第8話 突然の襲撃者(2)


 私は「そろそろかしら♪」そう言って、かまどからパウンドケーキを取り出す。

 ふわっとした甘い香りが私を包み、鼻孔びこうをくすぐる。


(うん! 美味おいしそう……)


 野苺のいちごが乗っているため、見た目も可愛く出来ている。

 しかし、焼き上がりの直後に食べるのは×ダメだ。


(でも、食べちゃうけどね♪)


 それは作った者にのみ、許された特権である。

 今日を頑張がんばり始めた者にのみ『明日が来る』とも聞く。


 まあ、実際は『形がくずれる』のと『水分が飛ぶ』という理由から、冷めるまで型から外さない方がいいだろう。


 確かに――焼き上がったばかりの温かいパウンドケーキを見ていると――つい型から外して、すぐに食べたくなってしまう。


(これはこれで、甘くて美味おいしいのだ♡)


 けれど、焼き上がり直後のパウンドケーキはフワフワとしていて、生地きじ馴染なじんでいない状態だ。また、水蒸気となって水分が飛ぶとパサパサの原因にもなる。


 熱をきちんと取って冷ます事で、生地きじも段々と馴染なじむ。

 なので――常温で10分から20分は――放置するのがいいだろう。


 それだけでパウンドケーキならではの、しっとりとした食感に変わるのだ。

 ベストな食べ頃は、焼き上がり直後よりも、数日置いた状態である。


 そもそも、日持ちのするお菓子だ。

 常温で保存した場合、1週間は美味しく食べられるだろう。


 だが、パサパサになったり、生地きじが傷み始めたりした場合は要注意である。

 普通は切って、小分けにするのだろうけど、その場合は断面から乾燥しやすい。


 美味おいしく食べるには、水分を逃がさない事が重要になってくる。

 粗熱あらねつを取った後、葉や紙で包み、保存魔法を掛けておくといい。


 食べ頃の目安はパウンドケーキに入っている食材や保存方法などで変わってくるので、素材の違いをしっかりと把握はあくしておくのもポイントである。


 まあ、今はお腹も減っているし――


(すぐに食べちゃうけどね☆)


 焼きたてを頬張ほおばる! 何度なんども言うが、これぞ作った者の特権である。

 私がウキウキしていると、


「どうやら、余計なやからが来てしまったようですね」


 そう言って、ライジェルは立ち上がると、私をかばうように背を向けた。

 いったい、なにが来たのだろう?


(いいえ、考えるまでもないか……)


 ライジェルは魔物けに結界を張ってくれていた。

 つまり、魔物モンスターは近づいてこない。


 よって、それ以外のモノが来たのだ。

 そう、人間である。


 ライジェルは素早く、防御魔法を展開した。

 これでパウンドケーキも安心だ。


(でも、すぐには食べられなくなってしまった……)


 しゅんとする私に対して、


「そこは今、心配する所ではないと思いますよ」


 とライジェル。はて? 声には出してはいないのだが――


表情かおに出ていたのだろうか?)


 また、続けて、


「出来れば、ケーキではなく……」


 杖を持って欲しいのですが――と彼はつぶやく。

 確かに、その通りだ。パウンドケーキをかかえている場合ではない。


 戦わなければ、パウンドケーキは守れないのだ。

 私はパウンドケーキを小脇こわきに抱え、小型の魔法杖ステッキを構える。


 ライジェルはまだなにか言いたそうにしていたけれど、肩をすくめた。

 なにかをあきらめたようにも見える。


 確かに、焼き立てを食べられないのは残念だ。でも――


(任せて、パウンドケーキは守ってみせる!)


 フンス!――と意気込む私。対して、ライジェルは冷静だ。

 余程、自分の魔法に自信があるのだろうか?


 人間はそれほど、信仰心が高くはない。

 戦闘職としての『僧侶』を選ぶ者は少なく、それほど有能ではないハズだ。


 ただ、魔力暴走を引き起こしていた私を、彼は助けてくれた。

 知識もそうだが、並みの『僧侶』だと思わない方がいいのかもしれない。


 ライジェルは視線を動かし、周囲を確認した後、


「そこに隠れているのは分かっています。姿を見せてください」


 と声を上げる。そして、ワザと相手に聞こえるように、


「あの木の周辺を魔法で焼き払ってもらって、いいですか?」


 結界魔法で閉じ込めて、煙で窒息ちっそくさせます――と私に伝える。

 そのくらい余裕なのだけれど、本当にったらダメなヤツだよね? 私は、


「任せて!」


 と声を上げる。実際、木と一緒に焼き払った方が早い。

 私がゆっくりと魔力を杖に込めると、


「ま、待ってくれ!」


 そう言って、1人の青年が姿を現わす。

 ボロボロの外套マントで顔色も悪い。


 足を引きっているようなので、怪我けがをしているのだろうか?

 まるで仲間に置いていかれた冒険者みたいだ。


(いいえ、実際そうなのかも……)


 ライジェルは「仕方がない」といった様子で溜息ためいきくと、


「命がしかったら、女と金目の物を置いていけ!」


 そう言い放つ。まるで追いぎだ。

 むしろ、ライジェルになら――


(私はつかまってもいい♡)


 いやいや、そうじゃない。これは時間かせぎだ。

 一人をおとりにして『仲間を回り込ませる』というのは常套じょうとう手段である。


 しかし、ライジェルも人が悪い。

 野盗やとうのモノ真似まねも、なかなかにどうに入っている。


 目がわった彼の横顔に、私はゾクゾクしてしまう。


「そ、それはこっちの台詞セリフだ!」


 と青年。剣を抜き、こちらへと向けた。

 決してれ味がいいとは言えない刃。


 多分だが、ライジェルの防御魔法は貫通できないだろう。

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