第3話 暴君の国王陛下が僕の兄だった件について

「えっと……あそこがお城ですか?」

 細く長い橋を渡った先の切り立った岩山の上に、白い石造りの小城がある。立派な城門に高い二つの尖塔が印象的で、お城の正面の外観だけ見ると童話に出てきそうなほど幻想的で美しい……。 

 しかし、このお城はどう見ても未完成だ。

 正面の外壁は完成されているようだが、少し横を見ると城壁の高さがバラバラで、一階は完成されているようだが二階は一部を除いて外枠の骨組みだけで、がらんとしている。

 ここから手を加える様子もなく、もしかしたら完成されず放置されたお城なのだろうか?

 横から見るだけだと、倒壊しかけのお城と言われても納得してしまう。

「正面の見栄えだけのお城ですね」

 リュドヴィックは苦々しく笑った。

 城へ到着すると、中へ入るように促されて僕たちは大広間を通って応接室に案内される。

 途中に何人かの獣人と顔を合わせたが、僕の顔を見るなり顔を引きつらせたり、怯えた様子を見せていた。

 バンと出会ったときもそうだったけど、僕の顔に何か秘密があるのだろうか?

 未完成なお城とはいえ、城内は意外にも煌びやかで中庭や礼拝堂もある。柱には大理石が使われていたり、壁にも金箔や青銅の細やかな装飾が施されていたりと絢爛豪華だ。

 話を聞くと地下もあるらしく、食糧倉庫や武器庫、牢屋があるらしい。

 案内された応接室は天井画で埋め尽くされていて、豪奢なシャンデリアが眩しいくらいに輝いていた。大きな暖炉やふかふかのソファもあって座り心地もかなり良い。

 だがこのお城には引っ掛かる点がいくつかあった。大きなソファやテーブルなどは置いてあるが、絵画や磁器などの美術品は一切置いていない。飾ってあっただろう形跡はそこらじゅうにあるのに……何故だろう。

 それに出会った獣人たちもお城で暮らしているとは思えないほど、簡素で庶民的な服装をしている。

 疑問に思うところがたくさんあってリュドヴィックに一刻も早く話を聞き出したかったが、リュドヴィックは『着替えてきます』と一言だけ告げて僕たちを部屋に残し、衣裳室に行ってしまった。

「あの格好も似合ってたんだがなぁ」

 バンは小馬鹿にしたような口調で呟き、ニヤニヤと笑みを含んでいる。

「バンはリュドヴィックとはいつからの知り合いなんですか?」

「六年くらい前だったかなー。あ、アイツのことはリュドって呼んでやってくれ。きっとその方が喜ぶ」

 またもなにやら意味深な笑みを作っているバンに、僕は不信感を覚えて首を捻った。

「……確かにその方が呼びやすくて良いですね」

「もしかしてバンさんも近衛騎士団に入ってるの? だとしたらあの強さも納得だ」

 隣でソファに座っている陽葵の顔を見ると、バンを羨望の眼差しで見つめている。

「いや、俺は……まぁ、昔な」

 なんとも歯切れの悪い返答をしたバンは、徐にローブを脱いで右腕に抱えた。

 やはりバンには左腕がなく、黒いタートルネックの長袖シャツを着ているが、左袖は縦に切れ目を入れていて肩先で巻いて縛っている。ベルトがたくさん付いたピッタリとした革のベストとダボッとした黒いズボンを着用していて、耳と同じ色の縞模様の長いしっぽが揺れていた。ガタイの良さと逞しい筋肉が引き立つこの服装はバンに良く似合っている。

「昔……? もしかして、その腕が原因だったりするの?」

 陽葵は物怖じせずにバンに尋ねた。こうやって悪気なく相手の心に踏み込んでいける陽葵は素直に凄いと思う。僕だったら気になっていても、配慮しなきゃと思っておそらく聞けずにいただろう。

「いや、これは近衛騎士団を辞めたあとの戦いで……。名誉の負傷ってやつだな」

 バンは少しだけ寂しそうに笑った。

「俺も話したいことは山ほどあるが、べらべら喋るとリュドの奴が睨んでくるからなぁ。あとのことは全部リュドに聞いてくれ! じゃあな!」

 バンがそう言って歩き出した先にリュドヴィックの姿があった。バンはリュドヴィックの肩を叩いてその場を去っていく。

「お待たせしました」

 僕の中のリュドヴィックは上品で高貴な紳士のイメージがあったけど、着替え終わったリュドヴィックの姿を見て僕は少し意外で驚く。

 首にオリーブ色のストールを巻き、白いブラウスにハーネスベルトを付けていて身体のラインが強調されている。ボタンの装飾のついた股の深いの茶色のズボンとロングブーツを履き、長い白銀色の髪は後ろで縛ってポニーテールにしていた。

 どこかセクシーさと野性味が感じられ、先程までの紳士的なリュドヴィックイメージとは雰囲気がかけ離れている。

「リュドさん随分イメージ違うね」

 隣にいる陽葵も驚いたように声をあげる。

「先程着ていた服は元は私の父が着ていたものなので……こちらが普段の服装なんです」

 リュドヴィックはそう告げると、僕の前で片膝をついて頭を深々と下げた。

「私はシャール殿下に謝らなければならないことがあります。……私はグロワール国王の近衛騎士団の団長ではなく、だだの一般市民です。騙していて本当に申し訳ありません」

 リュドヴィックの告白に僕は小さく溜め息をついて、リュドヴィックの目線まで屈んでその肩に触れる。

「……なんとなくそんな気はしてました。今の現状みてれば分かりますよ。それで? 騙してまで僕を異世界に連れてきた目的はなんなんですか? 僕が王太子っていうのも嘘なんですよね?」

 リュドヴィックは面を上げて、僕の顔を見つめ返した。

「いえ、シャール殿下には紛れもなく王族の血が流れています。こちらの世界に来たことで父の術が解け、今のお顔がシャール殿下の本来のお姿なのです。証拠に貴方のお顔はアルノルドにそっくりで……。ですから、日本でシャール殿下にお伝えした事は全て嘘ではなく……半分は真実なのです」

 今の姿が真実の姿……。リュドヴィックの説明でなんとなくは理解はできたが、僕に王族の血が流れているなんて……今聞いてもにわかに信じがたい事実だ。

「そう言えばバンさんも、蒼空にぃの顔を見てアルノルドって人に似てるって言ってたよね? 勘違いして攻撃もしてきたし」

 そう、その『アルノルド』という人物が僕は今とても気になっている。おそらく僕の顔を見てバンが攻撃してきた原因でもあり、このお城の獣人が怯えているのも、その人が関係しているのだろう。

「アルノルド……。アルノルド陛下は、このグロワール王国の現国王であり、シャール殿下の双子の兄君です」

 リュドヴィックの言葉に、僕と陽葵は思わず目を見合わせた。

「えっ、僕に双子の兄がいるんですか!? しかも現国王……。それで僕の顔がそのアルノルド陛下に似ていて勘違いしたんですね。……でも、兄が国王ならこの世界に僕は必要ないんじゃない?」

 双子の兄が国王というのも衝撃の事実だが、それだと僕に『国王になっていただきたい』と言っていたリュドヴィックの話と辻褄が合わない。

 ……リュドヴィックは何故僕をこの世界に?

「そこが問題なのです。アルノルド陛下はこの国では暴君と名高く、国王に即位されてから、この国は滅亡の一途を辿っています」

 リュドヴィックの表情が途端に曇る。

「滅亡……」

 確かにこの地は荒れ果てていて、美しいと呼べるものではない。

「もしかして、今いるこの場所が国の中心部だったりするんですか?」

「いえ、ここはグロワールの一番端にあたる戦場跡地と呼ばれている場所になります。中心部はこのような荒れ地ではなく、とても美しく緑豊かな場所です」

「つまりは、貧富の差が激しいってこと?」

 陽葵がリュドヴィックに尋ねる。

「その通りです。なぜ貧富の差が激しいのか、それをお伝えする前に……、シャール殿下に謝らなければならないことがあります。この世界に来る前にシャール殿下に『国王が先日亡くなられた』とお伝えしていましたが、シャール殿下の父君である前国王のアビゲル陛下は、実は六年前にすでにお亡くなりになられております……。母君であるアネット王妃陛下は現在も生きておられますが、アビゲル陛下がお亡くなりになられてからは鬱ぎ込んでしまい、あまりお部屋からも顔を出さなくなってしまいました」 

「そう……ですか……」

 僕はどう反応したらいいのか、少し困惑してしまう。施設で育った僕にとって、両親は僕を捨てた憎むべき存在だと思っていたから……どこか他人事のように聞いてしまっている自分がいる。

「……それで、どうしてこんなにも貧富の差が?」

「アビゲル国王が急死後、アルノルドは弱冠十二歳にして国王に即位しました。幼き王で未熟だったため、最初は国政を側近たちに一任されていましたが、ある日を境にアルノルドは自分を神だと称して国家を私物化しはじめたのです」

「私物化?」

「はい。軍事費や建築費で財政を浪費し、それだけでは止まらず、さらに軍備増強と称して増税し、国民から搾取するも私利私欲のために浪費し放題……。挙げ句の果てに財政難に陥ると、最近は裕福な商人や貴族からも財産を没収する始末。……食料の配給さえ与えられず、国民だけでなく兵士からの評判も最悪で……皆は今、飢えと闘って苦しんでいます」

 リュドヴィックは顔をしかめ、さらに話を続ける。

「本来、城は軍事的な要塞、政治や外交の場として使用されますが、アルノルドは美しい物好きとして有名で、趣味で各所に城を建設しています。まさに今いるこの城もその一つで……。気に入らなければ建設中止、このように造りかけのままで放置しているのです」

「それがこの国に何ヵ所もあるってこと? ひどい。……それはかなりの無駄遣いだね」

 陽葵は呆れ返った様子で言い放つ。

「高級な調度品や価値のある芸術品などは回収されましたが、この場所は立地が悪く回収するのも一苦労で人員費がかかりますから……。不自然に大きな家具だけ残っている状態なんです」

 そうか、僕がこの城の中を不自然に感じていたのはそれが原因だったのか。

「でも普通は城を完成させてから内装とかするもんじゃないの? なんかこの城って中途半端だよね」

 陽葵は不思議そうに首を傾げる。

「実は建設途中にアルノルドが視察に来たようで、急いで正面の外観と一階だけ完成させたそうです。結局は数時間だけ滞在して城の建設中止を言い渡したそうで……」

 リュドヴィックは苦笑いした。

「この城が建設中止になったのは分かりました。でもリュドヴィックたちは何故ここに住んでるんですか?」

 僕は疑問に思ってリュドヴィックに尋ねる。

「……それに関しては私たち獣人族について、少し話さなければなりません」

 リュドヴィックは、眉根を寄せて険しい顔つきで深く息をついた。

 その顔から察するに過去にひどい出来事でもあったのだろうか……。

「大きく分けると、この国には人間、獣人、妖精の三つの種族が存在しています。アルノルドが国王になる前までは、この三つの種族は共存していました。特に獣人族は古の伝承から人間に従順であり、寄り添うように暮らしていました。私の家系も代々から国王に仕える獣人騎士の一族で、父のあとを継いで私も騎士団に入り、十七歳の時には近衛騎士団の団長を任されておりました。バンもその時の副団長です。……今では二人とも一般的市民ですが」

 リュドヴィックは皮肉な笑みを溢した。

「えっ、どうして辞めちゃったの?」

 陽葵が問いかける。

「アルノルドが国王になってから三年後、アルノルドの命令により獣人騎士含め、獣人族だけが僻地へ追放されたのです。それが戦場跡地と呼ばれるこの区域です。この区域は隣国に近い場所で大昔から戦争が絶えず、草木も生えていない荒れた土地で……。今は平和協定が結ばれていますが、再び財政難に陥ればアルノルドは隣国にも侵略しかねません。またいつ戦争が始まるかわからない危険な場所なのです」

「追放……。そんな危険な場所に……酷い。じゃあここには獣人族しか住んでいないってことですか?」

 僕の問いにリュドヴィックは頷く。

「何故追放されたんですか?」

「理由は未だに分かりません。噂ですと獣族の力に怯えてだとか……」

「理由も分からず? でれで納得したんですか? それに獣人族に限らず、増税に悪政続きで反乱とかは起きなかったんですか?」

 素直に疑問に思うところだが、リュドヴィックは難しそうな顔をして小さく唸っていた。

「絶対王政とは言えど、もちろん皆不満を抱え、人間の中にも反発する者はいました。しかしアルノルドはそんな民衆を銃で制圧しろと命令を下したのです。基本的に普段は温厚な獣人族でさえ、さすがに今回のことは酷い仕打ちだと猛抗議をしました。……そして事件は起きました」

「事件?」

 リュドビックの顔がだんだんと青ざめていく――。

「このお城に来るまでにシャール殿下と陽葵様は、たくさんの墓石を見てきたはずです」

 リュドヴィックの問いに僕と陽葵は頷いた。

「三年前……猛抗議する獣人たちを落ち着かせるためにアルノルドは『獣人族の誤解を解く場を持ちたい』と提案をしてきました。しかしそんなものは全くの嘘で、話を聞くためにこの場所に集められた無抵抗の獣人族を兵士に命じて虐殺させたのです。国王に逆らうとこうなるという見せしめにされ、人間たちもこれ以上逆らうことが出来なくなってしまった。……アルノルドは気にくわない人間をどんどん殺す恐ろしい王です。……こうして獣人族は、アルノルド陛下の命令により大量虐殺されました。……バンの腕もその時に失ったものです。私とバンは兵士と戦い、その場にいた獣人たちを守りましたが……守ることができたのはごく僅か。今お城にいる者たちは、そこから逃れることができた生き残りです……」

 リュドヴィッグは声と肩を震わせて、拳をきつく握りしめている。

「私の大切な家族や友人も……」

 リュドヴッィクの息づかいが荒くなる。

 振り絞るような弱々しい声だったが、怒りや苦しみ悲しみといった全ての感情が詰まっている。

 今まで見たことのないリュドヴィックの悲痛な面持ちに、僕はそれ以上の追求をすることが出来なくなってしまった。

「リュド。落ち着いて。無理しないで、ゆっくりで大丈夫です」

 僕がリュドヴィックのことを『リュド』と呼ぶと、そのふわふわとした大きな耳がピクリと反応する。

 僕はリュドヴィックの肩を優しく抱き寄せた。

「私はこのような形で、貴方に会いたくなかった……」

 リュドヴィックは小さく呟き、僕の肩に頭を擦り寄せて静かに落涙した。

 


 初めて『リュド』と呼んだ瞬間、閉じ込めていた記憶の何かが溢れ出しそうになるのを感じた。もどかしい気持ちと懐かしい感情が駆け巡っていく――。

 きっと僕はリュドのことを昔から知っているんだ。だからリュドが辛いと僕もこんなにも胸が苦しくなる。彼を助けたいと心の中で叫んでいるみたいに……。

 この世界に来て最初に見た大量の墓石の光景に僕は恐怖を感じていたけれど、あの一つ一つの墓石に大切な人の存在があったんだ。

 獣人たちはあれだけの数の墓石をどんな思いで作っていたのだろう……。真実を知った今はとてもつらくて悲しい。

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