一章 逃がし屋 ♯5
ルーダは言葉を続ける。
「私は……私と仲間たちは、南で危険に晒されている竜人たちを、北部へ護送する活動をしているんだ。自分たちのことは「逃がし屋」と呼んでいる」
ソルドラン王国の南部では、近年、竜人への迫害行為が過激化していることを、かつてトーゲンは身に染みて実感した。最初はその被害者として。さらには「加害者」として。
「大層なもんで。皮肉じゃないさ」
「いや、何も慈善活動ってわけじゃない。活動を続けるために必要な銀貨(かね)の一部は、「運賃」として貰ってるからね」
トーゲンが首をかしげて「一部?」と聞き返すと、ルーダがニヤリと、悪戯っぽく口角を上げる。
「あぁ。実は私は商人でね」
さも冗談を言うように誇張された口調でそう言うと、一転真面目な表情に戻って、しかし調子は軽やかなまま、後に続けた。
「小さな商隊を引き連れて、北から南まで仕入れた商品を運んでる。いろんなモノを扱ってるけど、うちの主力商品は帽子なんだ」
「……うん? もう少し詳しく説明してくれ」
トーゲンは説明を聞きいても、上手く呑み込めないでいる。困惑するトーゲンを見て、ルーダは笑った。
「アハハ! つまり、商品に紛れさせてお客さんを運んでるってこと。運賃と商人稼業での利益が私たちの主な資金源になっている。あぁ、箱に閉じ込めているわけじゃないよ。移動中は二、三台の馬車のうち一つに隠れてもらっている」
「なるほど……まぁ、逃がし屋の「手口」はわかった」
釈然としない様子のトーゲンに、ルーダは補足する。
「まぁその辺りに関しては、あんたが仕事を引き受けるなら後で詳しく説明する。それでその仕事なんだけど、護送する竜人、ひいては商隊の護衛を頼みたい」
トーゲンは咄嗟に「何から?」と聞いたが、移動中の商人が襲撃されることは珍しくないことはわかっていた。だが、わざわざ自分に頼む理由を、見いだせなかった。ルーダが答える。
「野盗や獣はもちろんだけど、もし積み荷が竜人だってばれた場合、善きソルドランの臣民に対処する状況も有り得る。ないことを祈るけど」
「おいおい、竜人が人間に手を出してみろ。ここでだって重罪だ」
トーゲンの声が一段大きくなった。二人以外に、近くには誰もいないことをわかっていながら、反射的に周囲へ気を張り巡らせる。誰かの耳に入れば、誤って密告されてもおかしくない発言だ。ルーダはトーゲンに顔を向けると、説得するように語気を強めた。
「それはわたしたちだって同じ。だからそんな状況に陥らないようにすることが大前提になる。少なくとも、衛兵の目の届くところではね」
「最後の一言が不穏だな。そもそも何で俺なんだ」
「一つは、酒場のおっさんがあんたのことを「あいつは腕が立つ」って褒めてたから。もう一つは、あんたが竜人だからだね」
ルーダは主人の台詞をさも厳めしい口調で言った。実際は臆病な男だと、トーゲンは心の中で突っ込む。
ある日客同士の喧嘩が加熱して、片方がナイフを抜くや、それを見た主人は大きな体を柱の裏に隠した。あわや血が流れる事態を見かねたトーゲンが仲裁に入るも、むしろ火に油を注ぐことになり暴漢を激昂させたが、素手で軽やかに組み伏せた。おそらくその一件をして、主人が自分の名前を出したのだろうと、トーゲンは納得する。しかし、竜人であるからという理由にはいまいち納得ができない。
「人間の方が都合がいいんじゃないか。特に南では」
「南部と言っても、領主や首長によって竜人への扱いにも差があるから、竜人の傭兵も全くいないわけじゃない。北の商人に仕えてるって言えば大事にはならないよ。たぶんね。それよりも護送する竜人の信頼を得られやすくしたほうが、何かと事が運びやすいんだ」
「確かに信頼されなさそうだ」
ルーダはトーゲンの皮肉を笑っていなし、「わたしは頑張ってるんだけどね」とふざけた調子で言った後、声色が低くなる。
「……まじめな話、ある竜人家族の父親がさ、「自分たちは騙されてるんじゃないか」って不信感をつのらせて、野営中に家族を連れて逃げ出したんだ。酷い目にあったよ……わたしじゃなくてその父親と子供がね」
ルーダの神妙な面持ちを横目に見て、その一件が彼女へ深い傷を与えたのだろうと察したトーゲンは、あえて詳細を聞くことはしなかった。自身もまた過去にいくつもの傷を負い、それを探られんとするように、人間や竜人を問わず深い干渉を避けてきた。
気が付けば、街を出たときに見えていた黒い壁、林のすぐ目の前まで来ていた。二人は立ち止まる。彼らの歩いていた一本道は、林を前に左右へ分かれている。
「分かれ道だ。引き返すか?」
ルーダはトーゲンの問いに「いや」と返して、はす向かいの暗がりを指さした。トーゲンは気付かなかったが、木と木の間に小道が一本、林の奥へと続いている。
「そこの道を奥に進むと、私たちが一晩の宿を借りている農家がある」
ルーダはそう言って、トーゲンの顔を真っ直ぐに見た。
「わたしはこのまま進むけど、あんたは引き返してもいい」
トーゲンはその目を見据え、おそらくここで引き返せば、もう彼女と会うことはないだろうと感じた。ルーダから顔を逸らして、暗がりの道に目を移す。自然のものではない黒い影、おそらく建物が、木々の奥にうっすらと見えた。風が吹いて木々が騒めく。それは誘っているようでもあり、拒んでいるようでもある。暫くして、トーゲンはようやく口を開いた。
「行こう。だが、まだ引き受けると決めたわけじゃない」
「あぁ、それでいい」
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