第2話 冬の国でリスがくれたもの

旅を続ける僕はある日、自分の愚かさに気づいてしまった。




なぜ、僕はあの時もっと優しくしてあげられなかったのだろう。




それはとても寒い雪の積もった冬の国での出来事だった。




いつものようにテントを張って、焚火をしようにも吹雪が激しく火もろくにつきやしない。




そう困った僕は、持ち歩いていたはずのごはんの入った袋をどこかに飛ばされてしまったことに気づく余裕すらなかった。




このままでは・・・。




最期を迎えるのかとテントの中で凍えて眠りそうになった僕の頭を、ちょんちょんとつつく何かがいた。




寒さで幻覚でも見たのだろうと思ったが、僕の目には一匹のリスが映った。




リスは僕が寒い中で眠ってしまわないようにと、つついて起こしてくれたのだ。




「あの・・・こんなところで眠ってしまったら大変なことになっちゃうよ」




そう言われても、この吹雪の中、右も左も分からないのに、どうしろというのだと僕は少し不貞腐れた。




「僕はここに長く住んでいるからいい場所を教えてあげる」とリスは言った。




仕方ないのでテントをその場に置いたまま、荷物を持って・・・あ、荷物がない。




「どうしようごはんを入れた荷物がない」そう言うと、




リスは「この国は冬の国だけど雪の国じゃないから荷物はきっと小春日和の頃に見つかるよ。とりあえず僕についてきてよ」と僕を誘った。




真っ白な景色の中僕はリスに引っ張られながら進んでいった。




しばらく歩くと、吹雪も入り込まないちょっとしたほら穴に着いた。




これだけのほら穴なら焚火にも火がつくだろう。




幸いなことに、僕のポケットにはマッチがまだあった。




でも、枯れ木がないじゃないか・・・。




するとリスはほら穴の奥から少しずつ枯れ葉を持ってきてくれた。




小さなリスは何往復もしながら焚火ができるほどの枯れ葉を山積みにしてこう言った。




「これで焚火ができないかな?」




僕はマッチに火をつけて枯れ葉に火をつけた。




枯れ葉はよく火がついていつの間にか、ほら穴の中は暖かくなっていた。




リスも隣で一緒に暖まっている。




すると僕のお腹がグウゥゥと音を立てた。




ごはんの袋を落としてしまったことにはさっき気がついたばかり、




最後にごはんを食べてからだいぶ時間が経っている。




すると、リスは雪の中を走って行ってしまった。




「ああ、僕はひとりぼっちになってしまったな」




そう呟きながら焚火に手をかざしていた。




焚火の火はどんどん小さくなっていく。




お腹もすいているけどなんだか眠くなってきてしまった。




夢の中だろうか・・・僕はとても美味しそうな匂いを嗅いでいる。




カリカリカリカリという音も響いている。




どうやら朝が来たようで、吹雪もやんで白銀の景色が僕の目の前に広がっていた。




焚火は僕が眠っている間に枯れ葉や細い枯れ木が追加されて火は消えずにいたらしい。




そして焚火には沢山のどんぐりが投げ込まれていた。




「あ、目を覚ましたんだね・・・よく眠れたかな?」ほっぺたを膨らませたリスがほら穴に戻ってきた。




「うん、まぁ眠れたのかな」そっけない態度をなぜか取ってしまった・・・お腹が空いているからだろう。




「お腹が空いてるでしょ?どんぐりがそろそろ食べごろだと思うんだよね。食べてみてよ」とリスはぼっぺたを膨らませたまま言った。




どんぐりか・・・食べた事ないけどどんな味がするんだろう。




火の消えたあたりに転がるどんぐりを拾いそのまま食べてみた。




「熱い!硬い!」なんてものを食べさせるんだとちょっとむくれた。




「ああ、そうか君には僕のような歯はないんだよね・・・こっちに貸してみて」




どんぐりを渡すと器用に前歯で外側の皮を剥いで中身をくれた。




少しクセはあるけどあたたかくてホックリとしていた。




「昨日のうちにクルミも焼いて中身を出しておいたのがあるよ・・・それも食べてみてよ」と差し出されたクルミを口にする。




苦味はあるけどこれはとても栄養がありそうだ。




僕は無心にクルミと次々剥かれるどんぐりを食べた。




リスは隣で焚火の火を絶やさぬようにと枯れ葉を足しながら、どんぐりを剥いてくれていた。




夜になるとまた、吹雪が強くなりナッツと焚火だけではとても寒さをしのげそうになかった。




リスは毛皮を着ていていいなぁと思っていた。




さすがのリスでも毛布なんて見つけて来ないよなぁと欲を出していた。




「ねぇ、君はまだ寒いよね?どうしたら暖かくなれるかな?」そう僕に問いかけるリス。




「こんな場所で暖かくなんてきっとなれないよ」と返す僕。




「そっか・・・僕にもっといろいろしてあげられることがあるといいんだけど・・・」とリスは残念そうにしていた。




夜もリスは僕にどんぐりを剥いてくれて、クルミを焼いて中身を出してくれた。




僕はただただ、出されたものを食べて、絶えない焚火の火で暖まるしかなかった。




リスは夜ごと「ねぇ、君は今までどんなところにいたの?ここじゃない場所はどんなところなの?」と僕に尋ねた。




僕は満足に食事もとれず、寒くて「君にそんなこと話す理由が僕にはないよ」と冷たくあしらってしまった。




そんな日が何日も続いたある日、リスは突然ほら穴から居なくなってしまった。




焚火の火も消えそうになっている。




リスは一体どこにいったんだろう・・・焚火も消えそうだというのに・・・。




僕はふと、ほら穴の出口の方に行ってみた。




すると空は雪雲一つない晴天だった。




これが・・・小春日和・・・。




そうだ、小春日和になれば僕のなくした荷物が見つけられるかもしれない。




何日も外に出ていなかったけど、リスの足跡が雪には残っていた。




あてはリスの足跡しかないので仕方なく僕は足跡をおいかけて歩いてみた。




しばらく歩くと僕のテントが倒れてはいたけども壊れてはいないまま見つかった。




そこから四方八方にリスの足跡はついている。




どれを追いかけたらいいのやら・・・。




とりあえず、ひとつひとつおいかけてはテントに戻ってきてしまった。




最後のひとつの足跡を追いかけた先には、僕のなくした荷物と共に冷たくなっているリスがいた。




リスは小春日和に気づいていち早く僕の荷物を探しに来てくれていたんだ。




でも僕の荷物には毛布やごはんやいろんな道具が入っているから、リスの力では持ち上げることは出来なかっただろう。




少しだけ引っ張ったような前歯が荷物の取っ手に噛みついていた。




リスはほら穴に僕を誘ってから、僕が眠っていても焚火を絶やさずに枯れ葉や枯れ木を探してきては、僕の食べ物を口の中いっぱいに探してきて火に投げ込んで、僕が目覚めたらそれを食べやすいように剝いてくれた。




そうだ・・・リスはこの何日も僕のために寝ないで、いる場所と食事を用意してくれて、




更に僕が寒そうにしているから毛布を取りに来てくれたんだ。




僕は涙を流して冷たくなってしまったリスを持ち上げて言った。




「ごめんよ・・・僕は何で君のやさしさを当たり前だなんて感じてしまったのだろう。君の知りたかった僕の話を何でしてあげられなかったんだろう・・・君はこんなに僕に良くしてくれたのに」




リスは何にも答えなかった。




リスがくれたのはやさしさだけじゃない、安全な場所だけじゃない、クセのあるナッツだけじゃない・・・。




リスを失った僕がどれだけ愚かだったか、どれだけ酷い扱いをしてしまったか。




二度と取り戻すことのできない時間があるという事を教えてくれたのだ。




僕は小春日和のその日に手の平の上でリスを温めながら、僕の旅の話をした。




リスに届いていないかもしれない。




ただの自己満足かもしれない。




それでも、リスの夜ごとの僕への問いかけにちゃんと答えてあげるほかに僕に返せるものなんて何もなかった。




一通り僕の話をした後に、僕はほら穴に戻りすっかり火の消えた焚火の下に穴を掘りリスのお墓を作った。




すこしでも暖めてあげたいリスが僕に思ってくれたように、僕もリスを少しでも暖めてあげたかったのだ。




僕はそのリスのお墓の前で誓った・・・これからの旅も君に心の中で伝えながら、




いや、違うな・・・心の中の君と一緒に旅をしていこう。




そして、やさしくしてくれた人にも、困っている人にも僕は君のようにやさしくしてあげるよ。




涙はずっと枯れなかった。




最後に枯れ葉をほら穴の奥に探しに行ったけどもうここには枯れ葉も枯れ木もなかった。




リスはここ以外の場所からも枯れ葉や枯れ木を持ってきていたんだな。




本当に僕は愚かでリスに「ありがとう」の一言も言えなかったじゃないか。




僕は旅立ちの準備をしてほら穴を出た。




ふと、リスの気配がして振り返った。




リスはいなかった・・・お墓があるだけ。




そこに風に乗って枯れ葉たちが舞い込んできた。




枯れ葉たちを捕まえてあつめて僕はお墓に枯れ葉のお布団をかけて、




「本当にありがとう」と告げて涙をぬぐい、旅の続きに向かった。




絶対に忘れないよ・・・。




リスのおかげで僕は今も旅を続けていられることを。



おしまい

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