第5話 これが『恋に落ちる』ということ?(1)


「大丈夫ですか?」


 身体からだの不調がスッと消えるのと同時に、男性の声が聞こえた。

 優しそうな声音だ。不覚にも私は安心してしまう。


 他人ひとに心配されたのは、随分ずいぶんと久し振りな気がする。


「良かった。気が付いて」


 目の前の青年はホッとした表情をすると、


「失礼しますね」


 そう言って、私をきかかえた。

 力強くかたい腕が、私の背中と膝裏ひざうらを支える。


 妖精エルフの見た目は人間リーンに近いのだけれど、美しい外見を持つ者が多い。

 長命で知恵があり、信仰にあつく、身軽なことが特徴としてげられる。


 そんな妖精エルフだけあって、私の体格は華奢きゃしゃな方だ。


(幼いとも言えるのだけれど……)


 持ち上げるのに、成人男性であれば然程さほど、力は必要ないのだろう。

 それよりも――


(これって『お姫様抱っこブライダルキャリー』というヤツでは……)


 結婚式で見たことがある。新郎が花嫁を抱きかかえて運ぶのだ。

 ドキドキする私に対し、彼は冷静で随分ずいぶん手慣てなれている様子だった。


 しっかりとした足取りで、布越しに感じる胸板はそれなりに厚い。

 不意に異性というモノを意識してしまう。


 私も彼の肩に手をかけ――


(抱きつくような姿勢をとった方がいいのだろうか?)


 と考えてしまった。いやいや、これはそういう意味の抱き方ではない。

 まで、彼は私を運ぶのが目的だ。


 そもそも、身体からだに力が入らないため、自由に動かない。

 わずかに動かせる首を使って見上げると、彼の横顔が見えた。


 せているのとは違うようだ。

 面長の顔にスッキリとしたあご輪郭ライン


 立体的でバランスの取れたパーツに高めの鼻。

 大人びたエレガントな印象を受ける。


 白いころもまとっているので、神官だろうか?


(いいえ、魔王大陸インサニタスには、まだ神殿はないハズ……)


 ったとしても、邪教と呼ばれる者たちが集まる神殿あとだ。

 何処どこかの国の貴族と一緒に渡ってきた冒険者――


(そう考えた方が、いいかもしれない……)


 世の中には『妖精狩り』を生業なりわいにする人間もいる。

 本来なら警戒けいかいするべき相手なのだけれど――


(それなら、私を助けたりはしないハズよね?)


 今頃、簀巻すまきにされていても、おかしくはない。

 ならば、神殿づとめのエリート神官が『左遷させんされてきた』と考えるのが妥当だとうだ。


 冒険者の野良僧侶が高位神官のフリをしている可能性もあったが、それにしては身形みなりも整っている。言葉使いも丁寧ていねいであり、口調も優しい。


 髪の毛や爪の状態を見ても、育ちや栄養状態がいいのが分かる。

 清潔感があって、こまやかな気配りが出来る人物なのだろう。


 冒険者だと考えるには違和感が多い。

 恐らくは貴族連中にも重宝ちょうほうされている。


 いいえ、もしかすると、人間の貴族なのかもしれない。


(身分をいつわっている?)


 私の中で様々な憶測が飛び交う。

 魔物モンスター跋扈ばっこする魔王大陸インサニタスにおいて、回復要員は貴重だ。


 僧侶であれば、冒険者であっても待遇はいい。


(きっと、高貴な身分を隠して、冒険者をしているのね!)


 私は勝手に結論付ける。


「取りえず、結界を張ったから、少し休むといい」


 そう言って、彼は大きな木が背凭せもたれになるように私を座らせた。

 木漏こもれ日が心地ここちい。


 どうやら、瘴気しょうきの少ない場所へと私を運んでくれたらしい。

 毒耐性を持つ私は瘴気しょうきの毒にも強いのだけれど――


(今は黙っておこう……)


 彼は「少し待っていてください」そう言うと、また何処どこかに行ってしまう。

 一緒に来ている仲間のもとへ戻ったのかと思ったけれど、違うようだ。


 どうやら、私の荷物を取りに行ってくれたらしい。

 背嚢リュックには調味料や調理器具が一式入っている。


 なかなか他人には理解されないが、私にとっては大切な物だ。

 かなり重たいハズだが、彼は丁寧ていねいに地面へと降ろしてくれた。


 モノを大事にあつかう人は、人も大事にすると聞いたことがある。

 荒くれ者の冒険者には珍しい性格タイプだ。


 やはり、育ちがいいのだろう。貴族のの神官だろうか?

 はくをつけるために魔王大陸インサニタスへ来た――と考えるのが妥当なようだ。


 神殿に引きもりの神官よりも「魔王大陸インサニタスを旅したことがあります」となれば『人々の見る目を変わる』だろう。


 彼の容姿と合わされば、ご婦人方などメロメロである。

 社交の場での会話にも事欠かない。


 それだけ、今の魔王大陸インサニタスは貴族連中からも注目されている。


「大丈夫ですか?」


 と彼。「おかしいな……」と言って首をひねる。

 私としては――だいぶ楽にはなったが――まだ少しボーッとする。


 いいえ、意識と身体からだが分離しているような、おかしな感覚だ。

 私は無意識に、考え事をしている彼をぼんやりとながめていた。


 真剣な男性の表情には、ときめくモノがある。


「やはり、これか?」


 そう言って、彼は手に持った葉っぱを観察し始めた。

 私が調理に使った植物の葉だ。複数の種類がある。


 『青い森』と呼ばれるだけあって、この森の植物の葉はさおだ。

 通常の人間であれば、気味悪がってさわろうとすらしないだろう。


「なるほど」


 と彼は一言つぶやくと、私の正面に立つ。

 なぞけたらしい。


 それから、ひざいたかと思うと、


「直接、れますね」


 私がコクリとうなずくと、彼の手が優しく私のほほに触れた。


(大きくてあたたかな手だな……)


 などと考えていると――突如とつじょとして――意識がハッキリする。

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