第9話 落涙




『あなたが元に戻ったら、義兄弟の契りを解消しよう』




 もう、義弟にもなれない。

 元の関係にも戻れない。

 慈愛に満ち溢れた方だ。

 こんな姿になった情けない俺を見限ったがゆえの、言葉ではない。

 そう、わかっているのに、


 嫌われた。

 かもしれない。


 粒ほどの小さな考えは、けれど、瞬く間に肥大化して、心身を蝕む。


 嫌われた。

 嫌われてしまった。


(早く、早く。大仙人の元へ。いや)


 ぽんぽんぽぽーん、ぴょんぴょんぴょんぴょん。

 ポメラニアンから蹴鞠と化してしまった黒龍は、飛び跳ねながら行先を変更。

 仙界樹へと向かったのであった。




 飲み干した薬は欠陥品だったのだろうか。

 それとも、ポメラニアンは声を出さない犬種だったのか。

 龍語、人語どころか、鳴き声すら発せないこの姿に苛立ちながらも、黒龍は仙界樹を見上げて、声ならぬ声で願いを発し続けた。


 どうか、どうか、こんな不良品ではなく、あの素晴らしい白龍と肩を並べられる黒龍を生まれさせてほしい。

 こんな、こんな、不良品は、早く。


(嫌だ。嫌だ。もう、)


 消えたくなどない。

 消えてしまいたい。

 あなたと肩を並べたい。

 あなたを、


(………どうしようもない。どうしようもないな、俺は)


 傷つけたくない。

 傷つけたい。

 鋭く硬いこの歯を鱗に噛み立て喰い込ませたい。

 鱗を喰い千切って、鱗に守られているやわらかな部分に直に触れてみたい。


(どうしようもないっ)


 ぼろぼろぼろぼろ。

 蹴鞠からポメラニアンへと戻った黒龍の目から、大粒の涙がいくつもいくつも零れ落ちた。






(………今、私が行っても。その涙を止められは、しない)


 黒龍を追って仙界樹まで辿り着いた白龍は今、人化した状態を保ったまま、歯を食いしばり、足を踏ん張らせた。

 黒龍の元へと駆け走らぬように。

 黒龍を抱きしめてしまわぬように。

 我慢して、我慢して、けれど、立ち去る事もできず、黒龍に見つからぬように黙って傍観し続けたのであった。












(2024.2.21)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る