第二十話 お気楽に行こう

 学校に行って、家では課題に取り組んでを繰り返す。

 4月23日、日曜日。課題提出までちょうど一週間の日。20ページの漫画が完成した。


「うーん……」


 声優を目指している女の子が挫折を経験しつつも、最後は立ち直り夢に向かって走り出す――という、捻りの無い話だ。

 どうだろう。手応えはまぁまぁだけど、客観的な意見が欲しいな。

 俺は日彩側の壁をノックする。

 日彩はすぐに穴から顔を出してきた。


「どうひたん? マッふン」


 日彩はたい焼きを咥えている。お魚咥えた猫のようだ。

 俺は日彩にノーパソを渡す。


「読んでみてくれ」


 日彩は何も聞かずに「あいよ」とPCを受け取った。


「ははっ! これは恥ずかしいくらいにド直球だね。あかねる泣いちゃうよこんなの」


 今更ながら恥ずかしくて顔が赤くなってくる。


「いいけど、ちょっと駆け足感が気になるな」

「ああ。それは俺も思ってたけど、この少ないページ数じゃどうしてもな……」

「コマの数増やして間を作ろうとしているけど、これじゃ逆効果だ。目が滑って逆に間がなくなっている。少ないページ数で密度を作るなら――」


 日彩は真面目に、的確な意見をくれた。

 日彩の意見を聞く度に、コイツの漫画の能力の高さを実感していった。この感覚久々だ……センスだけでいえば、あの人に匹敵するんじゃないか。


「ありがとう日彩、助かった。これで駆け足感は消せると思う」

「どういたしまして。てかさ、美少女恐怖症治ったの? 描けてるじゃん。異性限定漫画」

「……美少女恐怖症は治ってないよ。今でも怖い。でも、怖くても向き合おうと思えるようになったんだ」


 俺はここの寮生たちとの出来事を振り返る。


「芥屋は厳しい感じだけど根は良いやつってわかったし、飛花は夢のためなら怖くても廃病院に行く勇気を持っていた。彩海は自分の身を犠牲にしてでも仲間を守ろうとする仲間想いな奴で、佐藤は好きなことに一直線。咲良は全力で目標に向かう強さを持っていた。どいつもこいつも面白いキャラしてた。お前らのおかげで、異性に興味を持てたんだ。異性を描きたいと思えた」

「ちょっと待った。今の話の中であたしだけなにもなかったぞ」

「お前はひたすらに下品という感想しかない」

「ここまで世話してやったのにひっどいな~」


 俺と日彩は同時に笑う。


「……さてと、ひと段落したし、コンビニ行ってくるか。読んでくれたお礼になにかスイーツでも買ってやるよ。なにがいい?」

「え!? コンビニ!? あたしも行く行く~! 十分後に表に集合ね」

「りょーかい」


 少し肌寒い夜中0時。

 日彩はジャンパーにスカートという、普通の女子学生っぽい格好で来た。うん、こうして見ると普通に可愛いなコイツ。


「ちょうど資料用にコンドーム欲しかったんだよね~」


 すげぇ。一言で可愛気が溶けてなくなった。


「暑かったり、寒かったり、四月は気まぐれだな」

「マッツンは好きな季節どこ?」

「冬。ラーメンが美味いから」

「あたしも冬~。おでんが美味いから」


 街灯がチカチカと道を照らす。少ない灯りを頼りに、二人並んで歩く俺と日彩。傍から見たら完全にカップルだな。

 家や小さなショップで構成された住宅街を抜け、大通りに出る。

 ガソリンスタンドや中華料理屋、あらゆる店が閉まっている中、勤勉に働くコンビニに入る。外にはスーツ姿のやつれたサラリーマンがブラックコーヒーを飲んでいて、コンビニの中には店員が一人だけいた。


「そういや昼からなにも食ってないな」

「コラコラ。どれだけ忙しくてもきちんと食べんとあきまへんで。漫画家は健康管理大事」


 日彩は野菜や健康食品を俺の持つカゴに入れていく。


「わかってるよ」


 俺は焼肉弁当をカゴに入れた。

 彩海から貰ったカップ麺と佐藤のBL誌サークルの手伝いで貰った給料のおかげで、今はちょっぴり財布に余裕がある。たまにはこれぐらいの贅沢はいいだろう。

 カゴをカウンターに持っていく。


「いらっしゃいませ。お預かりいたします」


 大学生ぐらいの女性が商品をスキャンしていく。その途中、俺はコンドーム箱が買い物カゴに入っていたことに気づいた。


(こいつ……!)


 気づくのが遅かった。コンドームはお姉さんの手に渡ってしまう。お姉さんは手元のスピードは変えずに、俺と、その隣にいる日彩をチラッと見た。『あ、この二人、この後ヤるんだ……』と思ったに違いない。


 買い物を終え、コンビニを出る。


「サンキュー!」

「は~。もう絶対勘違いされたよ。最悪だ」


 気落ちする俺など気に留めず、日彩は袋からコンドームの箱を取り出し、ポケットに収めた。


「そんじゃ帰りますかね~」

「日彩」


 俺は先ほど買っておいたホット缶コーヒーを一つ、日彩に渡す。


「ちょっと話さないか?」

「いくらでも」


 コーヒーを飲みながら、夜の街を歩く。


「アレ、明日あかねるに見せるの?」

「ああ。アイツのために描いた漫画だからな」

「マッツン、あかねるのこと好きなの?」

「美少女恐怖症だって知ってんだろ。今の俺に、あんな可愛い子好きになれないよ」


 日彩は度々情緒のある風景を見つけると、足を止めて両手の人差し指と親指を合わせて長方形を作り、風景を観察する。今も無言の遊園地を指のカメラに収めている。


「朝騒がしかった場所とかが、こうしてまったく無音になってるとゾクゾクしない? これも一種のギャップ萌えだよね」

「言いたいことはわかるよ」

「夜の学校とかさ、最高にワクワクするよね」

「……」


 なんだろう。いま、コイツのことが羨ましいと思った。

 どうしていつもコイツは楽しそうなんだろう。どうしていつも、世界の全てにワクワクして生きていけるのだろう。


「なぁ日彩。どうすれば……お前のように楽しく漫画を描けるんだ?」


 つい、俺はそう聞いてしまった。


「あれ? マッツンに漫画描いてる姿見せたことあったっけ? は! まさか……いやーん、マッツンのエッチ! 覗き魔!」

「覗いてねぇよ! ……お前の漫画を読んで思ったんだ。楽しそうに描いてるんだろうなって。その……エロの方も読んだ。俺の好きな分野じゃないのに、面白かった。いきいきして描いてるなって、そう感じたんだ」

「まぁね。いっつも楽しく描いてるよ。漫画を描いてる時が一番幸せ」


 羨ましい。

 俺も漫画を描くのが好きだが、ここまでじゃない。今も心から楽しめているが、昔のように、コイツのように、心のからは楽しめていない。


「あたしのようになりたいなら、ついてきなよ」

「どこに行く気だ?」

「公園」


 公園になにがあるのか、考えながら俺は日彩についていく。

 着いたのは寮の近くの広い自然公園ではなく、住宅街に申し訳程度に作られたこじんまりした公園だ。水飲み場、砂場、滑り台、ブランコ、鉄棒とシンプルな遊具しかない。


「うお~! どっぼーん!」


 日彩は砂場に、真正面から体を大の字にして突っ込んだ。


「……なにやってんだお前?」


 日彩はその砂まみれの顔で俺を見上げる。


「いつからかさ、こういうこと、できなくなったよね。シャワー浴びるのがめんどいとか、服の洗濯がめんどい、化粧が崩れる、子供っぽい、菌がいっぱいあるとかさ。こんなにも楽しいのに」


 日彩は砂場の上に座り、試すような目で見てくる。


「マッツンはできる? 砂場ダイビング。できたらさ、あたしにちょっとは近づけるよ」

「……くだらねぇ」


 俺は日彩に背中を向け、公園から出ていく。


「ま、そうだよね~」


 日彩のどこか残念そうな声。

 俺は公園から出て、手に持った荷物をコンクリートの上に置く。


「え?  マッツン?」

「うお~~~っ……らぁ!!」


 俺は助走をつけ、思いっきり砂場に飛び込んだ。砂しぶきが上がるほどに勢いよく突っ込んだ。


「……」

「お~い、生きてるか~? マッツン」

「くくっ……」


 砂場にうつ伏せになりながらも、俺は笑いを止められなかった。

 体を起こし、腹を抱えて笑う。


「はははっ! すげーや。うん。頭が軽くなった気がする」

「いいねぇ、その調子! 頭がマシュマロぐらい軽くなったらあたしになれるよ」


 とんでもなくくだらない出来事だ。日常の中の、ほんの一幕。

 だけどなぜだろう。俺はこの夜のことを、一生忘れない気がする。


 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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