第9話 突然の襲撃者(3)


 はぁ――とライジェルは溜息ためいきいた。

 その後、かまえていた杖を降ろす。


 どうやら、戦う気がなくなったようだ。

 『戦うにあたいしない』と言った方が正しいかもしれない。


 また、ライジェルなりの探索方法があるのだろう。

 周囲に『青年の仲間はひそんでいない』と判断したようだ。


 私にも魔法をめるように手で合図をする。

 戸惑とまどったのは青年の方で――こちらに向けていた――剣先をにぶらす。


 いいえ、鬼気ききせまるモノはあったけれど、最初から覚悟が足りていなかった。


(これじゃあ、どちらが襲撃者なのか分からないよ……)


「取りえず、剣を仕舞しまえ……」


 そうすれば、身体からだ瘴気しょうき浄化じょうかしてやる――とライジェル。

 青年がまだ戸惑っているようなので、


「大方、一獲いっかく千金せんきんねらって魔王大陸インサニタスへ来たがパーティーが全滅した……」


 そんなところか――と告げる。

 青年へ言ったというよりも、私にも分かるように説明してくれたのだろう。


 よくある話なのか、ライジェルは平然とした様子で、私の右耳から首の辺りを優しくでる。リラックスする魔法を掛けてくれたようだ。


 魔力暴走で倒れていたので、気が付かない内に精神力を消耗していたらしい。

 身体からだが楽になるのを感じる。ただ――


くすぐったい……)


 別に他意はないのだろう。

 でも、このさわり方は、まるで私を小動物かなにかと勘違いしているかのようだ。


(まあ、気持ちいいので続けてもらっても構わないのだけれど……)


 青年の方は気力だけで動いていたのだろう。

 すでに体力は限界だったようだ。


 自分の置かれた状況を見透みすかされ、勝てないとさとった瞬間――心がれたのか――その場で両膝りょうひざくと剣を落とした。


 ライジェルは私から手を離すと、青年のもとへと歩き、杖をかざす。

 浄化じょうかの光がキラキラと輝き、青年を包み込んだ。


 青年の顔色は見る見るうちに回復していく。

 正直、今まではアンデッドのように血色の悪い顔をしていた。


 だが、すっかり元に戻ったようだ。

 かはっ!――と息をすると、青年は前のめりに倒れる。


 両膝りょうひざだけではなく、今度は両手を地面に突くと、四つんいの姿勢になった。

 別にライジェルが攻撃をしたワケではない。


 どう呼吸をしていたのか、それさえも忘れていたのだろう。

 瘴気しょうきの毒とはそういうモノだ。


 思考能力を奪い、凶暴化させる。

 えとかわきを与え、正常な判断が出来なくなるのだ。


 ハァハァ――と息を荒げて、青年は呼吸を整える。

 まるで今までは、水底にでもしずんでいたかのような反応だ。


 悪いなにかに取りかれていたのだろうか?

 青年の様子を見ていると、


(実際、そうなのかもしれない……)


 そんな風に思ってしまう。目は相変わらず、焦点しょうてんが定まっていないようだ。

 回復するには、もう少し時間が掛るだろう。


「妖精狩りをすれば『お金が手に入る』と思ったんだろうさ」


 仲間の治療費といったところか――そう言って、ライジェルは私へと近づく。

 杖をかざすとパウンドケーキにかけた防御魔法を解除してくれた。


(ヤッター! これで食べられる♪)


 私はスプーンでパウンドケーキをすくうと、最初の一口をライジェルに「はい、あーん♡」した。


「ちょっと、甘いかもしれないど……」


 熱いから気を付けてね♪――と言うと、彼はパクリと躊躇ためらうことなく咀嚼そしゃくする。

 見た目は大人っぽいけど、食べている時は男の子といった感じだ。


 大した事ではないのだろうが、私は感動する。

 一方でライジェルの方は、想像した味と違ったのだろう。


 また、フワフワな食感にもおどろいたに違いない。

 砂糖が少なかったので――


(甘さが足りなかったかもしれない……)


 と思っていた私だが、男性である彼には丁度良かったようだ。


美味おいしいな」


 と一言。焼きたてのお菓子を食べたことで、新しい扉が開けたのだろう。


(成功のようね♪)


 ムフフッ♡――と私は微笑ほほえむと、自分でも一口食べる。

 しっとりとは違ったフワフワな食感。


 『っぺたが落ちる』とまでは言わないが、思わずニヤニヤとしてしまう。

 ライジェルも気に入ったようで「もう一口くれ」と指で合図をされた。


 私は「はい、あーん♡」とパウンドケーキを差し出す。

 底の方には野苺のジャムがいてあるので、苺の味が濃厚なのだ。


 今回はその部分をすくって、彼の口へと運んだ。

 ライジェルは一口で頬張ほおばった後、もう一口食べたかったのか、私を一瞥いちべつした。


 だが、四つんいになっていた青年の方へと向き直る。

 どうやら呼吸も整ったようで、だいぶ楽になったみたいだ。


 私はパクリとパウンドケーキを頬張ほおばりながら、


(ライジェルを餌付えづけしてみたかったのに……)


 そんな事を考えていた。一方で彼は青年に向かって、


「『妖精狩り』はめておけ……」


 割に合わないぞ――と告げる。

 そして、愚痴ぐちでもこぼすかのように、


「どうせ、誰かに吹き込まれ、その気になっただけだろう」


 そう言って、肩をすくめた。

 『呆れている』といった様子だったが、青年に対してではないようだ。


 もっと、別の相手に対してらしい。

 恐らくはたような目にあっている人間を多く見てきたのだろう。


 私は興味がいた。


「ねぇねぇ」


 と私はライジェルのそでを――クイクイッ――と引っ張る。そして、


「妖精狩りに会ったことがあるの?」


 首をかしげ、質問をした。

 出来るだけ、可愛く見える角度を意識する。


 年齢を気にしたら負けだが、エルフなのでセーフだろう。


「以前、組織を壊滅させたことがある」


 とライジェルは語った。


(どうしよう……)


 思っていたよりも壮大そうだいな話かもしれない。

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