大嫌いな異世界に召喚されたら暴君と名高い国王陛下が僕の兄だった件について。 ~国王になるためのメゾッド~

黒猫鈴音

第1話 謎の獣人が僕のことをシャール殿下と呼ぶ件について

 僕の名前は千瀬蒼空。性別は男。年齢は十八歳。職業はミステリー作家で自分で言うのもなんだが、そこそこの売れっ子である。

 今は次の連載に向けてパソコンの画面とにらめっこしている最中なのだが……。突然スマホが鳴り響いたせいで、せっかくの集中力が削がれてしまう。

 スマホの画面に担当編集者の名前を確認した僕は、億劫に感じながらも通話のアイコンをタップして電話に出た。

「千瀬先生お疲れ様です。編集の戸倉です。次回作の件でお電話させていただきました。進行の方どうでしょうか?」

 僕は溜め息をつきたくなるのを堪えつつ、声のトーンを少し上げて応対する。

「お疲れ様です。今回はホラーミステリー系で、まだプロットの段階ですが、明日には本編を進めていこうと思っています」

「えっと、ホラーミステリーですか……。あの、何度も言うようで申し訳ないのですが、次回作は全くの別ジャンルでとお願いしていたと思うのですが……」

 編集者は分かりやすいほど声音が低くなり、電話越しに渋い顔をしているのが容易に想像できる。

「今までとは違うジャンルでとのご要望でしたよね? ですから、今回はホラーテイストに加え、スプラッタ要素も入れてみました。一度プロットに目を通してもらえたら――」

「ホラーやスプラッタは一定数でしか需要がありません。それよりも今流行りの異世界ファンタジーを是非お願い出来ないでしょうか? 魔法世界とか転生主人公の冒険モノとかどうでしょう? 千瀬先生が書けばきっと話題にもなります」

 異 世 界 フ ァ ン タ ジ ー

 はい、出ました。今の流行りだかなんだか知らないが、僕は異世界ファンタジーが大嫌いだ。

 理由は分からないが物心ついた頃から異世界ファンタジーに異常なまでの拒否反応が出てしまう。出来ることならば一生関わらないで生きていたいくらいだ。

 しかし、最近は本屋に行けば新刊にはズラリと異世界ファンタジー系ばかりが並んでいて、嫌でも目に入ってくる。編集者含め周囲の友達も魔法世界のアニメの話題ばかりを出してくるので、僕の異世界ファンタジー嫌いにさらに拍車がかかっている状態だ。

 編集者とはこのやり取りを繰り返して、どちらも譲らない状況が続いている。

「……分かりました。検討してみます」

 僕はいつものように同じ返答をして電話を切るが、検討する気持ちなんて微塵もなく、面白い小説を先に書き上げて、どうにかこうにかして編集者を丸め込もうと必死だった。

 とはいえ、書き上がったプロットには納得がいかない。一度目を通してほしいと言ったものの、それこそありきたりな内容で……編集者が納得いくものとは程遠いだろう。

 異世界といっても妖怪や幽霊などの和風系の類いは全く問題ない。

 むしろ好きな方なんだけど……。

「異世界ファンタジーかぁ」

 僕は堪えていた溜め息を一気に吐き出して、パソコンのキーボードを徐に叩いた。

 すると自然と指が動いていく――。

 いつもなら異世界のことを考えるだけで頭痛や吐き気までするのに何故だろう。

 別に異世界モノを書くつもりはなかったが、突如脳裏に、風に靡く青々と茂る草原の中に佇む獣人の姿が浮かび上がる。その獣人に駆け寄る白銀色の髪の少年は、誰かの小さな手を引いて無邪気に笑っていた。

 他にも、薄紫色の長い髪の妖精が空を舞う姿や、小高い丘から見える洋風の荘厳なお城のイメージが溢れ出てくる。

 あまりに鮮明でリアルな空想世界が頭の中で広がり、僕は指が動くまま文章を打ち込んでいく――。

「僕は何をやってるんだ。こんなくだらないもの書くなんて」

 熱中して書いていたが、しばらくして僕は正気に戻って頭を振った。

「少し頭を冷やそう」

 気晴らしに外の空気でも吸ってくるかと、椅子から立ち上がった僕だったが、振り返るとそこには、先ほどイメージしていた人物と酷似している男が立っていた。

 白銀色の腰まで伸びた髪とフサフサな毛をした狼の耳と尻尾。顔や身体は獣ではなく人間と変わらないが、その顔立ちは端正で、黄金色に輝く瞳が印象的だ。

 年齢はおそらく二十代前半くらいで、長身のすらりとした体躯に、大きな襟の紺色の燕尾服に軍服のような装飾が施されたコートを着ている。白いズボンに編み上げのロングブーツを履いていて、全体的に中世ヨーロッパの騎士を思わせる風貌だ。

「ひいぃぃっ!」

 僕は思わず悲鳴を上げて、その場で尻餅をついた。

「シャール殿下! 大丈夫ですか? 驚かせてしまってすみません」

「わっ! 日本語しゃべった!?」

 夢でも見ているんだろうか? 目の前にいる獣人は僕を心配そうに見つめて手を伸ばしている。よく見ると獣人の足元には魔法陣があり、周りには青い術式のような光が浮かび上がっている……。

「これって現実? まださっきの空想の中にいて目が覚めてないとか?」

 目の前の光景が信じられなくて、僕は何度も目を擦った。

「現実ですよ。シャール殿下。貴方をお迎えに上がりました」

「その、シャール殿下ってなんですか!? というか、あなたは誰ですか? 普通に不法侵入ですよね? 一体どこから? その格好はコスプレですか?」

 僕がパニックを起こし怯えていると、獣人は僕の前に跪き、僕の手を取って甲にそっとキスをした。……唇の感触は本物だ。

 何故だか僕はこの時、懐かしい感覚に包まれた。どうして――?

「私の名前はリュドヴィックと申します。この世界とは違う世界からやって参りました。そして『シャール』とは貴方のお名前ですよ、シャール殿下」

 獣人は柔和な微笑みを湛えて、ゆっくりとした優しい口調で質問に答える。

 ジャールが僕の名前だと言うのも意味不明だが、後ろにつく『殿下』は何??

「この耳も尻尾も本物でごさいます」

 獣人のリュドヴィックは自身の耳を触るようにと、僕の手を引いて誘導する。フワフワとした感触、ピクピクと動く耳。思いっきり引っ張っても取れる気配はない。これは……本物だ!

「あの、シャール殿下。もう少し手加減してくださると……」

 リュドヴィックは困ったように眉を下げて笑っている。リュドヴィックの敵意のない表情を見ていたら、なんとなく気分が和らいで落ち着いてくる。

「……その耳が本物なのは分かりました。異世界から来たって言うのも信じがたい話だけど、一旦それは置いておきます。なんであなたは僕をシャール殿下と呼ぶんですか? 僕の名前は千瀬蒼空です。あなたの目的は何なんですか? 僕に何の用があってここに?」

 僕の言葉を聞いて、リュドヴィックは真剣な顔つきになって居住まいを正した。

「貴方は我が国『グロワール王国』のシャール王太子殿下なのです。国王陛下が先日亡くなられ、シャール殿下にはグロワール王国の新国王となって頂きたいのです」

 は?? この僕が異世界の国王に? なにを言っているんだこの獣人は……。

 やっと気分が落ち着いてきたのに、再び頭が混乱する。

「……えっと、人違いの可能性は?」

 僕はおずおずとリュドヴィックに尋ねる。するとリュドヴィックは頭を振った。

「信じられないような話ですが、真実です。時間がないので矢継ぎ早になってしまいますが、順を追って分かりやすく説明させていただきます」

 時間がないと言う言葉に引っ掛かりを覚えたが、リュドヴィックの僕を見る眼差しは真剣そのもので、僕も今の状況を知るために彼の話に真剣に耳を傾けた。

「この私、リュドヴィックは国王に忠誠を誓った国王近衛騎士団の団長です。とある理由で産まれたばかりのシャール殿下は命を狙われ、王妃陛下は当時、国王近衛騎士団の団長だった私の父に、赤子のシャール殿下を託しました。どこか安全な場所へ隠して育てるようにと……。そしてシャール殿下が五歳を迎える頃、居場所が見つかり命を狙われる危機に瀕した際、私の父は禁術を使ってシャール殿下を安全な世界へ連れていく決断をしました」

 リュドヴィックは目を伏せて拳をぎゅっと握りしめると、再び話を続ける。

「禁術により、この世界の日本にやってきた私の父は、シャール殿下のグロワール王国での記憶を脳内の奥底に閉じ込め、捨て子を拾ったと児童養護施設にシャール殿下を預けました」

 は?? 何を言っているんだ……。禁術? 記憶を閉じ込める??

「そんなの信じられるわけがないよ!」

 そんなぶっ飛んだような話を素直に受け止められるわけもなく、僕はリュドヴィックの身体を強く押し退けて立ち上がった。

「今までの暮らしで違和感や不思議に思うことはありませんでしたか? きっと心当たりがあるはずです」

 リュドヴィックはゆっくりと立ち上がった後、僕の肩に優しく触れた。

「それは……」

 リュドヴィックの話の通り、僕は施設育ちだ。推定五歳と診断され、身元不明の捨て子として施設に預けられたらしく、児童養護施設に入る前の記憶はない。

 大きくなった頃に施設長から話を聞いたことがあるが、僕は記憶喪失だったようで口数も少なく、食べ物の名前も箸の使い方も分からなかったらしい。

 高校を卒業してからは施設を出て、大学には行かず、このマンションで同じ施設で育った一つ年下の弟と二人暮らしをしている。

 弟といっても勿論、血の繋がりはない。施設にいた頃から仲が良く、僕にとっては本当の弟みたいな存在だ。

「…………」

 僕は部屋の角に置いてある全身鏡の前に立った。

 手入れをしていない肩まで伸びたボサボサの黒髪。視力は悪く瓶底のように分厚いガラスの眼鏡を掛けている。洗濯に失敗して伸びてしまったぶかぶかのスウェットを着て、背だって小さいし、顔もイケメンとは程遠い。

 こんな見窄らしい僕が国王だって?

「シャール殿下。残念ですが、もう時間が迫っています」

「へっ?」

「私はどうしてもシャール殿下をグロワール王国へ連れて帰らなければなりません」

「なに言ってるんですか? 僕に国王なんて無理ですよ! 異世界の言語も分からないですし、それに異世界って単語を耳にするだけで頭痛はするし、吐き気だってするんですよ?」

「それは脳内に閉じ込めていた記憶を呼び起こす切っ掛けにならないように、自然と異世界に関するものを遠ざけていたんだと思います。グロワール王国にお戻りになられたら術は解け、頭痛や吐き気も治りますよ。」

 リュドヴィックは張り付いた笑顔で、僕の身体を強引に引き寄せた。

「言語に関しても心配いりません。シャール殿下が今首に提げている紫色の魔力石のペンダント。これには術が込められていて、その力でどんな言語も瞬時に理解できる言葉に変換され、話すことも可能になります。私も同じ物を持っていますよ」

 張り付いた笑顔のまま、リュドヴィックは自身の首に提げているペンダントをチラチラと僕に見せてくる。

「これってそんな都合のいい石だったの!?」

 このペンダントはずっと肌身離さず持っていた物だ。そんな効力があったなんて……。これも施設長に聞いた話だが、このペンダントは施設に入る前から僕が大事そうに握りしめていた物だそうだ。

「もう、何の問題もありませんね」

 リュドヴィッグがそう言って指を鳴らすと、青く光る術式が僕の身体を巻き込んで風を起こす。

「問題しかないですよ!!」

 えっ、僕このまま異世界に連れて行かれる?

 全力で抵抗するが、リュドヴィックの身体はびくともしない。

 ――ガチャ。

 全てを諦めかけていた時、玄関の鍵を開ける音がした。

 忘れていた。そろそろ陽葵が学校から帰ってくる時間だ。

「ただいまぁ! 蒼空にぃ、部屋にいる?」

 玄関の扉が開くと同時に元気の良い声が響く。

 同居人の黄葉陽葵は、僕の一つ年下でまだ高校生だ。同じ施設で家族同然に育ち、陽葵は僕を本当の兄のように慕ってくれている。

「陽葵!」

 そうだ、陽葵に助けてもらうしかない。僕は大声で陽葵の名前を叫んだ。

「えっ!? 蒼空にぃ??」

 僕の大声に何事かと慌てた様子で駆けつけた陽葵は、部屋の扉を開けるなり目の前で起こっている状況に混乱している。

「陽葵助けて! このままだと僕、異世界に連れていかれるんだ」

 僕は陽葵に助けを求めて手を伸ばす。

「ちょっ、何が起きてるの!? 蒼空にぃ!」

 陽葵は僕の手を強く握った。

「貴方は……なかなか使えそうですね。予定にはありませんでしたが、一緒に来てもらいましょうか」

 リュドヴィックは陽葵の顔を見るなり、口元にうっすらと笑みを溢した。

 嘘でしょ? なんでこうなるんだ……!

 僕は陽葵の手を放そうとするが、陽葵は僕の手を力強く握ったままだ。

「さぁ、グロワール王国へ」

 浮かび上がる青い術式は濃さを増し、リュドヴィックの言葉と同時に、僕たちの身体を呑み込んでいく――。

 

 こうして、僕と陽葵は獣人のリュドヴィックによって、異世界へ連れていかれることとなった。

 しかし、僕はすぐに後悔することになる――。この時、無理矢理にでもリュドヴィックから逃げていればと。

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