの妖精が、僕の周りをくるくると舞っている。

 ルアンは薄紫色の粉に反応して、前脚を高く上げ、甲高く嘶くと突然暴れ出した。

「ルアン! 大丈夫だよ。落ち着いて」

 僕はルアンを宥めながら止まれの合図を送る。

 しかしルアンは僕を乗せたままの状態で、止まることなく暴走してリュドを追い越し、物凄いスピードで広野を駆けていく。

「ルアン! 僕の言うこと聞いて! お願いだから止まって!」

 僕は必死にしがみ付くが、バランスを崩してルアンの背中から振り落とされそうになる。

「シャール!!!!」

 背後から声がして振り向くと、リュドが必死の形相で馬を走らせて追いつくと、僕が乗っているルアンの隣を並走して片腕を伸ばしている。

「リュド!!!!」

 僕は振り落とされる既の所でリュドの手を握った。

「大丈夫ですか!?」

 リュドは掴んだ手を力いっぱいに引っ張りあげて、僕の身体を抱き締める。リュドが乗っていた馬は手綱を引くと減速していく。

「無事でよかった――」

 リュドはさらに強い力で僕の身体を抱き締めた。

 リュドの体温が伝わって、僕も答えるようにリュドの身体を強く抱きしめる。

「おい、一体何があった?」

「蒼空にぃ! 大丈夫! 怪我はない?」

 様子に気づいた陽葵とバンは馬から飛び降りて、僕のもとに駆け寄る。

「うん、リュドが助けてくれたから大丈夫。」

「助けられたから良かったものの、振り落とされていたら打ち所によっては死んでしまうことだってあるんですよ!?」

 リュドは珍しく声を荒げて怒っている。

 僕はリュドに叱りつけられて、しょぼんと肩を落とした。

「……ごめんなさい」

「どうしてこんなことになったんですか?」

「妖精が――」

 僕が言いかけると先ほどの妖精が空から降ってきて、僕の肩にちょこんと座った。

 妖精はふわふわしたロングヘアーと瞳は薄紫色と水色のグラデーションで、服の代わりに白い布を身に纏っていた。背中には半透明な蝶々のような羽をつけている。

「うぉっ!? ほんとだ! 妖精だ!」

 バンは突然現れた妖精に驚いて声をあげた。

「……妖精なんて久しぶりに見ました」

 リュドも驚いたように呟いて、目を瞬いている。

「もしかして妖精って珍しいの? でもこの国では人間、獣人、妖精の三つの種族が存在してるんでしょ?」

「妖精と言っても種類は十種類以上があって、よく知られているのはエルフです。耳が尖っているのが特徴で人間と背格好は同じで、白魔術を使うことができます。今エルフはアルノルドの命令でとある施設に幽閉されています。……おそらくこの妖精はピクシーでしょうか。羽付き小妖精は絶滅したと勝手に思い込んでいましたが、まだ存在していたんですね……。最後に見たのはアビゲル王がご存命の時だったでしょうか。亡くなったと同時に忽然と姿を消したので――」

 アルノルドの命令でエルフを幽閉……? 知らされていなかった真実がさらりとリュドの口から飛び出して、僕は身震いをした。

「もしかしてこの妖精、アビゲル王の――?

 バンが僕の肩に乗る妖精をまじまじと見つめている。妖精はバンに見られて恥ずかしがるように僕の首の後ろに隠れた。

「国王と妖精って何か関係があるの?」

 僕が尋ねるとリュドとバンは頷いた。

「あ、思い出した! 応接室にあった天井の絵! 国王の傍には必ず妖精の絵が描かれてた気がする」

 陽葵に言われて、僕も天井画を頭の中で思い浮かべる。……確かに妖精がいた気がする。

「この世界では古来から、妖精は神の力を増大させる力を持っているとされています。妖精は国の平和を願って、国王の手助けをするために常に傍らにいる存在だとか……」

 ぴょこっと僕の首のうしろから顔を出した妖精は、リュドの顔をじっと見つめている。

「アビゲル王が大事にしていた妖精の名前は確か――」

 リュドは思い出そうと顎に手を当てて唸っている。

『リラだよ』

「リラ?」

 突然僕の脳内で声が響いた。それは幼い女の子の声だ。そしてその声は僕に話しかけてくる。

「……そう、リラです! ……って、どうして名前を知っているんですか?」

 僕が妖精の名前を口にすると、リュドは驚いて目を見開いた。

「今本人が教えてくれたんだ。さっきは驚かせてごめんって謝ってくれて」

「えっ? 俺には妖精の声なんて聞こえないけど」

 陽葵は声を聞き取ろうと妖精のリラに耳を傾けている。

 リラは陽葵のことが気に入ったのか、僕の肩から飛び立って陽葵の肩に座る。

「こんにちは。俺の名前は陽葵だよ。よろしくね、リラ」

 陽葵がリラに微笑みかけると、リラの顔が真っ赤に染まった。

 どうやら妖精の女の子もイケメンには弱いらしい。

 リラはよろよろと飛び立って再び僕の肩に座った。

「リラはしゃべらないけど、僕の脳内に直接話しかけてくれてるみたい。」

「なるほど。シャール殿下にしか伝わらない声があるんですね」

 脳内から声が聞こえるのは、なんとも不思議な感覚だ。たけど『会えて嬉しい』と心の底から喜んでくれているのが直接伝わって、じんわりと温かい気持ちになる。

「そういえばルアンはどこにいった?」

 遠いところまで走って行ってしまったのか、周りを見渡してみても見つからない。

 妖精のリラは自分の行動に反省して『探してくる』と言って、ルアン探しに飛び立った。

 

「ルアン、ごめんね」

 幸い、ルアンはリラが上空から探してくれたおかげですぐに見つかった。

 ルアンは落ち着きを取り戻し、さっき暴走していたのが嘘みたいにけろっとしている。

『ねぇ、シャール。私も一緒に付いていってもいい?』

 リラは瞳を潤ませて上目使いで尋ねる。

「もちろん、僕は大丈夫だよ。それよりもリラには仲間はいないの?」

 僕の問いにリラは悲しげな表情で首を振った。

「そっか」

 僕はそれ以上追及するのをやめる。

『私はシャールを産まれたときから知ってる。アビゲルが亡くなって、アルノルドが王になった。けれど私はアルノルドが怖いの……。彼からは不気味なオーラを感じるわ。妖精たちみんなアルノルドを怖がって逃げていってしまった……』

 リラは掌を胸に当てて目を閉じた。

『シャールには心優しいオーラが溢れてる。一緒にいるとすごく心地がいいの。アビゲルと一緒にいた時みたいに……。だから私はあなたに協力したい。あなたが国王になるお手伝いをさせて?』

 リラは切実な眼差しで僕に訴える。

「ありがとう。嬉しいよ。でも僕は、国王の妖精だからって理由で、君を縛ることはしたくないから……僕に呆れたり、僕が王に相応しくない行動をとったらすぐに見捨ててね」

 苦々しく笑う僕の顔を見て、リラは僕のほっぺをつねった。

「いたたたっ!」

『私を嘗めないで! 見捨てたりなんかしないわ。そのときはシャールに渇を入れてあげる』

 リラは手を腰に当てて鼻を鳴らした。

「頼もしいや」

 僕はそんなリラの態度が可愛らしくて笑顔になる。

「みんな、リラが僕たちに協力したいって言ってきてるんだけど、一緒にいても大丈夫かな」

「もちろんです」

「じゃあ、リラはフードの中にしっかり隠れててね」

 リラが仲間に加わり、僕たちは町に向かって再び馬を走らせた。

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