第2話 聖人追放(2)


 流石さすがに教えておかないと、部下が全滅する可能性が出てきた。

 俺が「どういさめようか?」となやんでいると、メドゥサは、


「そもそも、私はリードしてくれるような男性がこのみなの!」


 優柔不断は嫌いよ――と、よく分からない事を言い出す。

 知能の低い相手に言葉を伝えるのは、なかなかにむずかしい。


 『魔王大陸インサニタス』へ渡るため、必要以上に戦闘能力をきたえた所為せいで、おつむが残念なようだ。


 彼女にも分かるように言葉を選んでいた俺の様子を見て、メドゥサは勘違いしたらしく、


「それに、お金に細かい!」


 買い物くらい、自由にさせなさい!――と言い出す始末だ。

 メドゥサの自由にさせると、すぐに資金がなくなってしまう。


 だからこそ、財布のひもはキチンとしばっておく必要がある。

 限られた予算の中で、計算して使うように考えて欲しかったのだが――


(完全に無駄ムダづかいを覚えたらしい……)


 ゴルゴーン王国の財政は、決してゆたかとは言えない。

 王族が無駄遣いをしていれば、国民が反乱を起こす原因につながる。


 少なくとも大国は領土拡大を狙っているハズだ。

 内乱を誘発ゆうはつされ、大国に付け入るすきを与えるだけである。


 それなのに、何故なぜか勝ちほこったように口のはしをニンマリとり上げるメドゥサ。

 どうやら、俺は「ケチだ」と思われていたようだ。


(そもそも、お金をかせぐために『開拓団』へ参加しているのだが……)


 小国の出である俺たちは財宝を見つけるなり、武勲ぶくんを立てて大国に取り入るなりする必要がある。今のメドゥサは、その目的すら忘れてしまったらしい。


 剣と魔法を教え、魔物モンスター退治も手伝い『姫騎士』と呼ばれるまでに育てた。

 折角せっかく、国王に口添くちぞえをして『勇者』という肩書を与えたのだが――


(その所為せいで周りからチヤホヤされるようになってしまった……)


 結果、すっかり自分本位になったようだ。

 これは俺の所為せいというよりも環境の所為せいだろう。


 彼女も犠牲者ぎせいしゃといえる。


「それに一緒に笑ってもくれない!」


 そう言って、メドゥサはほほふくららませた。

 まるで子供のようだ。


 今はお互いに聖人と王女という立場である。

 あまり仲良くしていては、らぬ勘繰かんぐりをする人物も出てくるだろう。


 昔は遊び相手になった事もあるのだが――


(その時のことを言っているのだろうか?)


 今はお互いに立場というモノもあるので、昔のように無邪気に話したりは出来ない。『開拓団』に参加している内は尚更なおさらである。


 今のメドゥサは国の顔だ。りんとして強いイメージが必要になる。

 人前で楽しく会話するワケにもいかないだろう。


「そもそも、尊敬そんけいできる所がないのよ!」


 刺激しげきりないわ!――そう言って、メドゥサに「フンッ!」とそっぽを向かれてしまった。これはもう、言い掛かりではないだろうか?


 『不死身のゴルゴーン騎士団』と他国に恐れられているのは、俺が復活させているからなのだが――


(これはもう、アレだな……)


 多分、こういうイベントなのだろう。外交も兼ね、他国との人脈作りにいそしんでいる間に、メドゥサはすっかり変わってしまったようだ。


 取り巻きのイケメンたち――騎士、魔術師、ダークエルフ、修道僧――は、まるで『ったり』といった表情をしている。


 いや、俺が出て行くと――


(たぶん国王に怒られるのは、お前たちなのだが……)


 騎士のボンボンは家から除籍じょせきされるだろう。

 少なくとも、騎士たちの治療は俺が行っていた。


 俺が『開拓団』へ参加することを最後まで反対していたのが、国の騎士団だ。


(少なくとも、これで不死身ではなくなったな……)


 また、魔術師は投獄とうごくだろう。

 下手に罪を着せ、国外へ逃亡されると、他国に魔法が渡ってしまう危険がある。


 それが嫌ならかせを付け、研究所で一生、飼い殺しだ。

 俺が所属する神殿と魔術教会は仲が悪い。


(神殿側からすると『格好の餌食えじき』といった所だろうか?)


 ダークエルフの集落は取りつぶしだろう。

 弓の名手ではあったが、自尊心プライドが高いのであつかにくい。


 妖精狩りの連中からゴルゴーン王国が保護してやっているのだが、その恩をあだで返したことになる。


 王女に取り入って、地位を盤石ばんじゃくにしたかったのだろうが――


(残念ながら、それは悪手だ……)


 修道僧は破門だな。恐らく、俺がなくなれば『後釜あとがまに座れる』と思っているのだろうが、所詮は脳筋である。


 事後処置ダメージコントロールとか、絶対に考えていない。


(この国はもう終わりだな……)


「分かりました……」


 俺はメドゥサに告げると、木造の小屋を後にする。

 窓帷カーテン誤魔化ごまかしてはいても、所詮しょせんて小屋だ。


 勇者という肩書はあっても『開拓団』の一員にすぎない。


「えっ⁉ そんなにあっさり?」


 などと彼女はおどろいていたようだが――自分で『追放』と言っている時点で――こっちの方がおどろきである。


 王族である自分の言葉に、もう少し責任を持った方がいいだろう。


(さて、これからどうしたモノか……)


 早々に準備をして近くにある『青の森』へと入ろう。

 青色の奇妙な植物が多く育つ、気味の悪い場所だ。


 もし、追っ手を放たれたとしても、森の中ならくことが出来るだろう。

 ついでに卵を美味おいしく調理したい。


(料理が得意な冒険者がいると助かるのだが……)


 ――ここは『魔王大陸インサニタス』――


 かつて魔王が支配し、いまだに瘴気しょうきただよう大地。

 人の侵入をこばみ続ける未踏みとうの地である。

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