第1章 聖人との出会い

第3話 もう、ダメかもしれない(1)


(もう、ダメかもしれない……)


 私の名前は『シャウラ』。

 何処どこにでも居る普通の野良妖精エルフである。


 他の妖精エルフと違うのは毒耐性がある事くらいだ。

 よって、大抵の物は食べても大丈夫なハズだったのだけれど――


(ううっ、気持ち悪い……)


 かつてはやされた――剣と魔法による――冒険者の時代は終わりを告げようとしていた。


 急速な錬金術テクノロジーの発展により、世界は変わろうとしている。

 私のような冒険者の一個人では、その流れは最早もはやめることは出来ない。


 人間の大陸では魔力を原動力エネルギーとした魔導機関に変わり、蒸気機関が主流になりつつある。


 魔力を得意としない者でも、魔法使い並みの仕事が出来るというのだから、重宝されるワケだ。


 しかし、それは高い魔力を有していた貴族たちの失墜しっついも、同時に意味している。

 魔王の滅びは、文明の過渡期かとき象徴しょうちょうしていたのだろうか?


 妖精エルフである私には『人間はもっと恐ろしい怪物を造り出そうとしている』そう思えてならない。


 人々の暮らしは少しずつ便利に、豊かになっていったようだけれど、長命種エルフである私には、その変化は合わないようだ。


 まだ冒険者が必要されている、人類未踏の地『魔王大陸インサニタス』まで来たのはいいのだけれど――


(私の命は最早もはや風前ふうぜん灯火ともしびである……)


 先程、食べた植物が良くなかったようね。

 大抵の毒なら平気なのだけれど、流石さすがは『魔王大陸インサニタス』。


 通常の植物よりも毒性が強いようだ。

 私はここ『青の森』で死に絶えてしまうらしい。


 思えば短い人生だった。

 いえ、他の種族から比べると十分に長いのかもしれないけれど――


(まさか最後に食べたのが、毒草だったとは……)


 せめて普通のパンが食べたかった。

 ガクッ!――おっと、そういえば『野苺のいちごのジャム』がまだ残っていた気がする。


 甘い物は貴重なので、大事にとっておいたのだけれど――


(こんな事になるのなら、食べておけば良かった……)


 焼きたてのパンにってもいいのだけれど、今はお菓子が食べたい。

 パウンドケーキに混ぜる――というのはどうだろうか?


 手軽で美味しい定番のお菓子だ。

 ボウルに材料を入れ、混ぜて焼くだけのシンプルなケーキ。


 ただ、手順や混ぜ方が少し変わるだけで、味も食感もガラリと変わってしまう。

 シンプルだけれど、奥深いお菓子でもある。


 余裕があるのなら、スコーンという手もある。

 外はサクサク、中はホロホロ、そして「ふわっ!」。


 紅茶と一緒に『野苺のいちごのジャム』を使ったスコーンもいい。


(いいのだけれど……)


 納得のいく、こだわりのスコーンをこの森で作るのは少しむずかしい。

 オーブンもれたモノが必要だ。


 それに今はお菓子が食べたい気分である。

 であるのなら、クッキーりのスコーンを所望する。


 なら、クッキーでもいいのではないか?――という意見もあるだろう。

 けれど、お腹もいている。


 そのため、ボリューム感のあるスコーンというワケだ。

 ちょっと優雅ゆうがにティータイム。


 蜂蜜はちみつやクロテッドクリームをえて紅茶と一緒に――


(ああ、想像したら、余計に食べたくなってしまった……)


 けれど無理ね。スコーンを美味しく食べるには環境も大切だ。

 周囲の植物はさおで、異様な不気味さがただよっている。


(こんな場所で食べるのは、スコーンに失礼よね……)


 以上の観点からスコーンはあきらめるとして、最初の候補としてげた「パウンドケーキがいい!」という結論に戻ってくる。


 この場合、サクサクの食感を求めるのは間違っているだろう。

 目指すのは口溶くちどけが良く、しっとりした食感のパウンドケーキだ。


 贅沢ぜいたくは言わないので、誰か『卵』を恵んでくれないかしら?

 もし、そんな人がいたら『聖人』としてあがめてしまうかもしれない。


(一生ついて行っちゃうかも……)

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