第十一話 美少女恐怖症

 女性に興味がない? なにを勘違いしてるんだこの女は。


「俺は女性が好きだ。性欲の対象はいつだって女性だよ」

「肉欲と精神欲は違うでしょ」

「なにが言いたい?」

「君の体は女の体を求めているだろうけど、君の精神は女の精神を求めてないっちゅーことよ」


 ???

 いまいち要領がつかめないな。


「別に珍しくもない。セックスはしたいけどデートはしたくない、セフレは欲しいけど彼女は欲しくないって人間はね」

「俺をそんなクズ人間と一緒にすんな」

「うん。確かにちょっと違うだろうけど、本質は似た感じじゃない? 君さ、なんか女にトラウマでもあるの? 君と話しているといつも壁を感じるんだ」

「!?」


 コイツ……。


「壁……とも違うか。目を逸らされている感じ、かな。実際の目じゃなくて、心の目を向けられていない気がする」


 鋭い。やっぱコイツには、侮れない何かがある。

 事実、女にトラウマは――ある。

 コイツ、ふざけた感じして、俺のことを見抜いてやがる。


「普通、こんな美少女だらけの寮に入ったらさ、健全な男なら幸せに感じるでしょ。でも君の場合、むしろわずらわしく思っている気がする。私が近づくと、いつも少しだけ顔色が悪くなってるの気づいた?」

「俺が女性恐怖症にでもなってると言うのか?」

「うん」

「ない。それはない。母親とだって普通に話せてるし、ミノリ先生とだって……」


 でも……。


「確かに、お前らは……なんか、苦手だ。お前らだけじゃない。そう、女子高生とかが電車の隣に来た時とか、友達の妹と話す時とかも、なんか嫌な感じが……」


 なんとなく、目を逸らしてきた現実。それが、浮き彫りになっていく。浮き彫りにされていく。

 日彩は何の容赦もなく、的確に、俺の脆さを形にする。



「女が苦手というより、もしかして美少女が苦手だったりして?」



 ゴクリと、喉が勝手に唾を飲み込んだ。

 我ながらわかりやすい、『図星』のサインだ。

 そう、は可愛かった。は整った顔立ちだった。この寮の住人達に負けず劣らずの美少女ってやつだった。だけど、心の内は違った。


『君はなにも考えなくていい。ただボクの指示通り背景を描き続ければいいんだ。そうすればボクが一生面倒を見てあげる』


 彼女の声が、頭に響く。

 呪いが、蛇の形をした呪いが、心臓を締め付ける。

 人形のように整った顔が、俺を追い詰める。


『君に0から何かを作り上げる力なんてないよ……君はボクの漫画だけ見てればいい。君がいくら頑張ったところでボク以上の漫画を描けるはずがないんだ。わかるだろ? 才能の差が』


 なにを描いてもダメで。

 ドンドン後ろから追い抜かれて。

 焦って、腐って、苦しくて、不安で、どうしようもなく詰まっていた俺に、あの人は追い打ちをかけてきた。


『ボクはね、才能を正しく使えない人間を嫌悪する』


 そう言って、あの人は俺を後ろから抱きしめた。今でも背中に、彼女の冷たい体温が残っている。


『ボクの作品の完成度を上げることと、良くて中堅レベルの君の漫画を描き上げること、どちらが世のためになるか。漫画の世界のためになるか。良く考えなよ……ボクボクボクボク……ボクだろ。ボクだけを見るんだ。平良比君……! 君に、『自分』なんて必要ないんだよ。ロボットのように、描き続ければいい……』


 喉が渇く。

 嫌な汗が背筋を通る。

 左腕が痒い。痒い痒い痒い……。


「平良比!!」

「あ……」


 俺は日彩の怒声で我に返った。

 気づいたら日彩は目の前にいて、俺の肩を掴んで揺すっていた。


「ちょいちょい……こりゃ重症だな。ごめん。ちょっと甘く見てたよ」

「あれ、俺……」

「とりあえず手当てしようか」

「手当て? どこを?」

「その二の腕だよ」


 遅れて痛みがやってくる。

 俺の左腕は俺の右手の爪に掻かれ、傷がつき、血が滲んでいた。


「薬箱どこやったっけな~」


 日彩は穴から自分の部屋に戻る。

 俺は一人、部屋の中で自身の現状に驚いていた。


(やばい……あの人のこと、トラウマだってのは認識していたけど、ここまでとはな……)


 日彩が薬箱を持ってやってくる。

 日彩は俺の腕を治療しながら、


「確定だね。君、美少女恐怖症だよ」

「はじめて聞く病名だな……」

「美形恐怖症の一種だろうね。君は美少女に恐怖を抱いているから女子を描けないんだ。漫画の女性キャラクターは基本美少女だもんね」


 日彩は治療を終えると、胡坐をかいて太ももの上に薬箱を置いた。


「もう諦めて男だけの漫画描いたら?」

「……情けない」

「ん~?」

「情けない! こんな情けない体、俺の体じゃない! なにが美少女恐怖症だ! ふざけんな!」


 感情のまま、俺は言葉を紡ぐ。


「小さな頃からずっと憧れてきた漫画家という夢を、こんなふざけた病気に邪魔されてたまるか……! 絶対克服してやる!!」


 俺は決意し、立ち上がる。すると、日彩は腹を抱えて笑い出した。


「ぷ――あっはははは! さっきまであんな状態だったのに、よくそんなこと言えんね! いいじゃん! 面白い! あたしも協力するよ!」

「ああ、よろしく頼む。こんな情けない事情誰にも相談したくないからな。報酬はなんか絶対払う!」

「いいよ別に。つーか美少女恐怖症とか面白過ぎて何? って感じだし。ミノリちゃんにも君のこと頼まれてるし~」


 日彩は肩を竦めて言う。コイツ、もしや結構いいやつなのでは?


「とりあえず、現状知っとく?」


 日彩は両腕を広げる。


「おい、何をする気だ?」

「ハグ。あたしのような美少女に抱きしめられても大丈夫か実験」

「自分で美少女言うな! ハグぐらい余裕で――」


 日彩が抱きしめてきた。

 豊満な胸の感触(絶対ブラなし)、日彩の体温が伝わってくる。凄く良い感触だ。男なら誰だって興奮する――はずなのに。俺の胸は動悸を起こしていた。それは性的興奮からくるものではなく、パニック症状特有のアレだ。

 もちろん、股間も反応することなく、むしろ萎んでいった。

 体は硬直し、顔から血の気が失せていくのがわかる。


「あ、う……が、は……!?」

「ダメダメじゃん」


 俺から離れて日彩は言う。

 俺は自分の情けなさから床に手をついた。


「……嘘だろ……マジな病気じゃん……俺やばいじゃん……」

「じゃあ手つなぎはどう?」


 日彩は右手を差し出してくる。俺は日彩の右手を右手で掴んだ。


「どう? 平気?」

「大丈夫だぁ~あ」

「おい。志村みたいになってるぞ。体もブルブルしてるぞ」


 日彩が手を放した瞬間、体の感覚が戻ってきた。


「なっはっは! こりゃ重症だ~!」

「笑いごとじゃねぇ! どうすんだよ! このままじゃ今月の課題無理だぞ……!」


 いや、課題どころか、この寮で暮らすことすら難しい……!


「まぁまぁあたしに任せんしゃい。ちょいと荒療治だけど、良い案があるよ」

「良い案?」


 日彩はニタ~と笑う。


「名づけて、『日替わり美少女定食大作戦』だ」


 嫌な予感しかしねぇ。



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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