第十話 異性を描くコツ

 土曜日。今日は一日休みだ。

 俺は畳の上に置いた机の前、液タブに女の子を描いては消すを繰り返していた。

 デザインと設定は表裏一体。デザインから設定を考えることも、設定からデザインを考えることも可能。どっちも試みたが……失敗。どこかで見たようなキャラクターになってしまう。


 壁の穴に掛かったポスターはピクリともしない。日彩は火曜の朝以降、穴から顔を出さない。ゲームをしている音や、何かを描いているような音、料理の音、扉の開閉の音は聞こえる。だから隣の部屋にいることは確かだ。


 単純に俺に飽きたのか、忙しいのか。


『黒崎日彩。去年のトップはあの子だよ。私も一応教えられることは教えるが、足りなそうならあの子にも聞いてみな』


 先日のミノリ先生の言葉を思い出す。

 正直マジで切羽詰まっている。二次元の女の子は好きだ。本気で惚れたこともある。だが好きと得意は違う。魅力的な女の子を自分で描くのは苦手だ。


「……(ちらっ)」


 まただ。また俺は壁のポスターをチラ見した。

 期待している。心のどこかで日彩があそこをくぐってくることを。そう! つまり! 俺は日彩に頼ろうとしているのだ! しかし自分からあっちにコンタクトを取るのは恥ずかしいのだ。なんて陳腐なプライドだ……我ながら嫌になる。


「……(ちらっ)」

「うぃ~っす」


 来た。奴が来た。なぜかバニースーツを着て来た。

 まずい……目が合った。日彩は俺の視線から俺の心の内を呼んだのか、ニタ~っと笑った。


「なに? どうしたん? もしかしてあたしが来るの待ってた?」

「断じてそんなことはない。そのポスターにハエが止まっていたから気になってただけだ」

「なにツンデレ? 素直じゃない子はモテないゾ」

「つーかなんだその恰好! なんでバニーガール?」


 日彩は穴から出て、バニー姿を見せびらかすように腰を突き出し、ポーズをとった。


「バイトの衣装だよ。コスプレ喫茶。コンカフェってやつ? 日中学校で夕方から夜はバイト。深夜はゲームだ。やってらんないっての。まーもう連勤終わったから暫く休み貰ったけどねぇ」

「なんでバイトの衣装を着てるんだ?」

「マッツンが喜ぶと思って。あ、もしかして『逆』の方が良かった?」

「また蹴り戻されたいのかお前は」


 こんな下品な女子は初めてだ。これが痴女ってやつか。


「そんで、なんかお悩みみたいじゃん。先輩に相談してみんしゃい」

「……はぁ。仕方ない。今は兎の手も借りたいところだ。月間課題に悩んでるんだよ」

「月間課題か。一年の最初ってなんだったっけ?」

「『異性限定漫画』」

「あ~、アレか。思い出した。アレ、あたし最高評価だったよ」

「知ってるよ。できればその時描いた漫画とか見たいんだが、まだあったりするか?」

「そりゃ、パソコンのどっかには残ってるだろうよ。うし、じゃちょっと探すか。メアド教えて。送るから」


 待つこと数分。

 俺のPCに送られてきたのは巨乳の女の子が目隠しされて全裸でチョメチョメされる漫画だった。


「届いた~?」

「届いたよ、下品極まりない作品がな!」

「あ、ごめんごめん。それこの前描いたやつだ」

「お前何描いてるんだよ! 思い切りエロ漫画じゃねぇか!」

「そりゃそうさ。あたし成人誌志望だし。今も今後もエロ漫画しか描く気ないよ」


 成人誌志望!? そっか。成人誌サークルがあるんだもんな。そっちに焦点絞ってる奴もいるか。

 しかし、ちょびっとしか見てないが……コイツの絵、めちゃくちゃ上手くないか?

 いや、気のせいだ。エロ漫画だったから動揺してちゃんと見れなかっただけだ。そうに決まってる。こんな下品な奴の絵が上手いわけがない。


『今度は正真正銘課題のやつ送ったよ~』


 穴越しに声が聞こえてくる。メールを開き、PDFファイルを開く。


「届いた?」


 穴から顔を出して日彩が聞いてくる。


「届いたよ。今から読む」

「いやーん。はずかち~」


 俺は日彩の漫画を読み始めた。


 内容は一人の男子高校生が自殺しようと学校の屋上へ行ったら、すでにもう一人自殺をしようとしていた男子がいて、お互いに死ぬ前に愚痴を言い合って、最後には意気投合して自殺を辞めるというハートフルギャグストーリー。

 片方は好きな子に振られたというくだらない理由で、もう片方は推しアイドルが結婚したという理由で自殺しようとしていた。互いに互いの自殺理由を貶し合う様は非常にテンポが良く面白い。 


 ストーリーはもちろん、絵も良い。少し癖はあるが、それが良い味になっている。


「ぐふっ」


 気づいたら俺は涙を流していた。


「え? なんで泣いてるの? 泣くような内容じゃないっしょ」

「いや、なんだか……グスン。悔しくて……!」

「な、なにが悔しいんだよ?」

「なんでこんな下品な奴の漫画が、こんな面白いんだって……悔しくて……っ! なんでこんな下品な奴の絵がこんなに上手いんだよ……! 世の中間違ってやがる……!」

「あのなぁ……言っとくが、成人誌の漫画家で少年誌の漫画家よりスキルある人なんかいっぱいいるからな!」


 俺は鼻水と涙を拭く。


「日彩、教えてくれ。なんで俺は異性をうまく描けないと思う?」

「君はどう思ってるの? どうして女を描けないと思う?」

「……女子と関わってきてないから。これまで彼女ができたこともない。その辺りが原因じゃないか?」

「いいや、それはない。その理屈で言うなら大学一年の時点のあたしがその漫画を描けるわけがない。なんせあたし、中学・高校と女子高だったからね~」

「え!? そうなのか……」

「そ。ねぇマッツン、君が女の子を描けないのってさ~、女の子を知らないからじゃなくて~」


 日彩は、自分の胸元を引っ張り、胸を、女性の象徴を強調させ言い放つ。


「女の子に興味ないからじゃない?」



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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