第八話 黒崎日彩
非常事態発生、非常事態発生。借り物の部屋に隣人が穴を空けやがったぜ馬鹿野郎。
「どーすんだコレ! どーすんだ!?」
「そっかそっか。そういえばミノリちゃんが言ってたわ~。新しく甥っ子が来るって。君がその甥っ子か~」
半開きの瞳で隣人――黒崎日彩は言う。
なんつーか、他の五人とは明らかに雰囲気が違う。黒のタンクトップにハーフパンツというラフな格好。その深い谷間が惜しげなく晒されていることから下着はつけてない。まつ毛が長く、美人ではあるモノの……どこか廃れた雰囲気がある。他の五人がエンジェルならば、コイツは悪魔、サキュバスって感じだ。ボブカットの髪もボサボサでだらしない。
「呑気に言ってる場合か! 早くしないと……!」
外から、カツン、カツンと、階段を上がってくる音が聞こえる。
「やっべ! 多分ミノリちゃんだ!!」
「瓦礫隠せ! 瓦礫!」
「それより穴だろ穴! 本棚あるか!? 本棚で穴隠せ新入り君!! 絶対にバレるなよ! ミノリちゃんマジ切れするぞ!」
「誰のせいでこうなったと思ってんだアホ野郎……!」
瓦礫を急いで掃除し、本棚を今年一番の力で持ち上げ穴の前に持っていく。――と同時に、鍵が外から開けられた。
(マスターキーを使ったのか!?)
俺は咄嗟に本棚から本を落とした。
「おい修! 今の音はなんだ! この部屋から聞こえたぞ!」
ミノリ先生は部屋に上がってくる。ミノリ先生は部屋に散らかった本たちを視界に収め、後ろ頭を掻いた。
「あ、ごめんごめん。本棚の位置変えてたら本落としちまって」
「いや、そんな感じの音じゃなかったけどな。まるで壁でもぶっ壊したような……」
「ミノリ先生、俺が壁をぶっ壊すような真似すると思います? 昔から品行方正で有名だったでしょ?」
「……確かに。お前のような陰キャ――じゃない、真面目な奴がそんなことしないか」
「いま甥っ子のこと陰キャつったかコラ」
「気を付けろよ。私の部屋はお前の部屋のすぐ下なんだ。音がよく響く」
「すみません。マジ気を付けます」
「じゃあな。おやすみ」
「おやすみなさーい」
ミノリ先生が部屋を出てく。
俺は玄関扉に近づき、扉に耳を当てミノリ先生の足音が一階に行くのを聞き届け、居間に戻る。そんで本棚をズラす。
「よっ! なんとかなったな」
穴からひょっこり上半身を出して黒崎は言う。
「……ほんっと、なにしてくれてんだよお前……」
「まぁまぁ、過ぎたるは及ばし。ほれ、これポスター貸してあげるからこれで穴隠しな」
黒崎は丸まったポスターを渡してくる。
「いや、いいよ。本棚で引き続き隠すから」
「え~、ダメダメ。それじゃ、あたしが穴通ってこっち来れないじゃん」
「……来なくていいだろ、なに言ってんだお前」
「君、たしかコミック学科でしょ? あたしもコミック学科なんだ。二年だけどね。同じコミック学科同士、気軽に連絡取れた方が良くない?」
「良くない。穴はすぐに業者雇って塞ぐ」
「そんな金あんの? 壁の補修費って結構高いよ?」
「いやお前が出すに決まってるだろ!」
「無理無理。そんな金ないし~。それにミノリちゃんの目を盗んで業者入れるとか至難の技っしょ。一度隠したんだから最後まで隠し通さないとね~」
「それはそうだが……そうなると、業者を入れられるタイミングは……」
「ミノリちゃんが実家に帰るタイミング……つまり正月ぐらいしかないね」
「くっ……!」
工事には一日二日、下手したらもっと長い時間かかるだろう。そんな長い時間、特別な日でない限り大家であるミノリ先生が家を出ることはない。つまり正月しかチャンスはない。あと9か月近くは穴が空きっぱなしってことだ……。
「とにかく本棚禁止ね。本棚で隠したら本棚蹴り飛ばすから」
「……勝手なやつだな。お前さ、俺がお前の部屋に侵入して下着盗んだり、着替えを覗いたりするリスクとか考えてないのか?」
「なにそれ興奮するな」
「……やべーよ、なんだよコイツ……! ド級の変態じゃねぇか……!」
「まぁとりあえず穴空いてる方が互いのためになるって。ミノリちゃんから君の面倒見るようにも言われてたような気もするしさ~、こっちの方が好都合で面白そうだ」
「俺の面倒? むしろ迷惑しか掛けられる気がしないんだが」
「なんつーか、色々お悩みみたいじゃん? 同じコミック学科だから相談できることもあるっしょ」
ミノリ先生、一体コイツにどこまで話したんだ……?
つか、そんだけ俺のことを聞かされていた癖に、俺がここに引っ越してくることを忘れてたのかよ。
「わかったよ。穴はポスターで隠すことにする。ただし、俺が迷惑に感じたらすぐに本棚で閉じるからな」
「3アウトまでは大目に見てくれな」
「……2アウトまでは何かする気なのかよ……ほら、ポスター寄越せ」
「はいよ」
改めて黒崎からポスターを受け取り、広げる。なんと驚き、ポスターには巨乳美少女の全裸のイラストが描いてありましたとさ。
「……はい1アウト」
「なんでぇ?」
「なんでじゃねぇよ! こんなもん穴に被せたところで頭隠して尻隠さずだろうが! 秘密を秘密で隠してんじゃねぇか! こんなポスター誰かに見られたら生きていけないっての!」
「シャイの童貞ボーイめ。仕方ないなぁ」
「シャイまでは許す。童貞は許さん」
黒崎は「ほい」と別のポスターを渡してきた。そのポスターはバニラの棒アイスを食べている水着美少女のイラストだった。
「チェンジ」
「もう我儘だなお前」
それから三度チェンジを繰り返し、結局俺は……ガチムチのブーメランパンツライフセイバーマッチョのイラストポスターで穴を隠した。
「……これならまだマシだろう」
どうやら感覚が麻痺していたようだ。どこもマシじゃねぇ!
――――――――――
【あとがき】
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