第九話 異性限定漫画

 朝、俺の目を覚ましたのは香ばしいソースの匂いだった。

 パチリと目を開けると、穴から上半身を出して、焼きそばをずるずる食べている黒崎の姿があった。


「……なにやってんだお前」

「いやぁ、焼きそば作り過ぎちゃったからどうかな~って思って。起きるまで待ってた」


 黒崎は相変わらずゆるゆるの黒Tシャツを着ている。無駄に大きな胸が穴に押し付けられ、ハリのある谷間が強調されて――めちゃくちゃエロい。朝から目に悪いぜまったく……。


「いらん。帰れ」

「え~、美味しいのに……」


 帰れ。と言ったのに、黒崎は全然帰る素振りを見せない。


「てかさー、お互いの呼び方とかまだ決めてなくない?」


 俺は布団にくるまったまま、


「決めなくていいだろ。カップルじゃあるまいし」

「君、名前なんだっけ? 苗字が平良比なのは知ってるけど」

「……修松」

「じゃあマッツンって呼ぶね」

「勝手にしろ」

「あたしのことは日彩か、もしくはひいちゃんって呼んでね。日彩って名前お気に入りなんだ。どうする? なんて呼ぶ? ねぇ、なんて呼ぶ?」


 コイツ、構わないとずっと居座るタイプだな……クソ、仕方ない。

 俺は諦めたようにため息をつき、布団から体を起こす。


。焼きそば余ってるか?」

「お! 食うかいマッツン。待ってな~、マヨネーズで絵描いてやるから」


 日彩が体を引っ込めると、ガチムチマッチョのポスターが穴に掛かった。


「うおっ!?」


 ポスターの存在が頭から抜けていた俺はマッチョにめっちゃ驚いた。


「おっまた~」


 日彩が焼きそばを平たい皿に乗っけて持ってくる。俺は皿を受け取り、焼きそばを見る。

 焼きそばにはマヨネーズで美少女が描かれていた。ツインテールで、メイド服を着た美少女だ。


(うめぇ……! マヨネーズで繊細なメイド服をきっちり描けてやがる! しかもあんな短時間で!?)


 そういやコイツ、コミック学科だったな。マヨネーズでここまで綺麗に描けるものなのか。


(そして味もうめぇ……!)


 なんで無駄に家庭的なんだよ!


「うんまいだろ~? これでも料理のレパートリー百以上あるんだぜ」

「うまいよ認めるよ。でもいい加減マジで帰れ。学校の支度するから」

「あいよ。ああ、そうそう。昨日大事なこと言い忘れてたからさ、いま言うね」


 日彩は呼吸を一拍置く。

 日彩の無言の迫力に、俺はゴクリと唾を飲み込み、言葉を待つ。


「シコる時は声掛けなよ」

「どうして?」

「覗くから」

「なら言わねぇよ!」


 俺は足で日彩の肩を押し込む。


「ばっ! コラ! 乙女を足で押すな!」

「あんな間で言うことかそれ!」


 日彩を部屋に戻し、ポスターで穴を隠して身支度を始める。

 ああ、まったく、どうせ穴が空くならこっちが良かったなぁ……と俺は咲良の部屋の方の壁を見る。

 消灯して部屋を出ると、


「あ! ヒラ君~!」


 下から声がする。

 柵に手を置き、寮の庭を見ると咲良が手を振っていた。俺は階段を下り、咲良のところへ行く。


「ちょうど良かった。ちょっとお願いがあってね」

「お願い?」

「私、三日後にさ、オーディションがあるんだ。『銀箔ぎんぱく神威かむい』っていうアニメのオーディション。原作は漫画なんだけど知ってる?」

「知ってるに決まってるだろうが!」


 つい、俺は大声を出してしまった


「十巻で累計発行部数1000万を超える冒険ロマンの傑作! あんなレベル高い漫画中々ないぞ!」

「そう! そうなんだよ! 私も大好きでさ! アニメ化したら絶対なにかしらの役やりたい、って思ってたんだよ! それでね……申し訳ないんだけど、これから三日間、夜中に部屋でセリフの練習をしたいんだよね」

「? そんなの俺の許可いるか?」

「いや、ほら、ここって意外に壁薄いからさ、声が響いちゃうと思うんだ」


 たしかにこの寮の壁は薄い。女子専門生のキックで壊れるぐらいにはな。


「別に深夜だろうが好きに練習してくれていいぞ」

「ホント!? よかった~。ほら地下はさ、22時以降は使っちゃダメだから、部屋で練習するしかなかったんだよね。断られたら公園で練習しようと思ってたからよかったよ~」

「深夜の公園とか絶対に行くなよ。お前の場合、絶対危ないからな」


 こんな可愛い女子が深夜出歩くとか危険にも程がある。


「オーディションの前とか関係なく、練習するのにいちいち俺の許可取らなくていいぞ。いつでも好きな時に練習してくれ。うるさかったらイヤホンつけるしな」

「うん! じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな……」


 夢を一生懸命追いかける咲良の姿に、ちょっぴり勇気を貰えた俺であった。



 --- 



「おはよう諸君。早速だが、月間げっかん課題の話をしよう」


 一限、コミック総合A。担当はミノリ先生だ。


「月間課題とは、まぁ名前の通り月ごとの課題だ。月初めに課題発表し、月終わりに課題を提出。その課題の是非で成績をつける。では早速、課題を発表しよう……四月の課題は、『異性限定漫画』だ」


 異性限定漫画? 名前だけじゃどういう課題かわからんな。


「提出してもらうのは5ページ~20ページの漫画。ちなみにページ数が多いからと言って加点することはない。ジャンルは問わない。だが、この課題では自分と同じ性別の登場人物を禁ずる。つまり、男なら女だけの漫画、女なら男だけの漫画を描いてもらう」

(なっ!?)


 思わず、声を上げそうになった。

 これは……俺にとっては相当ツラい課題かもしれない。なぜなら俺は編集者にハッキリ言われている。異性を描くセンスがないと。


「異性を描くのが苦手という者は多い。事実、異性の思考を完全にトレースするのは不可能に近いからな。だが、諸君らの大半は男女どちらも登場する漫画を描くだろう。その時になって同じ言い訳は通じん。詳しい課題の内容は共有フォルダに入れておくから確認するように」


 ふと隣の席を見ると、八森さんが勝ち誇った顔をしていた。


「……八森さん、得意分野ですね」

「そうだな。元々男なんて描きたくない俺にとって、これは得意分野中の得意分野だ」


 この前見た漫画も女子しか登場しない漫画だったからな。この人にとっては異性限定なんてなんの縛りにもならないだろう。


「お前は苦手みたいだな。顔に出てるぞ」

「苦手です。マジキツイです」


 とりあえず最初の一週間は話を考えるか。

 女性だけの話で、且つ短くまとめるならギャグ系だよな。いっそ百合に振るのもアリか? でも俺別に百合モノ好きじゃないしな。


(ま、なんとかなるだろう)


 しかし――火曜日、水曜日、木曜日、金曜日、と刻一刻と時間が過ぎる中、出たアイディアは二十に至るも手応えあるアイディアは一つもなかった。


 金曜の授業。

 コミック総合Aの授業終わり、俺はミノリ先生にアタックする。


「先生、月間課題についてなんですけど……」

「どうした、難航中か?」

「はい。この三日四日色々考えたんですけど、どれもいまいちで……」

「うん。ま、お前は苦戦すると思ってたよ」

「……」


 俺は声のボリュームを抑え、


「……もしかしてこの課題、先生が俺のために出したんじゃ……」

「なわけあるか。例年、四月の課題はこれだよ。ん? そういえば……去年、この課題で最高評価得た奴がお前のすぐ近くにいるじゃないか」

「え?」


 まさか……。


「黒崎日彩。去年のトップはあの子だよ。私も一応教えられることは教えるが、足りなそうならあの子にも聞いてみな」


 アレに俺が教えを乞えと? ふざけるな。どんだけ切羽詰まろうが、あんな下品な女に助けを求めてたまるか!




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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