第4話 わたぬきの国の赤い鳥

僕は今までもいろんな場所に旅をしてきたけど、【わたぬきの国】ほど驚く場所はなかった。



【わたぬきの国】では入国料と出国料を支払わなければいけないのだけど、



それでも、暖かい【わたぬきの国】は人気があって一度は旅をしてみたい場所だった。



「これはこれはカモン・・・旅人さま【わたぬきの国】へようこそいらっしゃいました」



ゲートの白い鳥はとても丁寧に対応してくれた。



「今までの旅路はお寒かったでしょう。【わたぬきの国】では皆様が綿を抜いて暖かく過ごせるように国民も旅人の皆様を歓迎しておりますので、気軽にお声をかけて素敵な思い出を作ってください」



そう言われて入国料として、銅貨1枚だけ支払って国に入る事が出来た。



今までの寒さが嘘のように入国した途端暑すぎるわけでもなく、ポカポカと暖かい風が通り過ぎた。



ただ不思議なことに、ここには太陽はいない・・・それでもランタンや提灯のような灯りに灯されていてとても明るいのだ。



夜とも違い月も居ない。



歓迎してくれる国民か・・・そう思いながら整備された道を進むといくつもの宿屋や食事処があった。



そういえば・・・お腹も空いているし、持ち歩いていた食べ物も残りわずかだ。



ここで買い足しておかないといけないな。



旅に適した食べ物を売っているお店はあるかなぁ?と辺りを見渡していたら、



一羽の美しい赤い鳥が僕の前に飛んできた。



「初めまして、旅人さん何かお困りごとですか?」と、とても優しい声で話しかけてくれた。



「初めまして、ちょうど旅を続けるための食べ物を買える場所を探していたんだけど、君はここの国民さん?」と聞くと、



「はい、わたしはここ【わたぬきの国】の国民です。旅人さんが来るのを心から楽しみにお待ちしていました。お店は知っていますが出国ゲート近くにあるので、まだ遠いですよ」と教えてくれた。



まぁ、僕はこの国でしばらくゆっくりするつもりだから、買い物は最後の方が荷物も重くなくていいだろうと思った。



「じゃあ、今僕はお腹が空いているんだけどいいお店はこの辺りにあるかな?」と聞くと、赤い鳥は僕に赤い毛糸の先を渡してこう言った。



「その毛糸を放さずに持ってわたしに付いてきてください。わたしが案内してあげます」と飛んで行った。



鳥の飛ぶスピードにまさか僕が歩いて間に合うわけがないもんな・・・確かにこの赤い毛糸はあの子に繋がる唯一の手掛かり・・・。



毛糸を少しづつ巻き取りながら僕は毛糸の呼ぶ方に進んでいった。



すると進めば進むほど、香ばしくも、甘く、僕のお腹がグゥゥと鳴くほどの匂いが鼻をくすぐった。



ふと手元を見ると毛糸を足に結んださっきの赤い鳥がいた。



「ご苦労様、旅人さん少し歩いて疲れちゃいましたか?ごめんなさい美味しいお店は少しだけさっきの場所から遠かったですよね・・・えへっ」とにこやかに言う赤い鳥に、



「いいや、僕の足ならほんの10分程度だし、そんなに疲れなかったから謝らないでいいんだよ・・・お店に案内してくれてありがとう・・・えーと何て呼べばいいかな?君の事」と返した。



赤い鳥は



「ほんとですか!すごく優しいんですね旅人さんて・・・わたしこんなに優しい言葉貰ったの初めてです・・・わたしのことはコトリと呼んでください」ととても嬉しそうにしてくれた。



コトリの案内してくれたお店で食べた唐揚げ定食は僕の今まで食べてきた食べ物の中で断トツの一番美味しい食事だった。



コトリはずっと隣でヒエなどを食べながらニコニコと僕を見つめていた。



僕の心はなんだかポカポカと暖かくなってきたような気がした。



ごはんを食べ終わるとコトリは、



「旅人さんごはんご馳走してくださってありがとうございます。この後どこかに行く予定がもうありますか?」と聞いてきた。



ご馳走っていってもヒエなどだけで大してご馳走していないのだけど、ありがとうって言われるのってなんだか、こそばゆいな・・・。



「この後も何も、僕は気ままな旅人だから何の予定もないよ」と答えると、



「じゃあ、もう少しだけわたしに案内させてくれませんか?あなたのお役に立ちたくて」と言う。



ゲートの白い鳥の言っていた通りにこの国の国民は僕たち旅人を歓迎してくれるんだなぁとふと納得した。



赤い毛糸を僕の小指に結び付けたコトリは、



「これで絶対に離れていてもわたしの場所がわかりますよねっ?」とかわいい笑顔で飛び立った。



今度はどこに連れて行ってくれるんだろう・・・毛糸を辿り進むと、コトリが待っていたのは満開の桜の木が周りを囲む小さなベンチだった。



「わぁ、こんなにたくさんの桜の花に囲まれたのは初めてだよ・・・コトリ・・・さん」と言うと、



「”さん”だなんて付けなくていいですよ・・・コトリと呼び捨てでいいですよ。ここの桜のベンチが【わたぬきの国】での一番のデートスポットなんですよ」とコトリは言う。



デートスポット・・・ちょっと胸がドキっとした。



「あの、旅人さんのこともなんて呼んだらいいですか?」と照れたようにコトリは尋ねてきた。



「じゃあ、僕は君の事をコトリちゃんて呼ぶから君も僕をタビちゃんて呼ぶんでどうかな?」と提案してみた。



「初めてです・・・コトリちゃんて呼ばれるの・・・えーと、じゃあ・・・勇気を出して・・・呼びますよ・・・タ・タビちゃん!わぁ・・・緊張しました」と可愛らしいことこの上ない。



「コトリちゃん敬語ももういらないよ・・・僕はもう君と友達になれたと思ってるから」確かに”ちゃん”をつけて呼ぶとなんだか身近に感じる気がする。



コトリは嬉しそうに僕の周りを飛び回るので僕はすっかり毛糸に巻かれてしまった。



「ああ、ごめんなさい舞い上がっちゃって毛糸の事忘れていました。すぐ解きますからね・・・」と今度は反対向きでくるくると僕の周りを飛び回って毛糸から解放してくれた。



「えへへ・・・あ、敬語やめるんだった・・・ごめんね・・・タビちゃん」と言われて僕の胸はまたドキっとした。



今日会ったばかりで、こんなに胸がドキドキするのは何故だろう・・・。



「コトリちゃん、僕はしばらくこの国でゆっくりするつもりなんだけど、君にまた明日も会えるかな?」と聞くと、コトリは僕の指から毛糸をほどいて



「このまま今日から明日も一緒にいてもいいんだよ」と言う。



どうしよう・・・僕の胸の高鳴りが抑えられない・・・。



でも、コトリがそう言うなら一緒にいてもらうとこの国を楽しく過ごせそうな気がする。



ただ僕には少し気がかりなことがあった・・・。



「コトリちゃん君って・・・誰か好きな人がいたりする?」と念のため聞いておいた。



コトリはビックリして、答えた。



「え?なんで分かったの?・・・そんなにバレバレかな?わたし・・・」と言う。



ああ、まぁそうだよな、いい子にはもう好きな人がいるもんなんだよな。



聞いておいて少し落ち込んだ僕を見て、コトリはちょんと僕の肩に寄りかかり、



「ちょっとだけこうしていてもいい?タビちゃん」と言うので、他の人を好きな子に恋をしないようにと僕はコトリに言った。



「コトリちゃんそういうことは好きな人にだけしてあげてよ」と言うと。



「うん。好きな人にしてるんだよ」と言われた。



落ち込んだはずの僕の胸は再度高鳴り自分の耳でもコトリの耳でも聞こえそうなほどドキドキと音を立てていた。



「わ、タビちゃん胸がドキドキって音がしてるよ・・・大丈夫?もう今日は入国したばかりだっていうのに連れまわしたから疲れちゃったよね。宿に案内するよ」



もう一度僕の小指に赤い毛糸を結んでコトリは宿に案内してくれた。



コトリの案内してくれる場所は食事も宿も破格の安さのわりに、とても美味しかったり、ふかふかのベッドだったりとこの国の暖かさの人気の訳が少し分かった気がした。



美味しい食事をコトリと食べて、この国一番のデートスポットで心躍らせて、宿についてベッドに入っても僕はなかなか寝付くことが出来なかった。



そんな僕に気づいたコトリは僕の隣に来て、



「もし、寝付けないようだったらさ、タビちゃんの今までの旅のお話聞かせてほしいな」と言ってきた。



そうだ旅の話か、今度こそちゃんと聞かせてあげたい。



ふと頭によぎった僕の旅仲間。



そして、僕はコトリに今までの旅での出会いと別れの思い出を話した。



コトリはひとつひとつに



「それは切ないよ・・・辛かったねタビちゃん」



「そんなこともあるよ・・・タビちゃんは悪くないよ」



「なにそれひどい・・・タビちゃんの行動は間違ってないよ」



と僕の味方でいてくれた。



僕は今までの旅で出会いと別れを繰り返してきて、寂しさが募り心の中がすっかり冷え込んでしまっていたことに気がついたのは、コトリがこうして僕の心に火を灯してくれたからなんだなと安心したらいつの間にか眠ってしまっていた。



ふと、目覚めるとコトリは隣にいない。



でも、僕は不安にならなかった小指には赤い毛糸が結ばれていたから。



コトリは先に目覚めて水浴びでもしているのかな・・・そう思いながら僕も今日は何をしようかなと顔を洗って出かける準備をした。



するとコトリが戻ってきて僕に言う。



「タビちゃんおはよう今日はどこでどんなデートしようか?」と。



コトリと出会ってから毎日がとても楽しくて、僕は旅人のくせにこの国からなかなか出たいと思えなくなってしまっていた。



「コトリちゃん君にちゃんと言っておきたい事があるんだ」



そう僕はもうズルい手なんて使わないでちゃんと伝えるんだ。



「なにかな?タビちゃん・・・ちょっと聞くの怖いな・・・」とコトリは表情を固める。



「僕、君の事、コトリちゃんの事好きだよ僕とずっと一緒にいてくれない?」と勇気を振り絞って言った。



コトリは固まった表情から安堵したように、



「なんだ・・・わたしさよならって言われちゃうのかと思って怖かったよ・・・タビちゃん・・・嬉しいわたしも最初からずっと優しくて素敵なタビちゃんが好きだよ。ずっとずっと一緒にいようね。約束だよ」と小指の赤い毛糸をつんつんと引っ張った。



こんな幸せが僕に訪れるなんて、旅をしてきてよかった。



コトリに出会えてよかった。



そしてまた眠りにつくまでコトリと楽しく話をして、目覚めた僕は小指の赤い毛糸を確認して安堵して、今日はコトリと何をして過ごそうかなとコトリを待っていた。



いつもならそろそろ戻ってくる頃なのだけど、何かあったのかもしれないなと毛糸を辿り荷物を持って宿を出た。



この宿はもう最初のゲートからはだいぶ遠い何軒目の宿だったろうか、どこの宿もとても綺麗で居心地もよくて、本当に【わたぬきの国】は最高だなと毛糸を手繰りながら思っていたら、毛糸は一か所のお店に僕を誘った。



旅人のための食品店だ。そうかここはもう出国ゲートの近くなのか、コトリが初めて会った日に言っていたお店だ。



丁度いいふたり分の食品を買い足そう。



僕もコトリも食べられる長持ちするパンや缶詰の果物などをどっさりと買いこんで、手繰る毛糸の先はそのお店の柱を一周回ったあと更に先に進んでいた。



コトリはどこまで行っているんだろう?ケガとかしていないといいんだけど。



心配になってきた・・・時々頭をよぎる僕の旅の仲間。



毛糸は出国ゲートに続いていた。



「これはこれはカモン・・・旅人さま【わたぬきの国】は満喫できましたでしょうか?出発のご準備やお忘れ物などは万全でいらっしゃいますか?」と白い鳥は話しかけてくる。



「あの、この赤い毛糸の先にコトリちゃんと言う赤いかわいい鳥が居たと思うんですが、知りませんか?」と問うと、白い鳥はよく知っているという。



「とにもかくにも、毛糸の先はこの国の外、先に行くには出国料をいただかねばなりません」と言うのだから、コトリちゃんは先に出国したのかもしれない。



「では出国手続きをしてください」と僕が言うと白い鳥はとても笑顔で、



「では滞在期間、そして、赤サギサービスの代金を合わせて金貨50枚を出国料としてお支払いください」と言った。



金貨50枚だと!入国時には銅貨1枚だったのにこんなことがあるのか・・・。



「高すぎる!どうなっているんだ!」と白い鳥に言うと、



「カモン・・・旅人さまはこの【わたぬきの国】で幸せな時間をお過ごしになって心も体も暖かくなったのではないでしょうか?


今までのどこの旅よりもここで出来た思い出はあなたを幸せにしたはずです。幸せを叶えられるのに金貨50枚なんて安いものだと思いませんか?


それともコトリちゃんとの幸せは金貨50枚の価値がないとお思いでしょうか・・・それでしたら、おいくらですか?コトリちゃんとの幸せな思い出は」と言われて、ここに来てからの毎日を思い出した。



確かに僕はこの【わたぬきの国】に来るまで心も身体も冷え切っていたのが、小指に結ばれた赤い毛糸で安心という暖かさで幸せを感じられるようになった。



「コトリちゃんとの幸せは金貨100枚の価値がある!!出国料は金貨100枚で構わないな?」とふたり分のつもりで白い鳥に支払うと、毛糸の続く出口に案内されて



「この度は、ここ【わたぬきの国】にいらしてくださってありがとうございます。またいつでも、あなただけのコトリちゃんに会いにいらしてください。コトリちゃん共々お待ちしております」



と言われてゲートの扉は閉まってしまった。毛糸は・・・【わたぬきの国】を出ると空には太陽が居て僕の小指に結んであった毛糸の色は白色に変わっていた。



変わったというよりも、きっと最初から白色だったのだろう。



毛糸の先には緑色のカードが付いていた、



「タビちゃんへいっぱい好きって言ってくれて一緒にデートして一緒に眠って本当に楽しかったよ・・・また会いに来てね。四月一日わたぬきの国のあなただけのコトリより」



僕はエイプリルフールで幸せにしてくれるサギたちの国に居たことにこれで気がついた。



それなのに、何故だろう・・・怒りよりも思い出の暖かさ幸せの余韻が頭から離れない・・・コトリちゃんと僕の愛はきっと本物だったんだ・・・コトリちゃんは国民だから出してもらえなかったんだ。



いつかまたお金を貯めてコトリちゃんを出してもらえるようにここに迎えに来ようとコトリちゃんからの緑色のラブレターと白い毛糸を背負って僕は旅を続けるのだ。


おしまい

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