第二十一話 砂塗れの根性
日彩に指摘を貰ってから一週間後の日曜。俺は咲良の部屋の前に来ていた。
「すぅ……ふぅ~……」
手に持った封筒、そこには完成原稿が入っている。
やっぱ緊張するな……いくつになっても自分の漫画を見てもらうってのは緊張する。しかもこれは、咲良に向けた原稿だ。もしかして俺、結構白けたことしてるんじゃないか?
やっぱやめようかな。引かれるだけかも……。
『マッツンはできる? 砂場ダイビング』
日彩の言葉が、頭に響く。
「……」
俺は咲良の部屋のチャイムを鳴らした。それから十秒後、
「はーい」
咲良は、いつもの笑顔で扉を開いた。けれどその笑顔には、ヒビが入っているようにも見えた。嘘くさかった。
「あ、ヒラ君おはよっ! えっと、ごめんね……」
「ごめんって、なんのことだ?」
「ほら、この前せっかく励ましてくれたのに、言い返しちゃったでしょ? ごめん」
「ああ、いいよそれは。俺も無神経な部分があったしな……あーでもまた、無神経なことしてるわ俺……」
「え?」
「これ、読んでくれ」
俺は咲良に封筒を差し出す。
「ん? なにこれ?」
「俺の新作読み切り。読んで感想くれ」
「えっと、正直今は漫画とか読む気分じゃないんだけどな~……」
咲良は「えへへ」と笑う。
「ごめんね。まだね、元気では……ないんだよね」
「……お前、そんなに『銀箔の神威』に出たかったのか?」
「うん。死ぬほどね」
咲良は玄関から出て、柵に肘をつき、空を見上げながら話し出す。
「『銀箔の神威』が始まったのは私が高二の時。一話を見た時からずっとファンだった。ちょうどその時、進路で悩んでいたけど……あの漫画のキャラクター達に勇気を貰って、声優という夢に踏み出せたの。『銀箔の神威』は、私にとって……目標だったの。恩師だったの」
咲良は、瞳に涙を溜める。
「この前さ……宣伝PV出たんだ。ヒロインの声……絶対、私の方が上手いのにっ……!」
「咲良、それは……」
「わかってるよ。こんなの負け惜しみだよ……嫉妬だよ。でも、でもさ……!」
実績とやらは夢を追う上で強い支えになる。
俺も、月間賞を受賞したことは大きな自信、もとい支えになっているし、この実績が無ければ持ち崩していた可能性もある。
咲良はその実績が無い。支えが無い中、何百とオーディションを受け、落選し続けた。それでもこのアニメの声優をやるため、その目標を支えにして頑張ってきたのだろう。だが、それも絶たれた。
今の彼女は真っ暗な迷路で灯りを無くしたようなものだ。不安で、怖くて、前も後ろもわからなくて、泣き出しそうで……。
俺は、この子を応援したい。
同じように無謀な夢を追う者として、ここで諦めてほしくない。
だったら灯すしかないだろう。俺が彼女の迷路に、灯りを……!
「目標が無くなったんなら、また新しく作ればいい」
「え?」
「俺がお前の新しい目標になってやる! その読み切りを読めば、お前はきっと、俺の大ファンになるはずだ。俺の作品がアニメ化した時、声優をやりたいと、思えるはずだ……だから! 騙されたと思って読んでみてくれ」
咲良は、小さく笑う。
「……ありがとう。わかったよ。読んでみる」
「お、おう」
「でも覚悟してね。私、漫画に対しては結構辛口だよ?」
「うえっ!? お、お手柔らかに頼む……」
咲良はクスりと笑い、部屋に帰っていった。
俺は柵に背中からもたれかかり、その場に座る。
「砂に塗れておいて良かったな……」
――――――――――
【あとがき】
『面白い!』
『続きが気になる!』
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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!
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