第十三話 火曜水曜慣れてきたご様子 その1

 火曜日。

 今日は授業が二限からなので、一限の時間――ある廃病院に来ていた。


「サスペンスね!」

「なにがだよ」


 隣には飛花火恋がいる。


「アンタが私と話したいって言うから、特別こうしてカメラマンとして連れてきてやったのよ。感謝しなさい」


 飛花は身バレ防止のため狐面を被っている。これが飛花の配信スタイルらしい。


「話したいだけで、カメラマンがやりたいと言った覚えはないんだがな」


 いま、俺の手には飛花から渡されたビデオカメラがある。


「まぁ今日は二限からだしいいけど。それで何を撮るんだ?」

「『狐火きつねびちゃんが行く! ドキッ! 幽霊いっぱい廃病院探索!!』よ。ここは都内有数の心霊スポットなの。オーソドックスだけど、ホラー配信をするわ!」


 『狐火』とは飛火の配信者の時の名義だ。俺にとってのペンネームみたいなものだな。


「ホラー配信は結構だが、なぜ朝に?」

「夜は怖いもん!」


 怖いからいいんじゃないのか?


「つかさ、こういう場所って勝手に入っていいのか?」

「ちゃんと撮影許可は撮ってあるわ。行くわよ! サ~スペンス! あ! まずオープニング撮らなくちゃ……私と病院、どっちもカメラに収めてね」

「はいはい」


 飛花と廃病院を画角に収める……が、


「ちょっと構図が悪いな。飛花! もうちょい右に行ってくれ!」

「え? この辺?」

「そう。あと棒立ちじゃなくて、そうだな……懐中電灯構えてくれ。怯えている感じで」

「こ、こう?」

「うん。OK。よし、良い構図だ……撮影始めるぞ! 3、2、1――」


 撮影が始まると飛花はすぐさまスイッチを入れた。


「は~い、皆さんこんきつねび~。狐火ホタルです! 今日はここ、有名な心霊スポットである一草いちくさ廃病院にやってきました! 早速入ってみたいと思います~!」


 一応言っておくが、生配信ではない。録画だ。なので多少の失敗や不手際は大丈夫。後で編集で消せる。

 飛花は恐る恐る廃病院に入っていく。

 廃病院の受付……そこは朝とはいえかなり怖かった。カーテンが閉まっており、暗い。いたるところに問診票の紙とか落ちてて、不気味だ。カーテンの隙間の太陽光で視界は確保できるものの、ホラー耐性のある俺でも怖い。


「……」


 飛花は完全に黙りこくってしまった。配信者としてまったく喋らないで棒立ちはダメだろ。カメラマンが声を出すのはご法度だが、録画だし、この状況なら仕方ない。


「……おい」

「ぴゃあ!!?」


 俺が声を掛けると飛花は電気ショックでも喰らったのかと思うぐらい体を跳ねさせた。


「なななな、なに!? カメラマンが喋らないでよ!!」

「お前は喋れよ。さっきからずっと黙ってるぞ」

「わわ、わかってるわよ! でも、ちょっと……思ってた以上にこの病院、サスペンス(怖いの意)過ぎるっていうか……!」


 その時、ガタン! と窓が鳴った。今日は風が強いから、風に打たれて鳴ったのだろう。


「きゃああああああああああああっっ!!?」

「うおおおおおおおおおっ!!」


 窓の音にビビり、大声を上げる飛花。

 飛花の大声にビビって大声を上げる俺。


「ぎゃあああああああああっっ!!」


 さらに俺の大声でビックリする飛花。

 飛花はパニック状態になったのか、俺に抱き着いてきた。


「がっ……!?」


 瞬間、体が凍り付く。全身の毛が逆立ち、呼吸が苦しくなる。


「怖い嫌だ帰る!! 水希ぃ……! 助けて水希……!」

「おおお、落ち着け……飛花……!」


 いま、俺は動揺している。

 飛花の控えめな胸を腹に感じているからではない。こんなところでこんな可愛い女子と二人きりだからじゃない。美少女恐怖症が全開になっているからだ。日彩に抱きしめられた時より重症だ。きっと飛花の方が『あの人』に似ているからだろう。


(つーかこんな怖い物苦手なら、こんなところ来るなっつーの……!)


 いや、そうじゃない。

 コイツにはそれだけの覚悟があったんだ。

 動画配信者として活躍するために、恐怖に立ち向かう覚悟が。

 俺もそうだ。俺も、漫画のために……こうして苦手なモノと向き合っている。

 飛花は依然として震えている。ここで彼女を突き飛ばしてしまえば、俺は助かるが彼女の精神ダメージは測れない。


――力振り絞れ俺……!


「うお……ら!」


 俺は飛花を抱擁し、頭を撫でる。


「……大丈夫だ。ただ風が窓を打っただけだよ。落ち着け」

「……え?」


 飛花は正気を取り戻したのか、ようやく体の震えを止めた。同時に、腕から伝わる飛花の体温が急上昇していった。今になって男に抱きしめられていることに気づき、恥じらいから体温を上げているのだろう。


「ちょ、アンタ、なにして……!」


 飛花は俺を手で押しのけた後、俺の顔を見上げ、目をギョッとさせる。


「大丈夫だ……怖くない怖くない……」


 俺は……口から泡を吹いていた。


「アンタが大丈夫じゃない!? どうしたの!? ちょっと!! きゅ、救急車……」

「――救急車は呼ばなくていい! ちょっと休めばなんとかなるから、お前は外で待っていてくれ!」

「いや、アンタをここに一人残していけるわけないでしょ! 待ってて! なにか使えるものないか探してくるから!」


 飛花は病院の奥へ走っていった。

 俺は受付にある椅子に座り、深呼吸する。


(アイツ。怖いの無理なのに、人のためなら平気で奥に行くんだな……)


 あの人なら、自分の身を切ってまで俺のために尽くさない。

 美少女が全員同じ性格なわけじゃない。そんな当たり前のことに、俺は気づいた。

 その後、調子を取り戻した俺と飛花は病院から出て、寮に帰った。授業に出る元気はなく、学院に来て初めてサボることにした。


――火曜日、ノルマ達成。

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