第7話 突然の襲撃者(1)


 彼の名前は『ライジェル』というらしい。ブラック企業(?)という所につとめていたらしいのだけれど『不当に解雇かいこされてしまった』という話だ。


 よく分からない単語が出てきたのだけれど、持っていた卵を私にくれるという。


(いい人だ。信じよう!)


 私が卵の入ったかごを持ち上げ、クルクルと回っていると、


「それでよく、今まで『妖精狩り』につかまらなかったな……」


 いや、つかまりませんでしたね。不思議です――とライジェルは言い直した。

 微笑ほほえむ彼の表情に誤魔化ごまかされそうになる。


 小馬鹿にされたような気もするけれど、ちょっとだけの表情が見えたのは、なんだか嬉しい。ライジェルとの距離がちぢまった気がするのだけれど――


あきれただけかも?)


 と考えると、落ち込みそうになる。

 うんん、今はあまり深く考えないようにしよう。


 それよりも折角せっかく、卵が手に入ったのだ。

 調理開始である。私は、


「お礼をするから待っていてね♪」


 ライジェルへげると、手早く調理を開始した。

 作るのは勿論もちろん『パウンドケーキ』である。シミュレーションはバッチリだ!


 本当は手間を掛けたい所だけれど――魔物モンスター徘徊はいかいする――こんな場所で、のんびり料理をするワケにもいかない。


(まあ、ライジェルが結界を張ってくれているので安心だけれど……)


 材料の計量を終えるとボウルに移し、手早くき混ぜる。

 風魔法を使いつつ、土魔法でかまどを作製。


 それから魔法で火を入れて、先にかまどの温度を上げておく。

 私の手際てぎわの良さにおどろいたらしく、ライジェルは、


「へぇ」


 と素直に感嘆かんたんの声をらした。

 なんだか気分がいい。ここはもっと、いい所を見せたい。


 つい私は張り切ってしまう。けれど、決して手は抜かない。

 まずはメレンゲと生地きじを混ぜつつ、天板をかまどへ入れ、先に温めておく。


 何事なにごとも準備が大切である。予熱しないで焼き始めると、天板に触れている部分の温度が低くなり、生焼けや焼きムラの原因になってしまう。


 特にパンやケーキを焼く際、予熱は必須ひっすだ。

 パウンドケーキのトレイに『野苺のジャム』をき、生地きじを流し込む。


 真ん中をへこませて、なだらかな谷を作ると、ジャムから取り分けておいた野苺のつぶをトッピングする。これで焼き上がりの見た目も可愛くなるだろう。


 また水魔法でらしたタオルを準備する。

 かまどの下の段に入れるためだ。


 こうすることでし焼きになり――材料がくずれず、形を保ったまま――ふっくらと仕上がる。


 乾燥を防いでくれるので、香ばしいパンが好きな場合は必要ないだろう。

 天板も温まり、温度のムラもなくなった。


 後はかまどにパウンドケーキの生地が入ったトレイを入れ、焼き上がりを待つだけだ。

 ライジェルは、


「そこまで魔法を料理に応用する方を初めて見ました」


 素晴らしいです――と私をめてくれる。

 先程とは違い、素直に感心しているようだった。


 魔結晶を原動力エネルギーに使用する『魔道具』はあるが、せいぜい火をけるのに使用するくらいだろう。


 長年の勘と経験がモノを言うので、魔法を使った調理方法は長命種であるエルフだけの文化かもしれない。


「30分程待てば、焼き上がるわ♡」


 と私は可愛くポーズを取る。

 さて、ここからはライジェルとの談笑タイムだ。


 早速、私の魅力をアピール……じゃなかった――


(まずは彼の旅の目的を聞こう!)


 神官が1人で魔物モンスターの出現する森に来るなど自殺行為である。

 余程の覚悟か、自信があるのだろう。


 通常、神官や僧侶はただの回復役である。

 魔物モンスターを相手に出来る程の攻撃手段はない。


 あわよくば、そこに私が付け入るすきがあるだろう。

 自分から申し出てもいいのだが、やはり男性から誘って欲しい。


(旅の仲間にしてくれないかな?)


 そんな私の思惑など知らずに、ライジェルは淡々たんたんと会話を進める。

 どうやら彼は『青い森』を抜けて、奥の集落へ行く予定らしい。


 その前に――森にある――洞窟ダンジョンへとるそうだ。

 魔王の遺産について調べているのが目的だと語る。


 当面は洞窟や迷宮、遺跡などをめぐる予定だ――と教えてくれた。

 如何いかにも冒険者といった目的だ。


 特におかしな点はない。

 むしろ、毒や食材、料理を求めて旅をしている私の方が変である。


 けれどライジェルは、そんな私の話を聞いても、


「いいんじゃないですか?」


 冒険者は本来、自由なモノです――と言ってくれた。

 今までは否定ばかりされてきたためか、嬉しくなり、


「そうよね!」


 そう言って、私は彼に詰めった。

 本来はこんな事などするような性格ではないのだけれど――


(うっ、ライジェルの顔が近い……)


 私はずかしくなり、顔がになってしまう。

 どうも、彼と話していると調子がくるうようだ。


 みょうに力が入るというか、夢中になるというか――


ひさし振りに人と会話したからかも?)


 その後、彼の好きな食べ物を聞いて、


「今度、作ってあげるわ♪」


 と約束をする。ただ、材料が無い。

 魔王大陸インサニタスで作るのは難しいだろう。


 大陸に6つある港街を回るのが、もっとも確実なのだが――


(それでも、手に入るとは限らないか……)


 少し残念である。

 しゅんと落ち込んでいたようで、ライジェルは、そんな私を見兼みかねたのか、


「無理はしなくていいよ。シャウラが作ってくれたモノなら――」


 全部、美味しそうだ――と言ってくれた。

 いちいち優しくしてくれるので、勘違いしそうになってしまう。

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