第十八話 金曜一日考えよう

 金曜日。

 今日は咲良と30分会話しないといけないわけだが、これに関しては間違いなく今までで一番楽だ。あんなに喋りやすいやついないからな。

 昨日の一件でわかったが、どうやら俺は美少女と接触すると色々な発作が起きるが、喋るだけなら全然大丈夫だ。

 ただ、やっぱり病気だなと思った。

 あんな密室で、あれだけの美少女と一緒だったのに、トキメキや興奮は皆無だったのだ。ごく一般的な19歳男子でこれはおかしい。


 金曜日はフル稼働である。一限から四限まできっちり入っている。俺は『昼休みに声優学科を紹介してほしい』と咲良にメッセージを送り、身支度を整え、部屋を出た。


「……」

「……」


 扉の前に、柵に背中を預け少女が立っていた。

 ヘッドフォンで大音量で音楽を聴き、フードを深く被り、パーカーのポケットに手を突っ込んでいる。完全装備の上半身に反して、下半身はミニスカートだけ。この上下のアンバランスさが多くの男共を魅了してきたのだろう。


 フードの隙間から垂れるサイドの髪をかきあげ、女子――彩海水希は俺に視線を合わせる。だが俺はすぐさま視線を切り、扉の鍵を閉め、階段に足を掛けた。 

 階段を下っていくと、俺に続くように階段を下りる足音が上から聞こえた。俺は徐々にペースを上げ、階段を高速で下り、走って学校に向かう。するとやはり奴も追いかけてきた。やがて俺は捕まり、胸倉を掴まれ路地裏に引っ張り込まれた。


「……なんで……ハァ……逃げるの……!」

「いや、だってお前怖いんだもん」


 彩海は俺の胸倉から手を放し、ポケットに手を突っ込む。


「……あっつい」


 彩海はパーカーのチャックを開き、シャツの胸元を引っ張ってパタパタさせる。小さな谷間が俺の視界でこんにちはしていた。

 俺の視線に気づいた彩海は視線を落として俺の股間部分を見た。


「……やっぱり反応しない……」


 彩海は納得のいかない顔をする。


「あなた、やっぱり変。私にこれだけされて一切反応しないどころか、むしろ顔色を悪くするなんて」

「お前、自分の容姿に自信あり過ぎだろ」

「年間平均で10人に告白されるのに、モテないなんて嘘でしょ。私が男から見て魅力的なのは客観的事実」

「その自信、少し分けてほしいよ」

「でもあなたは私を膝にのせても一切反応しないどころか、むしろ萎えていた。だから、一応あなたのこと、認めてあげる」


 彩海は路地裏から出て、俺の方へ振り返る。


「あなたはただの性欲猿じゃない。これなら、私の天使たちが雑に穢されることはない。――合格。あの寮に残ることを認めてあげる」

「何様だお前……」

「彩海様。あと……これは宣戦布告」


 彩海は俺の股間を指さす。


「いつか絶対勃たす」


 そんなに前回のゲームの結果が屈辱的だったのか。とはいえ、女子がなんて宣言しやがる。



 ---



 昼休みになって、俺は声優学科に足を運んだ。


「よっ!」

「……なんでお前が待ち構えてんだよ」


 俺を待っていたのは咲良ではなく……咲良と同じ声優学科の土門だった。


「いや~、咲良ちゃんちょっと用事で出ててさ~。お前の相手しろって頼まれたんだよね~」


 そうか。なんで咲良が俺のこと『ヒラ君』呼びだったのか気になっていたが、コイツの影響か。普通に仲良かったんだな。


 土門は笑顔でドンドン俺に近づいてくる。それはもう、顔と顔がぶつかりそうな距離まで。


「つかお前、俺言ったよな? 咲良ちゃんにだけは手を出すなって。連絡取り合えるぐらいまで親密になってるとか聞いてねぇんだけど?」

「それには色々事情が……」


 俺は寮のことを言おうとして、喉元で言葉を止めた。

 コイツに俺が七曜のウィーク天使たちエンジェルズと同じ寮に住んでいるとバレたらどうなる? まず俺の部屋に来ようとするはずだ。もちろん、下心を持ってな。そうなると、俺の部屋の壁の穴がバレる恐れがある。コイツは信用できる奴だが、秘密は握られたくない……!


「その事情とやらは言えないんだが」

「てんめぇ……!」


 土門は俺の頭をヘッドロックしてくる。


「よくも俺の天使に手ェ出してくれたなぁ!」

「やめろ馬鹿! お前の臭い脇の匂いが移るだろ!」

「臭くねぇよ! 毎日整汗スプレー使ってら!!」

「仲いいねお二人さん」


 咲良が軽く手を振りながらやってきた。

 土門はパパっと俺の拘束を解き、咲良に手を振る。


「咲良ちゅあ~ん! 用事はもういいの?」

「うん。いつものやつだから」

「いつものってなんだ?」


 俺が聞くと、土門が無言で背中を叩いてきた。それを聞くなと、土門の心の声が右手から伝わってきた。


「……オーディション落選の連絡。学校のコネで色々なオーディションに参加させてもらってるんだけどさ、その当落を先生に聞いてきたとこ」

「わ、悪い。そうとは知らずに……」

「別に珍しいことじゃない。俺たち声優学科……というか声優志望は、100オーディションを受けて、100落ちるのが常だ。役が取れてもモブばかり」

「声優の倍率は年々上がっているからね。早々受からないんだよ。それでも……今回は結構辛いな……好きな漫画のヒロイン役だったからさ。ヒロインだけじゃなくて、女性キャラほぼ全部受けたんだけど……全部ダメだった」


 そうか。前に言ってた……『銀箔の神威』のオーディションか。

 創作の世界はシビアだ。それは漫画家に限った話じゃない。

 運も、実力も、気力も、すべてが測られる。正解がないゆえに、みんながみんな、自分の答えを探して迷っている。


「まぁ仕方ないよね。人気漫画だし、無名で実力もない私じゃ最初から勝ち目はなかったよ。うん。仕方ない。馬鹿なことしたな~。あんな労力費やしちゃってさ。無駄な……努力だったよ……」


 咲良の声は徐々に震えていった。咲良は俺たちに背中を向け、外へ足を向ける。


「ちょっと、外の空気……吸ってくるね」


 咲良は足早に去っていく。俺が追いかけようとすると、


「やめとけ」


 土門が止めてきた。


「こういうのは……自分で乗り越えるモンだろ」

「なんだお前、暫く見ない内に冷たくなったな。昔のお前ならすぐに追いかけてただろ」

「……冷たくなったんじゃない。大人になったんだよ。憧れの役を取れる奴なんて一握り。これからもこういうことは珍しくないだろ。そん時、毎度俺やお前が彼女の側にいれるともうか? 一人で乗り越える力を今のうちにつけないとダメだろ」


 土門の言うこともわかる。というか、俺の性格的にはむしろ土門の意見寄りのはずだ。

 でも――俺は知っている。咲良がどれだけ頑張っていたかを。ずっと隣の部屋で聞いてきたんだ。


「お前、勘違いしてるな。俺は咲良のために追いかけようとしてるんじゃない。俺は俺がムカつくから、アイツを追いかけるんだ」

「ヒラ……」


 土門は笑い、


「お前は熱くなったな。昔はこういうの冷たく突き放してなかったか?」

「……アイツにはなんか、元気でいてほしいだけだ」

「そうかよ。行け。もう止めないよ」


 俺は土門を置いて、咲良を走って追いかける。

 俺は、中庭を歩く咲良の手を掴んで止める。


「え?」


 咲良は振り返り、俺の顔を見ると、驚いた。


「ヒラ君……」

「無駄な努力ってなんだよ。そんな言葉で逃げるなよ……!」


 そう、俺は咲良のために動いてるんじゃない。

 俺は俺の怒りを晴らすために動いているんだ。


「役も取れなくて、悔しさからも逃げたら何も残らないぞ! 笑って誤魔化すなよ! 泣いて悔しがれよ! その悔しさが、強さに変わるんじゃないのか!」

「……っ!」

「お前が努力してたのは俺が知っている。その努力を――否定すんじゃねぇよ!」

「勝手なこと言わないでよ!」


 咲良は俺の手を振り払う。その瞳には涙が浮かんでいた。


「……賞を取ったことがあるヒラ君に……実績のあるヒラ君に……なにも、声優としてなにもない私の気持なんか……わからないよ……!」

「咲良……」


 咲良は走り去ってしまった。

 俺は、追いかけることができなかった。



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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