第2話 異世界にやって来たら見渡す限り墓石だらけだった件について
「うっ……」
吹きさらす風が冷たい。ここは外?
僕は朦朧とする意識の中、目を開けた。視界がひどくぼやけていて気持ちが悪い。なんだろう、眼鏡が割れてしまったんだろうか。僕は確認するために眼鏡を外した。すると視界が嘘のように鮮明に見える。
えっ、僕の視力どうなってる?
というか、ここは――。
辺りを見渡した僕は絶句する。
荒れ果てた広野に見渡す限りの墓石がびっちりと並んで埋め尽くされている。
これは、一体どこまで続いているんだろう。
「……ここがグロワール王国?」
煌びやかな宮殿にド派手なお出迎え。鮮やかな町並み。空には妖精が舞い、水や緑に囲まれた豊かで美しい場所――。
そんなファンタジー世界を勝手に想像していた僕は、目の前の光景に、すっと血の気が引いていく。
「うっ……。蒼空にぃ、無事?」
僕の傍らで横たわっていた陽葵が目を覚まし、ゆっくり半身を起こしながら尋ねてくる。
「陽葵! 僕は大丈夫。陽葵こそ大丈夫? 怪我はしてない?」
「うん、俺も大丈夫だよ……って、えっ!? 蒼空にぃ!? 蒼空にぃなの??」
陽葵は僕の顔を見るなり、驚いたように何度も瞬きをしている。
「そうだけど、どうしたの?」
「蒼空にぃ、自分の顔見て!!」
えっ、顔? そういえば、さっきから金色の糸みたいなものがチラチラと視界に入ってくるような……。
陽葵は慌てた様子で、しっかりと腕に抱えていたボストンバッグ型の学生鞄から小さな手鏡を取り出して僕に渡した。
――ん? これは誰だ??
鏡に映っていたのは、見たことのない金髪蒼眼の中性的な顔立ちの美青年だった。
僕は確かめるように自分の顔を触る。睫が長く、目がくりくりとして大きい。鼻も整っていて唇は薄く綺麗なピンク色。顔のパーツの配置も完璧だ。
「えぇぇぇっ!!! これって、もしかして僕!?」
あまりの美しさに僕は鏡にかじりついた。嘘でしょ……自分の顔をこんなにも長く眺めていたいと思うのは初めてだ。
「蒼空にぃなんでそんな顔に? ここは何処なの? 辺り一帯びっしりお墓だけど……。お墓の文字が日本語じゃないし……ここは外国なのかな。 俺、夢でも見てる?」
今は自分の顔にうっとりして夢中になっている場合ではない。少しでも浮かれていた自分をぶん殴ってやりたい。
だって陽葵は何も知らず、僕の事情に巻き込まれて異世界に来てしまったのだから……。
陽葵は学ランで、僕もスウェット姿なので来た時と服装は変わっていないようだ。
陽葵の顔に変化はないのに、何故僕だけが?
「……ごめん。陽葵。全部僕のせいなんだ」
なんの関係もない陽葵を巻き込んでしまったのは事実で……僕は後悔の念に苛まれた。
「えっ? そういえば蒼空にぃ、異世界に連れてかれるって……あれ本当だったの!?」
僕は小さく頷く。
陽葵はそれを見て目を丸くして、自分の頬を引っ張ったり叩いたりしている。
「あははっ。痛い。なんか本当っぽいね」
陽葵は僕を責めることなく、無邪気に笑った。
陽葵とは施設で知り合って七年間ずっと一緒に過ごしてきたけれど、こうやって笑うときは僕を心配させないように本音を隠している時だ。
「……ごめん、巻き込んで。」
僕は陽葵の身体を力強く抱き締めた。
やっぱりだ。平然を装っていた陽葵だったが、その身体は小さく震えている。そりゃそうだ。いきなりこんな世界に連れてこられて平然としていられる人間なんていない。
僕だって混乱している……。
「はははっ。温かい。懐かしいなぁ。小さい頃、俺が落ち込んでた時に、よくこうして蒼空にぃが抱き締めてくれたよね。背中を撫で摩りながら大丈夫だよって。落ち着かせてくれてさ」
陽葵も僕の身体を力強く抱き締め返してくれる。
「でもさ、逆に良かったよ。こんなよく分からない場所に蒼空にぃ一人で行かせなくて。大丈夫! 絶対もとの世界に帰れるよ! 一緒に帰ろ?」
こんな状況でも陽葵は、僕を勇気づける言葉をくれる。
「うん、ありがとう陽葵。正直、僕めちゃくちゃ不安で……陽葵がいて心強いよ」
僕は陽葵の頭をくしゃくしゃと撫でた。
情けないなぁ。年上の僕がしっかりしないといけないのに、逆に陽葵に励まされてしまった。
「とりあえず、これからどうするか考えようか」
僕は立ち上がって陽葵の手を引っ張りあげた。
「そういえば……」
「どうしたの? 蒼空にぃ?」
陽葵が立ち上がるのを確認してから、僕はキョロキョロと辺りを見渡した。
「……リュドヴィックがいない」
「リュドヴィック? もしかして白いフワフワの耳かついてた人?」
「うん。リュドヴィックが僕たちを異世界に連れてき張本人なんだ。……とりあえず、この場所にいても埒が明かないし、リュドヴィックを探しつつ、他にも何かないか散策してみようか」
「うん!」
「陽葵にもこうなった経緯を説明しないとね。信じられない話だけど聞いてくれる?」
*
僕はこれまでの経緯を陽葵に説明しながら、当てもなく広野を歩いた。
天気は曇りで時間帯も分からないし、相変わらず何処を見渡しても周囲はお墓だらけで、代わり映えのない景色が続いている。
「――それで、その獣人のリュドヴィックさんが僕たちをこの異世界に連れてきたのかぁ。蒼空にぃが国王様……。なんかすごい話だね!」
「それが本当の話なのかは分からないけどね。当の本人は見つからないし……」
もしかしてリュドヴィックが術に失敗して、ここはグロワール王国じゃなくて別次元の世界……なんて可能性も大いにある。
普段の小説脳の僕からすると、こういった話には絶対に裏があって、実はリュドヴィックは敵側で僕を陥れたるために……とか。
陽葵を不安がらせたらいけないと思って口には出さず、脳内でいろいろな可能性を考えていると、隣を歩く陽葵がいきなり大声を上げる。
「ねぇねぇ、蒼空にぃ! あそこ! お城っぽいの見えるよ!」
確かに陽葵が指を差す方向に、お城らしき建物が小さく見える。
「本当だ! とりあえず、あそこを目指して歩こうか」
僕と陽葵は互いに視線を合わせて笑う。
なんだかんだ一時間くらいは広野を歩いていたので、お墓以外の情報を得られたことが素直に嬉しい。
僕の心にほんの少しだけ余裕ができ、陽葵とこうして長い時間おしゃべりをするのは久しぶりだなぁっと、ぼんやり考えていた。
小説家として本格的にデビューしてからは部屋に籠ることが多く、ご飯を食べるときくらいしか陽葵と顔を合せることがなかった。陽葵も部活やモデル、スタントマンのアルバイトが忙しいし、それにいつも僕の仕事の邪魔をしないようにと気遣ってくれる。
「あれ? 陽葵ってピアスなんて開けてた? それに身長もかなり伸びてない!?」
毎日顔は合わせていたのに、全然気づかなかった……。
「あ、これ? 最近開けたんだ。身長は百八十センチ越えてるから、もう蒼空にぃより十センチは高いよ」
陽葵は自慢げに鼻を鳴らしている。こういった子供っぽいところは高校生って感じがして可愛い。
ちなみに僕は自他ともに認めるブラコンってやつで、陽葵の事が世界で一番大切だ。周囲からは弟離れしろだとか、血が繋がってないのに一緒に暮らしてるなんて気持ち悪いとかも言われたりしてるけど、そんな言葉なんて気にならないほどの強い絆で繋がっている。……と、僕は自負している。
「ピアス良く似合ってる。そういえば、雑誌買って読んだよ! 眉目秀麗、文武両道な今話題の天才高校生。特集ページあるの本当にすごいね。写真もかっこよかった!」
僕の言葉に陽葵は面映ゆそうに頭を掻いた。
昔から陽葵は僕と違って何でもサラッとこなせる天才肌で、もちろん顔も超イケメン。
艶やかな黒髪。スッと通った鼻筋、くっきりした二重の切れ長の目、整った眉。高身長で細身だが、筋肉質で引き締まった体躯をしている。
黙っていると一見、冷たそうでクール系にも見えるが、笑うと綺麗に並んでいる白い歯が見えて、人懐こくて爽やかな印象になる。
「それは、蒼空にぃもでしょ。いろんな雑誌に小説の連載があってさ。クラスの友達にも自慢して布教しまくってるよ」
「あはは、ありがとう」
僕は陽葵とは違って陰キャだし、高校在学中に書いたミステリー小説が運良く受賞しただけで、それ以外はなんの取り柄もない。正直陽葵と比べられて劣等感に陥る時もあったが、今は吹っ切れて素直に陽葵の夢の応援をしている。
「そういえば陽葵、オリンピック候補だって騒がれてるよね。大学もスポーツ推薦入学決まってるし、陽葵なら絶対オリンピック出場も夢じゃないね!」
考えなしで口にした言葉だったが、今の状況で陽葵に掛ける言葉としては、あまりにも残酷でノンデリな発言だったことに気付いて僕はすぐに後悔した。
「……うん、ありがとう。蒼空にぃも応援してね」
ほら、陽葵も微妙な顔をして笑っている。日本に帰れる保証もなにのに……僕って本当にバカだ。
しばらく微妙な空気が流れ、無言になりながら僕たちは広野を歩く。
辺りはだんだんと霧に包まれ、日が傾き空は茜色に色づき始めている。
「蒼空にぃ……あそこ、誰かいる」
急に陽葵が立ち止まり、小声で僕を制した。
霧のせいで分かりづらいが、確かに正面には人影が見える。
本来ならば人に会うのは嬉しいことなのだが、ここは異世界で何が起こるのか分からないし、恐怖のほうが勝る。警戒心を強めるのに越したことはない。
「お前……なんでこんなところにいる?」
霧の中から姿を現したのは茶色いローブに身を包んだ長身の男だった。すっぽりとフードを被っていて表情は窺い知れないが、その琥珀色の鋭い眼光が僕を射る――。
互いの視線が交わった刹那、男は右肩に担いでいた三日月型の巨大な刃の戦斧を振り上げてこちらに走ってくる。
「同胞の敵!!!!」
勇ましく声を荒げて迫り来る男に、僕は気圧されて立ち竦むが、陽葵が僕を庇うようにして素早く前に出た。
「蒼空にぃ! さがって!」
陽葵は学生鞄をとっさに盾にして振り下ろされた斧の攻撃を防いだが、学生鞄は無情にも真っ二つに割れ、中から教科書や文房具が飛び出して地面に散乱する。
振り下ろされた重量のある斧の風圧でフードが捲れ上がり、男の顔が露になった。
年齢はリュドヴィックと同じ二十代前半くらいに見える。額にバンダナをつけ、樺色の髪に黒いメッシュ。虎のような黒い縞模様がある小さく黄色い丸い耳と、つり上がった眉に鋭い琥珀色の瞳。尖った八重歯が印象的で、パッと見だと分からなかったが男には左腕がなかった。
斧は地面にめり込んで土煙を上げ轟音を響かせたが、息もつかぬうちに引き抜かれ、男は次の攻撃を繰り出そうとしている。
「逃げて!!」
男の標的は明らかに僕だ。陽葵は僕の身体を突き飛ばした。
「陽葵!!」
僕は後方に倒れながらも悲鳴にも似た叫びで陽葵の名前を呼んでいた。
陽葵は振り下ろされた刃を既の所で躱し、地面に転がって受け身を取りながら直様立ち上がる。
「お前何者だ? 新しい側近か?」
「なんのことか分からないけど、蒼空にぃには手出しさせない!」
陽葵の身のこなしに男は感心しつつ、再び戦斧を振り翳す。
いくら陽葵が普段スタントマンのアルバイトをしているとはいえ、相手は武器を持ってる。
対抗できる手段はない。せめてこちらも武器さえあれば……。
陽葵を残して僕だけ逃げるなんてできないし、このまま見守るしかないのか……。
危機的状況に僕の心臓の鼓動が速くなる。
「バン! やめなさい!」
僕が恐怖で狼狽えていると男の背後で怒気が飛ぶ。
「リュドヴィック!」
僕は思わず名前を叫んだ。
声の主は紛れもなくリュドヴィックで、瞬時に僕たちを男から庇うように立ち塞がる。
「リュドか? なんだその格好は?」
「これに関しては質問しないでください。それよりも矛を収めてください。その方はシャール王太子殿下ですよ」
「……はぁ??? お前あの作戦本気だったのかよ!」
リュドヴィックの言葉に男は戦意を喪失させて、素っ頓狂な声で訊ねる。
どうやら二人は知り合いみたいだ。
「当たり前です」
リュドヴィックは大仰な溜め息をついた。
「そういえば顔はアルノルドにそっくりだが、それ以外は全然だな……」
男は僕の顔をまじまじと見つめるが、まだ警戒心を解いていない陽葵が僕を守るようにして割り込む。
「悪かったな。俺の勘違いだ。もう攻撃したりしねぇよ」
男は申し訳なさそうに頭を掻く。しかし、リュドヴィックの鋭い視線に圧を感じたのか、小さく溜め息をつて、やれやれと僕の前に跪いた。
「シャール殿下。ご無礼をお許しください。俺は獣人族で名前はバンジャマンと申します。バンとお呼びください」
「バンは私の友人です。シャール殿下、お怪我はありませんか?」
「僕は平気です。陽葵は怪我してない?」
僕は陽葵の元に駆け寄って身体の状態を隅々まで確認する。制服が土で汚れているがそれ以外は問題ないようで安心して胸を撫で下ろした。
「うん、俺も大丈夫だよ。……でも焦ったぁ。死ぬかと思ったよ~」
陽葵は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「お前、俺の攻撃を完璧に見切ってたよな? なかなかやるな」
先程までの鬼の形相はどこへやら。バンは陽葵の髪をぐしゃぐしゃに撫でて豪快に笑っている。
「武器があればもう少し応戦できたんだけどなぁ」
「おっ、じゃあ今度俺の稽古の相手になるか?」
バンは陽葵に手を差し伸べる。
「是非!」
陽葵は目を輝かせて差し伸べたバンの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
昨日の敵は今日の友なんて言葉があるけど、こんなにも早く打ち解けるものなのか?
陽キャすごいな……。僕は心の底から感心した。
「それよりもリュドヴィック! ずっと君を探してたんだけど! 今まで何処にいたんですか?」
僕は声を荒げてリュドヴィックを叱責する。
「申し訳ありません。少し失敗したみたいで別々の場所に飛ばされてしまったみたいです。でもご無事で本当に良かったです」
「君の友人に、僕の大事な陽葵が殺されそうになりましたけどね」
僕は淡々とした口調で語気を強めた。
「それに関しては弁解の余地もありません」
リュドヴィックはしゅんと肩を落とした。よく見ると耳や尻尾もへにゃへにゃに萎れている。
「陽葵にもちゃんと謝ってください! さぁ、二人とも陽葵の前に並んで座って! ごめんなさいして!」
僕は陽葵の前に並んで座るようにとビシッと指を差して顎をしゃくる。
「陽葵様申し訳ありません」
「俺も改めて謝るぜ。勘違いしてすまなかった。許してくれ」
リュドヴィックとバンは僕に言われるがまま、地面に正座をして同時に深々と頭を下げた。
「はははっ。蒼空にぃ施設の先生みたい。怪我もなかったし、俺は全然大丈夫だよ! でも俺の鞄が……」
陽葵は無惨に地面に散乱する鞄の中身を拾い上げた。教科書が見事に真っ二つになっているのを確認して苦々しく笑っている。ペットボトルに入っていた水や小腹が空いた時用に持ち歩いているグミは無事だったようで、ほっと胸を撫で下ろしている。
「スマホも無事だ! よかったぁ」
「なんだ? その四角いのは」
バンが興味津々な様子で覗き込む。
「これはスマートフォンだよ! といっても電波もないし繋がらなくて、ここじゃ何の役にもたたないけどね。写真とか大事な思い出が詰まってるんだ」
陽葵が電源ボタンを押すとスマホの画面が光る。
それを見ていたバンは驚いて尻餅をついた。
「うぉっ。なんかすげぇなそれ。魔法みたいなもんか?」
「うーん。魔法とは違うよ。電子機器」
「でんしきき?」
バンは頭に疑問符を浮かべて首を傾けた。どうやらこの世界では電子機器は通用しないらしい。
「リュドヴィック。ここはグロワール王国であってるんですか?」
「……はい。そうです」
リュドヴィックは少しの沈黙の後、頷いた。
「リュドヴィックには聞きたいことが山ほどあります。僕の顔のこととかも。これから洗いざらい吐いてもらいますから!」
僕は怒りがだんだんと込み上げてきた。
普段だとこんなにも強気な態度にはならないが、状況も知らされず見ず知らずの土地で彷徨った挙げ句、僕の大事な弟が危険な目に遭ったとなれば黙ってはいられない。
「……分かりました。とりあえず日も暮れてきましたし、この先にあるお城に案内致します。私についてきてください」
リュドヴィックは肩を落として、先に見えるお城を見つめた。
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