第十六話 気が付きゃ木曜、相当重要 その1

 木曜日。

 木曜は水曜と逆で午前の授業はない。三限と四限だけだ。

 昨日のうちに佐藤にアポを取っていた俺は、BL誌サークルに足を運んだ。


「……おはようございます……平良比さん……」


 部屋にどんよりとしたオーラが流れていた。

 大量の栄養ドリンクの残骸、やつれたサークル員三名、そんで床に落ちてる寝袋――思い出したくもない。これは漫画家の修羅場だ。


「佐藤、こりゃ一体……」

「私たちが参加する合同誌の締め切りが今週末なんです。それで、月曜から学校が空いている時間はほとんどここにいて……」


 合同誌とは、基本的に一つのテーマに沿って色々な作者が描いた作品を一冊にまとめたものだ。


「そっか。頑張れよ」


 俺が部屋を立ち去ろうとすると、


「服部!」

「御意!」


 代表の命令で服部が部屋の鍵を閉め、上半身裸になり、「ふん!」と筋肉を肥大化させて威圧してきた。


「ここを出るなら僕を相撲で倒してからにするんだな……平良比修松!」

「なんで相撲限定なんだよ!」

「平良比君、一つ頼みがある」


 代表は『男男恋聖域』の扇子を広げる。

 まぁ、頼みの内容は聞かずともわかる。


「アシスタントをやれってんなら断りますよ。俺は俺でいま課題が……」

「時給2000円でどうだ?」

「ここから先、アシスタントリーダーは俺だ。佐藤、今の作業状況を教えろ」

「はい!」


 午後までの四時間働けば8000円……こんなうますぎる話、断る理由が無い。



 --- 



「ふ~……」


 12時ちょうど。

 俺は中庭のベンチで休憩していた。


「お疲れ様です」


 ブラックコーヒーの香りがする。

 香りの方を向くと、佐藤が売店で買ってきたであろう紙カップのコーヒーを持ってきていた。


「どうぞ」

「サンキュ」


 佐藤はそのまま俺の隣に座ってきた。


「凄いですね。一人背景のスペシャリストが入るだけであそこまで作業スピード上がるんだから、驚きました」

「スペシャリストは言い過ぎだ」

「スペシャリストですよ。背景はもちろん、トーンやベタみたいなアシスタント作業全般上手くて速い。指示も的確でした。感覚で言うと、小学生サッカーチームに一人プロのサイドバッグが入ったような感じです」


 サッカーに詳しくないからその例えはよくわからん。


「……まぁ、一応昔アシスタントをやってたことがあるからな」

「え!? そうなんですか! えっと、どの漫画家さんのアシスタントを!?」


 佐藤が目を輝かせて聞いてくる。だが、


「答えられない。この件に関してはあんまり喋りたくないんだ。悪いな」

「そう……ですか」


 俺の気分がちょっと下がったのを察したのか、佐藤は話を変える。


「そういえば、いま課題をやっているって言ってましたよね?」

「ああ」

「なにか私で手伝えることがあれば手伝いますよ」


 いい機会だし、聞いてみるか。


「……じゃあ一つ質問していいか?」

「はい!」

「異性を描くコツを教えてくれ」

「異性、ですか」

「ほら、佐藤ってBL描いてるだろ? つまり異性を描くのは得意なわけだ。頼む! なにかコツを……!」

「えーっと、基本話を書くのは代表で、私や服部君は絵描くの担当なんですよね……だからお力にはなれないかと思います」

「そっか。なら仕方な――」

「でも力になりたいです!」


 佐藤はフンスと鼻を鳴らす。


「いや、無理しなくていいぞ」

「いえ! 我々のサークルを救ってくださった御恩は返さないと!」

「それならさっきのアルバイト代で十分だって」

「十分じゃないですよ。週末までに終わるかどうか怪しかったのに、平良比さんのおかげでもう仕上げだけになったのですから。そうだ! 平良比さん、夕方からお時間ありますか?」

「まぁ、今日は17時には大学出れると思う」

「それなら、終わったら寮の地下室に来てください。ミノリ先生の許可は取っておきますので」

「いいけど、何する気だ?」

「それは来てのお楽しみです」


 小悪魔な笑顔を浮かべる佐藤であった。




 ――――――――――

【あとがき】

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