第10話 頑張れ、私の心臓!(1)


 青年の名前は『フィン』。駆け出しの冒険者だ。剣を使うので『戦士』ファイターのようだが、理想と現実のギャップに気が付き始めたらしい。


 村から出て冒険者になれば、胸躍むねおどるような冒険の日々が待っている――そんな風に考えていたのだろう。当然、現実はそう上手うまくはいかない。


 今は『アイドネウス帝国』が管理している港町『ウルクス』を拠点きょてんに活動しているそうだ。しかし、彼の様子から、とても真面まともに活動が出来ているとは思えない。


 弱者が強者から搾取さくしゅされるのは、ことわりである。

 一方でライジェルはアイドネウス帝国の名前を聞くと、


「やはりな」


 とつぶやいた。帝国は人間族による選民思想の強い国だ。

 妖精は勿論もちろんのこと、他国の民も軽んじている。


 フィンたちも真面まともに冒険者をやっていれば、帝国の兵士と戦うことになるだろう。

 それくらい、各地で色々と暗躍あんやくしている国である。


 いずれ分かることなので――私もライジェルも――詳しくは説明しなかった。

 いまさら言われてもこまるだけだろうし、冒険者なら空気でさっして欲しい。


 この程度の情報収集が出来ないようでは、この先もやってはいけないだろう。

 私たちの方も簡単に自己紹介をする。


 その後、ライジェルはフィンに『聖水』の入ったビンいくつか渡した。

 瘴気しょうきの毒におかされた身体からだ浄化じょうかすることが可能だという。


 私が知っているかぎり――普通の聖水に――そこまでの効果はない。

 浄化能力はあるが、気休め程度のモノだ。


 少なくとも瘴気しょうきの毒におかされたのであれば、治療には時間を要する。

 早めに入院するのが一番確実だろう。


 冒険者ギルドの治療施設か神殿の治療院がおすすめだ。瘴気しょうきおかされた人間を治療できる程の聖水なら、それを所持しているライジェルはかなり高位の神官といえる。


 聖水を生成したのが、ライジェルという事になるからだ。

 ただの僧侶プリ―ストではない。


(まあ、最初から分かってはいたけれど……)


 取りえず――といった様子で、フィンには仲間の治療に必要な分を渡し、


「後で港町へ治療に行くから、犯罪に手を染めないように」


 とライジェルは忠告していた。

 他の冒険者たちにも伝えるように言いふくめる。


 聖水の効果が本物なら、他の冒険者たちもフィンの言葉を信じるだろう。

 本来なら知っているべき事なのだが、アイドネウス帝国において冒険者はめずらしい。


 その思想から、戦火の絶えない国だ。

 孤児こじも多く、そのほとんどは軍人になる。


 そんな軍による監視の目がきびしいため、冒険者が好き勝手に行動できる国ではない。


 正直、帝国のさそい乗るような冒険者は、だまされているか、余程お金に困っている連中だ。


 現在、魔王大陸インサニタスには6つの港町が存在する。

 そのいずれも、まだ出来たばかりだ。


 都市の機能に、それほど違いはない。

 冒険者はいずれかの港町を拠点きょてんに、冒険を始めることになるだろう。


 多国間条約において、魔王大陸インサニタス自体は世界のどの国の領土にも属さない唯一の大陸だ。各国がそれぞれに港町を管理し、資源のうばい合いを行っている状況といえる。


 本来、冒険者はギルドに許可きょかをもらい、国から実力を認められた者でなければ、魔王大陸インサニタスわたることは出来ないハズだ。


 魔王が倒され、一刻いっとき安寧あんねいを得たからといって、のこのこと魔王大陸インサニタスへ行くような連中は、自殺をしに行くのと変らない。


 まだまだ危険も多く、未知の領域である。ギルドとしては――まず、フィンのような駆け出しの冒険者に――許可は出さないだろう。


 ここ魔王大陸インサニタスでは実力のない冒険者など、すぐに死んでしまう。


(それだけなら、いいのだけれど……)


 死体はアンデッドとなって徘徊はいかいし、人々へ瘴気しょうきの毒を伝染させる。

 また、食糧や薬なのどの物資も限られている。


 そんな場所へ未熟な冒険者が雪崩なだめば、奪い合いになることは必須だ。

 結果、物価が高騰こうとうすることは目に見えている。


 各国が管理する港町は混乱するだろう。

 恐らくは――帝国がそうなるように――故意こいに連れてきた冒険者と見ていい。


 帝国の主力は軍人である。魔王大陸インサニタスの調査に冒険者など必要はない。

 むしろ、怪我人や行方不明者が出るので足手纏あしでまといだ。


 しかし、それこそが帝国のねらいなのだろう。

 冒険者の基本は助け合いである。


 義務ではないが、負傷者を見付けたのなら救助をするのが暗黙のルールだ。

 また、アンデッド化したのなら、優先して駆除くじょしなければならない。


 そんな時、役に立つのは『僧侶』プリースト職能クラスを持つ冒険者なのだが、魔王大陸インサニタスでは数が限られている。


 通常、僧侶は神殿や教会に所属する。

 そのため――信仰している神にもるが――まず土地から離れることはない。


 回復が主な仕事なので、階級ランクもそれほど高くはないのが通例だ。

 ただでさえ、数の少ない僧侶が被害者の治療に掛かり切りになる。


 そうなれば、冒険者が長期の探索に出るのはむずかしくなるだろう。

 回復要員が不在の状態で、大陸の奥地へみ込むなど、愚策ぐさくでしかない。


 結果、アイドネウス帝国が、どの国よりもさきんじて『魔王大陸インサニタスの探索を行える』というワケだ。


如何いかにも、帝国が考えそうなことよね……)

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