第8話 全てはリュドの計画通りだった件について

 数時間後、ようやく僕たちは目的の町『ゼフィール』に到着した。城壁は『ゼフィール』の町全体を囲み、城門からのみ外部と行き来できるようになっている。

 城門には見張りの兵士が数人いて検問を行っていた。

 リュドは事前に全員分の通行証を用意してくれていて、それを兵士に見せると簡単に中へ入ることができた。兵士たちはリュドやバンを見るなり、緊張した面持ちや憧れの眼差しで敬礼をしている。

 どうやら二人は僕が思っている以上に凄い獣人なのかもしれない……。

 

 僕たちがいた戦場跡地に比べ、この町は草木が多く繁っている。町に入るとすぐに田園風景が広がったが、最近の日照り続きが原因だろうか、所々苗は枯れてしまっていた。

「このまま進めば中央市場があるので、そこで買い物をしましょう」

 僕たちは密集して建ち並ぶ素朴なレンガ造りの家々の間を通りを抜け、露店のテントが張り巡らされている広場へ到着する。

 人は疎らにいて、さほど混雑はしていない。

「もっと賑やかだと思ってたけど静かだね」

 馬を厩に預けて、露店をいくつか見ながら僕たちは閑談する。

 ローブのフードを深く被っていて怪しまれないか心配だったけど、周りを見渡すとほとんどの人がローブに身を包んでいる。中にはお面をつけている人もいて、思ったよりも僕たちはこの町に溶け込んでいた。

 リラもフードの中でちゃんと大人しくしている。

「物価が高騰していますからね。購入する人も少なくなってきてるみたいです。特に食べ物は高額で……」

 リュドに言われて露店に売られているパンやチーズ、野菜や果物の値段を確認すると、あまりの高さに驚愕して白目になりそうになった。……確かにこれはたくさんの量は買えないな。

「せっかく来たのですから、今日はこれで好きな物をお一つ買ってきてください。ここまで頑張ってきた、お二人へのご褒美です」

 リュドはそう言って、僕と陽葵に硬貨を手渡した。

「えっ! いいの?」

 硬貨を受け取った陽葵の顔がパッと明るくなる。

「そこまで遠くには行かないでくださいね。迷子になったら大変なので」

「リュド師匠! 俺子供じゃないから大丈夫だよ。なんならバン連れていくし」

 陽葵はバンの腕を引っ張る。バンは陽葵の勢いに押され、有無を言わさず連れていかれてしまった。

「リュド、ありがとう。大切に使わせてもらうね」

 僕は硬貨を大事に握りしめた。

「いえ、気に入った買い物ができるといいですね」

 リュドは穏やかな表情で微笑む。

 残された僕とリュドは露店を丁寧に一店一店見て回った。日本では見たことがない物も多くて、分からない物は全部リュドに聞いていく。

「あっ、これ! すっごく綺麗!」

 僕が目を惹かれたのは、小さな石に穴を開けて糸を通して作られた手作りのピアスだ。

「それなら値段的にも購入できますね」

 僕はたくさんある色鮮やかなピアスの中で、灰色がかった紫色をした石のピアスが気になって手に取る。

 石には花の模様が細かく彫られていた。他にも藍色の小ぶりなタッセルがついていて、なんだか和風味があってお洒落だ。

「これ、陽葵にすごく似合いそう!」

 僕の頭の中で、このピアスをつけている陽葵の顔がすぐに思い浮ぶ。

「確かに似合いそうですね」

 リュドも微笑んで賛同してくれた。

「じゃあこれ……と、あっちのはバンの虎耳に似合いそうだなぁ。……あっ! こっちのはリュドのふわふわの狼耳に似合いそう!」

「自分のを買いにきたんじゃないんですか?」

 終始落ち着きのない僕を見て、リュドはくすくすと笑い出す。

 僕はなんだか恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。さすがに子供みたいにはしゃぎ過ぎたかな? でもこんなの見たらテンションが上がらずにはいられないでしょ。

「自分のはいいんだよ。よし、決めた! これを買う! リュドとバンにも買ってあげたいんだけど……それはまた今度ね。いつか自分で稼いで買えるようになったらプレゼントしたいな」

 リュドは僕の言葉にポカンと口を開けた。

「自分で稼いでプレゼント……ですか」

「えっ、僕今変な事言った?」

「いえ、国王になったらこんなピアスいくらでも買えるし、もっと高価な物だって手に入ります。お金も思いのままですよ?」

「まぁ、そうかもしれないけど、大事なのって気持ちの問題でしょ。頑張って働いて貰ったお金ってめちゃくちゃ嬉しいんだよ! その大事なお金を使ってプレゼントするからこそ、特別だって思わない? 貰う人もそれを知ったらすごく嬉しいと思うんだ」

 僕はプレゼントを渡すときのドキドキ感を思い出して胸が高鳴った。

 キラキラした僕の眼差しを見て、リュドは穏やかな笑みを溢す。

「きっとシャール殿下は素敵な国王になりますね。私の決意は……選択は間違っていなかった」

「ちょっと、リュド! それを言うのはまだ早いよ! それは僕がちゃんと国王になってから言われたい台詞だから! まずは誰も死なせずに入れ換え作戦を大成功させること!……だよね?」

 僕は真剣な眼差しでリュドの顔を覗き込む。

「……はい。絶対に成功させましょう」

 リュドも頷いて、強い決意をその瞳に宿していた。



「蒼空にぃ! お買い物終わった?」

 陽葵が僕の歩く向かい側から元気いっぱいに駆けてくる。その後ろを慌ててバンが付いてくる。

「うん、終わったよ。はい、これ」

 僕は陽葵に先ほど買ったばかりのピアスを手渡した。

「えっ!? なにこれ! めちゃくちゃ可愛い! もしかして俺にくれるの!?」

 陽葵は驚いた様子で何度も瞬きしている。

「うん、陽葵に似合うと思って」

「嬉しいなぁ……。ありがとう蒼空にぃ。大切にするね」

 陽葵は感激して瞳を潤ませた。

「陽葵は何を買ったの?」

「蒼空にぃも手ぇ出して? 俺のはこれっ!」

 言われるがまま掌を差し出すと、陽葵は僕の掌に鱗モチーフのイヤリングを置いた。

「二人して同じこと考えてたね」

 陽葵は白い歯を見せて爽やかに笑う。

「もしかして僕に?」

「うん。蒼空にぃはピアスの穴開いてないでしょ? だからイヤリング買ってみた」

 どうしよう。嬉しくて泣きそうだ。でも弟の前ではさすがに泣けないと思って、僕はぐっと堪える。

「バンから聞いたんだけど、竜の鱗のモチーフのアクセサリーを身に付けると、幸運を呼び込んで願い事を成就させるらしいんだ」

 うっ、意味まで考えて選んでくれるなんて……出来た弟すぎるでしょ。僕は感動で胸がいっぱいになった。

「……ありがとう陽葵。僕も大事にするね」

 僕はピアスを握りしめて胸に当てた。

「うん。……あっ、あとこれもあげる。蒼空にぃ口開けて?」

「へっ?」

 何も考えず口を開けると、陽葵が僕の口の中に何かを放り込む。

 口の中で苺の甘酸っぱい感覚が広がって、ほっぺたが落ちそうになった。

「これってグミだよね?」

 こちらの世界へ来るときに陽葵の鞄の中に入っていたグミ。毎日一個ずつ大事に食べていたのを僕は知っている。陽葵は何度か僕にもあげると言っていたけれど、これは陽葵のだからと言ってずっと断っていた。

「これは大事に取っておいた最後の一個。絶対に蒼空にぃにあげようと思って」

 陽葵は悪戯っぽい笑顔で笑った。

 ……あぁ、僕ってこんな兄想いな弟がいて

世界一幸せ者なのかもしれない。

 

 僕が幸せを噛み締めていると、市場周辺が急に騒がしくなってきた。

 人が雪崩れ込むようにこちらへ向かって走って、皆やたらと背後を気にしている。

「道を開けろ!」

 軽快な鞭の音と共に四頭の馬が牽引する四輪の馬車が二台走ってくる。

 人々は馬車の行き先を塞がないように、急いで左右に分かれて道を開けた。

 見るからに裕福な階級の者が所有する豪奢なな馬車が二台、僕たちのいる少し手前で停車する。

 リュドは何かを察知してか、僕の腕を引っ張って背中に隠した。バンも警戒して僕を挟む形で守っている。僕の隣には陽葵がいて、馬車の方を睨むように見据えていた。

 先頭の馬車は後続の馬車に比べ装飾が絢爛豪華だ。キャビンの中からは鎧を着た騎士が二人降りてくる。後続の馬車からも四人の騎士が降りてきて、その騎士たちに守られるように先頭の馬車から降りてきたのは――?

「アルノルド陛下、着きました。ここが『ゼフィール』です」

 騎士たちは跪いて主の名を呼んだ。

 ――アルノルド? 今アルノルドって言わなかった!?

 僕はその名前に驚愕して目を見開いた。

 綺麗に切り揃えられたサラサラでキラキラと輝く金色の髪。澄んだ蒼色の瞳。中性的で整った美しい顔立ち。煌びやかな装飾品を身につけ、長い赤いマントを羽織り、中には繊細な刺繍が施されたコートを着ている。身体は華奢だが、その姿勢は凛として堂々としていた。

 そこに立っているのは僕の顔と瓜二つの人物――。

 紛れもなく、僕の双子の兄『アルノルド陛下』だった。

 まるで僕の身体全体が心臓になったみたいに、全身に鼓動が駆け巡っていく。呼吸の仕方も忘れてしまいそうなほど、脳内が混乱している。

 どうして、こんなところにアルノルドが?

「絶対に近づかないでください。後ろに隠れて」

 リュドは周囲を警戒しながら僕に囁いた。

「アルノルド陛下の御前です。皆の者、ひれ伏しなさい」

 市場周辺は騒然としていたが、騎士の一言で水を打ったような静けさになる。

 人々は一斉に地面にひれ伏した。僕たちも目立たないように同様にひれ伏す。

「フードを被っている者は、フードを取って顔を見せなさい」

 ……まずい。これは……かなりまずい事になったんじゃないのか?

 全身の血の気が引いていく。僕は恐怖に震えるしかなかった。

「奴隷の厳選だ」

 周囲の人々は怯えた声音で口々に揃えてそう言った。

 アルノルドは一歩一歩と緩慢な足取りで、民衆の顔を確認していく。

 アルノルド専用の奴隷については、日々の修行の中でリュドからいろいろと話は聞いていた……。

 前までは兵士に奴隷を見繕わせていたが、どうやらアルノルドは退屈凌ぎに、最近はいろんな町に自ら出向いて、好みの男女を見つけると奴隷になれと命じているとか……。

 まさかこのタイミングで出くわすなんて、予想だにもしていなかった。まさに目の前でその光景が繰り広げられている。

 民衆は次々とフードを取っていく――。

 絶体絶命の中、僕はどうにかして逃げる方法はないかと頭の中で考えていた。

 ――チャリチャリーン。

 僕が脳内パニックを起こしていると、アルノルドが歩く目の前を硬貨が転がる。

「エレーヌ! だめよ!」

 三歳くらいの子供が硬貨を追いかけて、アルノルドの行く道を塞いだ。

 子供の母親は必死の形相で子供を抱えると、その場でひれ伏した。

「申し訳ありません、陛下!」

 アルノルドは冷たい視線で母親を見下し、ブーツの踵で頭を踏みつけた。

「子供と母親を即刻死刑にしなさい」

 ――は? 今なんて言った?

 僕は理解ができず、一瞬呆然としてしまう。

「申し訳ありません。私は死刑でも構いません。……どうか子供だけは許してください」

 母親は懇願するが、アルノルドの表情は一切変わらない。

 騎士たちはアルノルドの命令に従い、母親と子供を引っ張りあげて、剣を突き付ける。

「……こんなの間違ってる」

 僕の呼吸が荒くなる。目の前で起きようとしている光景に、歯を食い縛って耐えていたが、もう限界だ。

「ダメです!」

 飛び出そうとする僕をリュドが制する。リュドの手にも力が入っていた。

 今にも母親と子供の首が跳ねられそうで、僕はなす術もなく目を伏せる。

「ここは俺に任せて」

 僕の肩に手が触れる。

「……えっ、陽葵?」

 目を開けると、陽葵が立ち上がって僕に微笑みかける。

 まるで最後のお別れを告げているような、悲しくて儚い笑顔――。

「まって――」

「行ってはダメです」

 僕が手を伸ばし陽葵を追いかけようとすると、リュドに羽交い締めにされ、右手でバンに口を押さえつけられた。

「その人たちを解放してください」

 陽葵は颯爽と騎士たちの前に飛び込み、携えていた剣を抜いて構える。

「お前、陛下に逆らう気か? 反逆罪だぞ!」

 六人いる騎士のうちの二人が陽葵に一斉に斬り掛かる。

 陽葵は剣の軌道を読んで軽やかに攻撃を往なし、二人の騎士は勢い余って地面に突っ伏した。

「貴様ぁぁぁ!!!!」

 激昂した二人の騎士は、叫声を上げて剣を振り回している。陽葵は騎士の攻撃を美しい剣技で防ぎ、隙を見せたところを疾風のような速さで持っていた剣を弾き飛ばす。

「ほぉ……」

 アルノルドはその光景を感心したように眺めていた。

「次は誰が相手だ?」

 陽葵の声音は低く冷たい。陽葵の迫力に残りの騎士たちがたじろいで顔を見合わせた。

「次はこの私、グエナエルがそこの男の相手をしましょう。陛下、よろしいでしょうか?」

 一番後ろに控えていた騎士が名乗りをあげた。どうやら、この男が騎士たちのリーダーのようだ。

「では、このグエナエルに勝つことができたら、母親と子供を開放してやろう」

 アルノルドはイタズラっぽい笑みを含む。

 陽葵はアルノルドの言葉に頷いて、静かに剣を構えた。

 僕は固唾を呑んでその様子を見守った。どうか、どうか……神様。陽葵をお守りくださ

い。お願いします。

「大丈夫ですよ。陽葵様は私を打ち負かすほどの実力を持っています」

 耳元で囁くリュドの言葉が、後押しになってなによりも心強い。

 そうだ。僕は陽葵を信じてる。

「隙のない構えだな」

 グエナエルは剣を抜いて、間合いをじりじりと詰めている。

「貴様何者だ? 陛下の前では顔を見せろ。無礼だぞ!」

 グエナエルは一瞬の隙をついて険を突き上げる。すると剣先が陽葵のフードを捲り上げるようにして切れて、陽葵の顔が露になった。

「黒髪? 珍しいな。他国の者か? いや、その顔どこかで見覚えが――」

 グエナエルは訝しげに陽葵を睨む。

「答える必要はない。それにあんたも鎧で顔を隠してるのは失礼じゃないのか」

 陽葵は仕返しと言わんばかりに、素早い動きで前に踏み込んで、グエナエルの顔を覆っているヘルメットのバイザーを剣先で跳ね上げる。

「ぐっ……」

 顔が露になったグエナエルは、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 意外にもヘルメットの中の人物の顔は若々しかった。端正な顔立ちで左目の下にあるホクロがあるのが印象的だ。年齢は二十歳くらいだろうか。ウェーブがかった長い茶色い髪を後ろで結んでいる。

「なかなかやりますね」

 グエナエルは唇を吊り上げて笑うと、息もつかぬうちに次の攻撃を繰り出す。姿勢を低くして目にも止まらぬ速さの連続の突き技が陽葵を襲う。

 どんどんと追い込まれるように後方へ退く陽葵だが、焦る様子は微塵もなく、むしろ余裕すら感じさせる表情で、攻撃の軌道の全てを冷静に見切って往なし、反撃のタイミングを虎視眈々と狙っていた。

「師匠の連撃の速さに比べたら、こんなの簡単に見切れる――」

 陽葵はグエナエルの呼吸が崩れる一瞬の隙をついて、一気に攻め込む。

「勝負は着いたようだな」

 アルノルドは目を細めて溜め息を溢す。

 陽葵の剣の刀身はしっかりとグエナエルの喉元を捉え、寸でのところで止まっている。

 僕はひと安心して胸を撫で下ろす。めちゃくちゃハラハラしたけど、やっぱり陽葵は最強だ。

「約束の通り母親と子供を解放してください」

 陽葵が催促すると、アルノルドは考え込むようにして顎に手を添えて唸った。

「その強さ、獣人騎士のリュドヴィックを彷彿とさせるな」

 アルノルドは顔に笑みを溢した。

「気に入った。私はお前を新しい奴隷に命ずるぞ」

 えっ――? ちょっと待ってよ。なんでそうなるんだよ。

 僕はアルノルドの発言に戸惑った。

「アルノルド陛下に選らばれるなんて光栄に思え。もちろんお前に拒否権はないぞ」

 首元に刃を突きつけられているというのに、グエナエルは余裕の表情だ。

「断ると言ったらどうなる?」

「母親と娘をこのまま処刑する」

 アルノルドの発言に陽葵は溜め息をついて、グエナエルに突きつけていた剣を降ろした。

「分かりました。従います」

 陽葵が返答すると、アルノルドは騎士たちに向かって顎をしゃくった。

 騎士たちは指示に従い、母親と子供を解放する。

 ……嘘でしょ。奴隷だなんて。……どんなひどい目に遭わされるかわからないのに。

 陽葵がどんなに強くてもあんなふうに人質を捕られてしまったら、身動きができない。どうしようもないじゃないか。大人しく言うことを聞くしかないのか? こんなの卑怯だよ。

 僕の呼吸が荒くなっているのに気づいて、リュドが僕の身体をより一層強く押さえる。

「名を名乗りなさい」

 アルノルドは陽葵の顔を見据える。

「名前は『テオバル』と申します。今日からアルノルド陛下の忠実なる奴隷です」

 陽葵は名前を名乗って、地面に片膝をついて、頭を垂れた。

「では、これからお前のことは『テオ』と呼ぼう」

 アルノルドと陽葵の周りを騎士たちが取り囲む。陽葵は騎士たちに背中を押されて馬車へと歩いていく。

 陽葵は僕がいるほうを一瞥して『心配しないで』と唇が動く。

 陽葵の背中がどんどん遠ざかっていく――。

 僕はこの時、陽葵と初めて出会った頃の事を思い出した。

 親に虐待されて身体中に怪我を負っていた男の子。

 あの時のひとりぼっちで寂しい背中……。

 最初は話しかけても目も見ようとしてくれなくて、ずっと心を閉ざしていた……。でも僕はめげずに声を掛け続けて、強引に陽葵の手を引いて遊びに連れて行ったりして……。

 きっと内心ウザがられていたんじゃないかと思うけど、だんだん笑顔になって心を開いてくれる姿を見ているのが嬉しかった。

 僕にとって陽葵は守ってあげたい存在だった。それは今でも変わらない――。


 行っちゃダメだ。早く助けないと。

「シャール様、だめだ」

 陽葵を追いかけようと、必死にもがいている僕の姿を見たバンが首を横に振った。

「でも陽葵がっ!!」

 僕が声を上げると、リュドは落ち着かせようと僕の肩に手を置いた。

「陽葵様なら大丈夫です」

 芯のある凛とした声音だった。

 こんなことが起こったのに、リュドはやけに落ち着いている。なんでこんなにも冷静でいられるんだろう。

 もう僕は、陽葵をひとりぼっちにはさせたくないのに――。


「陽葵様ならきっと役目を果たしてくれるはず」

 ……役目??

 もしかしてリュドは、こうなることを想定していた?

 僕はリュドと陽葵の行動を思い返す。

 リュドはなぜ陽葵をこの世界に連れてきたのか。二人はなぜ隠れて話し合いをしていたのか。なぜ陽葵は一ヶ月ある特訓の期間で、昨日が最後だと言っていたのか。

 点と線がどんどん繋がっていく――。


 ……そうか。

 陽葵はアルノルドの奴隷になるための修行をしていたんだ。

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