第3話 嘆きの雨が止まない森のゾウ
僕は、今まで沢山の旅をしてして沢山の出会いがあり、別れがあった。
それでも、誰も一緒に旅をしてくれる仲間はできないまま、今も黙々と歩いている。
そもそもこの旅は仲間が欲しくて始めたわけではないのだけれど、不思議なことに出会いの後には別れがあって、
別れを経験した僕の心には「寂しい」という気持ちがいつしか住み着くようになっていた。
ああ、ちょうどこんな雨が心に振り続けているような感じがする。
「あの、あなたは旅人ですか?ここいらであまり見かけませんが」とあるゾウに話しかけられた。
僕は答えた「ああ、そうなんです。僕はどこまでも旅をしている旅人なんです」
そういうとゾウはどこからか傘を持ってきてくれて僕に差し出した。
「傘をささないと濡れてしまいますよ、ここは嘆きの雨が止まない森なので」
とゾウは言うのでありがたく傘をお借りした。
そうだ、親切にされたのだ、お礼を言おう。
「ご親切に傘をお貸しくださってありがとうございます」ちゃんと言えた。
ふとゾウのさっきの言葉が気になった……。
嘆きの雨が止まない森……。
「あの、ここの雨は止まないのですか?あなたは傘をささなくても大丈夫なのですか?」とゾウに尋ねると、
「ここは嘆き悲しむ人が迷い込む森なので嘆きの雨は止みませんね」とゾウは言う。
「嘆きの雨ですか……」と呟くと、
「あなたの心の嘆きの雨の原因をお話してくれますか?」と見透かしたようにゾウは言う。
僕は旅で出会いと別れを経験してきて、最初は一人で旅をすることに寂しさなんてなくて、旅を進めるうちに寂しさがどんどん募ってくるようになってしまったことをゾウに話した。
すると、ゾウから返ってきた言葉は、
「ええ?そんなことで泣いているのですか?あなたはとても恵まれているじゃないですか、私を見てごらんなさい、一歩、歩くにもろくに足元も見えないもんだからこの森の中を歩いているだけでもケガをするのですよ」
そう言われて「それは大変ですね」と答えると、
「そう大変なんですよ、それに比べてあなたは靴を履いている、帽子も被っている、服も着ている、荷物だって色んなものが入っているのでしょう?わたしよりも全然マシじゃないですか」
と言うゾウの言葉になんだか寂しさとは違う気持ちがモヤモヤと湧き出てきたけど、このゾウは僕に親切に傘を貸してくれた優しいゾウだ、今きっと僕の相談にのってくれているんだろう。
「確かに僕は靴も帽子も服も荷物もありますが、それらがあっても心の中に生まれた寂しさは消すことが出来ません、それがとても辛いのです」
そう、僕の気持ちをまっすぐ説明したつもりだった。
「寂しさ、一時会って、もう会わなくなった誰かに会えないから寂しいというなら、わたしなんてもっと寂しい、なんせあなたがこの森に来る前に誰かが私の前に来たのはもう何年も何年も前の事、わたしはその間ずっと一人だったのですよ」
少し違和感を感じ始めたけど、僕は答えた。
「迷い込む人はそんなに居ないのですか?」と尋ねると、
「いいえ、この迷いの森はとてもとても広いのです迷い込んだ人が必ずわたしの前に訪れるとは限りません、だからわたしはあなたよりも圧倒的に寂しいのですよ」
僕よりも一人の時間が長くて寂しい、そして、何も身に着けていないし、大きな体で下もよく見えず歩くだけでケガをしてしまう、それは確かに僕よりも寂しくて辛いのかもしれないけど、
ゾウの話を聞いても僕の心の中の寂しさは薄まりもしないし、なんだかモヤモヤも大きくなっている。
「あの、ゾウさんここから抜け出す方法はありますか?」
僕はなんとなく早くここから移動したくなってきた。
「ここから抜け出す?そりゃいつでも抜け出せるんじゃないですか?あなたはわたしと違ってここの住人じゃないし、ただの旅人ですからね。でも、せっかく傘を貸してあげたのに、もうここから居なくなるんですか?」
そう言われてしまうと親切に傘をかしてくれたなら、何かもう少しこのゾウと話さないと不義理になってしまうような気持ちになってきた。
「あなたの心の嘆きの雨はたったのそれだけですか?わたしの嘆きの雨に比べたらなんて些細なことなんでしょう、そんなに出会って別れてが辛いなら旅人なんてやめてここの住人になったらどうですか?」
確かに旅人には出会いと別れがつきものだ……ここの住人じゃなくても他の場所の住人にでもなれば、出会い別れるなんて切ない気持ちはないのだろうか?
「ゾウさん、あなたはここの他の住人たちとはあまり会えないのですか?」
そう尋ねるとゾウはとてもイライラした表情をして答えた。
「昔は沢山の住人が居ました!わたしのように大きなゾウも居れば、わたしが見る事も出来ないほど小さな生き物も数えきれないほどいましたが、何故だか分かりませんが、住人だったはずの彼らはわたしをひとり置いてどこかに行ってしまいました」
これは何かがあったのだろうかと気になった。
「地震とか災害とか何かあったのですか?」と尋ねると、
「いえいえ、そんなものはここでは起きません。みんながここでは沢山の嘆きを叫んでいて、それにわたしはいつもこうしてあなたに話すように会話をしてきただけです。何故彼らはどこかに行ってしまったのでしょう?わたしは見捨てられてとてもとても、可哀そうだとおもいませんか?」
さっきまでのやり取りを思い出しながら僕は少し考えて、早くここから逃げ出したいと思った。
「あの、傘を貸してくれてありがとうございました。僕そろそろ風邪をひくといけないのでここから抜け出そうと思います」と傘を返そうとしたけど、
ゾウは傘を受け取ってくれない。
「わたしはあなたの心の嘆きの雨の話を聞いてあげたのに、あなたはそんなに冷たい人なんですね……そんなんじゃ出会った人が離れて行っても仕方ないんじゃないですか?」と言われ、
今まで出会い別れ会えなくなった彼らとの事を思い出した。
もう少しゾウの話を聞くべきだろうか……。
僕の心には今迷いしかない。
「ああ、これは申し訳ない、ゾウさんの心の嘆きの雨の話も是非聞かせてください」と諦めて話しかけた。
するとゾウは
「あなたは今までわたしが話した事を何も聞いてくれていなかったのですね。これは今まで出会った誰よりも酷い。あなたよりもよっぽどわたしの方が寂しい思いをしていて、よっぽど可哀そうです。謝ってください。わたしはあなたに心を傷つけられました」
ととても怒り始めました。
僕はただここに迷い込みゾウに出会い親切に傘を貸してくれて相談にのってくれるようだったから、心の内を話しただけだったのに、いつの間にかゾウを怒らせるようなことをしたんだろうか?
「あ、僕は何かゾウさんを傷つけてしまったのでしょうか?それはごめんなさい」と謝ると、
「あなたは今わたしを何故傷つけたのか分かっていないのに口先でごめんなさいと言っただけですよね?それが誠意のある謝罪ですか?」
するとゾウは鼻の先から沢山のそれはそれは沢山の水を噴きださせました。
僕はここで嘆きの雨が止まない理由を今知ったような気がした。
でも、これ以上きっとゾウに何て言っても更に嘆きの雨が降り続けるだけだと思って、傘をゾウのそばに置いて、荷物をしっかり持って、逃げるように走り出した。
ゾウが降らせている嘆きの雨はどこまでも、どこまでも続いて前が見えないほどの大雨だった。
ゾウはきっと僕に出会う前も、きっとこれからも、誰かの心の嘆きの雨の話を聞いては、ゾウの方が可哀そうだと訴え続けるのだろう。
そう思うと違った意味でとても可哀そうだなと思うけど、僕はモヤモヤが苦しくて、ただただ、逃げ出したんだ。
僕が僕でいるために。
おしまい
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